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201.私が直に遊んでやる

「やる気出してるとこ悪いがね……私が手を下すまでもないんだよな。なんたってホラ、あんたらの相手にゃこいつがいるんだから」


 インガがそう零したのと同時、今の今まで沈黙を保っていたゴーレムが前に出た。示し合わせたかのようなその挙動は明らかに、インガ並びにシガラの従順な人形としての姿を表していた。


 ――コレはダンジョン産の魔物ではない。


 薄々わかっていた事実が裏付けされたことに、サラもメモリも目付きを険しくさせる。今回の襲撃はやはり計画的に行われている。問題になるのはどうやってその手段を用意したのか、という点だが……しかしそれが本当に問題になり得るのは、生きてこのダンジョンから脱出できたあとだ。


 生還しないことには話にもならない。


 まずはゼンタを救出し、三人揃って地上へ戻ること。

 クエストの断念を躊躇なく受け入れた二人は今、まさに雑念一切なしの戦闘に向けた意欲を募らせている――少女たちのそんな意気込みを肌で感じながらインガは、機嫌よくもどこか小馬鹿にしたように顎を上げた。


「はっは、大丈夫なのか? リーダーを欠いたばかりの状態だってのにさぁ。こいつはシガラが魔皇様の手も借りてようやく完成させた傑作七体のうちの一体だ。特別な能力こそ持たないが、エンタシス連中でも手を焼くほどの高性能さがある。それはあんたたちも目にしただろ?」


 真の傑作と呼ぶべきはこの七体ではなく、七体を生み出す元となった本当に特別な一体こそをそう称すべきなのだろうが、それを差し引いてもシガラ謹製の『人工ゴーレム』の出来は卓越したものがある。


 メンバーの揃っていないパーティなんぞがそう楽に対処できるものではない、とインガは淡々と言った。


「名は確か……ピースゴーレム。こいつは三番目だからさしずめ『ピース・スリー』ってところか。あんたら、勝てるかい?」


「――――」


 来る。限りなく人間に似た形をしていても人らしい表情や感情は少しも見せないピースゴーレムだが、それでも挑んでこようというその気配だけはしっかりと発露する。


 命無き人造生命体の向ける闘志を感じ取ったサラとメモリは、それぞれ己の武器を手に持った。


 十字架と古びた書物。

 一見して冒険者の得物とは思えぬそれらこそが少女たちの最上武装。


「お願い、『クロスハーツ』」


 ピースゴーレムがまず標的に選んだのはサラだった。メモリよりも近い位置にいたから、という単純な理由で突撃を敢行し――そして宙を舞った。


「!?」


 インガは目を見開いた。


 合わせた・・・・。初見ならエンタシスの不意をも突ける高速駆動がピースゴーレムの自慢のひとつ。その機動性を遺憾なく発揮し、先手の突進攻撃を繰り出したピース・スリーの戦術はなんの捻りもないものではあるが、だからこそシンプルで良かった。考えるともなく自身の強味を活かしているのだと表現することもできる。


 なのにサラはそれを防いだ。


 否、単に防ぐだけではない。

 激突の瞬間に盾を差し込み、跳ね上げたのだ。


 その機敏な動きをインガは見逃していない……そこから推察される事実に関してもまた同様に。


(さりげなくメモリと敵の間に立って自分へ攻撃を誘ったまではわかる。あの突撃を見切った目の良さもまだわかる。だがさすがに『力負け』をしないってのは予想外! ピース・スリーがあんだけ吹っ飛ばされるってぇのはたまげたな……!)


 ゴーレムの性能をよく知るインガからすれば目を疑う光景だ。だが実際に目の前でそれは起こっている。


 技量も含まれるとはいえ盾は盾、ピースゴーレムの腕力と脚力は生半可な壁程度軽く破れるだけのものがある――つまり激突で生じたであろう生半可ではない衝撃に耐えるだけの力がサラにはあるということだ。


 少々見くびり過ぎていたか、とサラへの評価を見直すインガ。


 しかし、けれどだ。


 高速駆動と並ぶピースゴーレム第二の自慢がその堅牢さ。


 外見こそ水晶クリスタルのように美しく、見方によってはひどく脆くもありそうな印象とは裏腹に、対打撃、対斬撃、対属性攻撃――様々な攻撃法への高度な耐性を備えられたことで手に入れたそのタフネスこそがピースゴーレムの最大の持ち味と言ってもいいだろう。


 宙を舞った先で壁に突っ込むピース・スリー。凄まじい衝突音。頭から思い切りぶつかっている光景は悪ければ死、良くても重度の大怪我を予想させられるところだが……当然彼にそんな心配は無用のもの。


 何事もなかったかのようにむくりと立ち上がる姿を見届け、さあどうするのだと心中で問いかける。


 堅いピースゴーレムを敵にお前たちはどう立ち回ってみせる――。


 もはやただの観客と化しながらオニの少女が興味深く眺める中、すぐに答えは示された。


「『生命吸収』」


「――……、」


 正確に言えば、それはもう終わっていたのだ。


 メモリに準備の時間を与えた時点で……サラによって初撃を防がれた時点でもうピース・スリーに次なんてものはなかった。


 がしゃり、と。

 まるで糸の切れた人形のようにその場に倒れてピクリとも動かなくなったピース・スリー。


 ――死霊術! インガは喉奥で唸る。


 確かにそれは諸事情から対策の及ばなかった領域であり、また人工生命体という不安定な存在にはこの上なく有効な手立てではある……だがしかし、まさか。一撃一瞬でその命を終えさせるほど高度な死霊術をまさかこんな若い娘が使いこなせるなどとは想像だにしていなかった。


 敵方への素直な称賛を胸に抱きながら、インガはぴょんと軽く跳んだ。


 その直後、ダンジョンの床すらも割り砕かんばかりの勢いで今まで少女のいた場所に獣の腕が叩き付けられた。三頭を持つ異形の魔物。六つの瞳が揃って自身に向けられている。


 心地いい殺気だ、とインガは笑った。


「ぃよし、方針変更といこう。私が直に遊んでやる」


 宙で縦にくるりと回り、着地。すかさず地面を蹴る。


「不意打ちの礼だ」

「バウッ……!」


 あっさりと間合いに入られ、腹を打ち抜かれるボチベロス。三頭でインガを睨みつけたままに彼は大きく殴り飛ばされてしまう。


「おおっ、あんなに貧弱だった犬っころが私の拳を耐えやがった。嬉しいねえ、これなら」


 とととん、と連続の倒立回転。体操選手さながらにしかしプロ顔負けの素早さで移動したインガは。


「もうちょい力入れてもよさそうだな――」

「『ハイプロテクション』!」

「あら?」


 自ら吹っ飛ばしたボチベロスの落ちる位置に先回りし、トドメの拳を入れようとしたところに半透明の巨大な壁が出現した。それはオニの拳の進行を阻みボチベロスが退くための猶予を作った。


 誰が邪魔をしたのかすぐに察したインガは、その相手へじろりと視線を寄越す。


「はっ、いいじゃないか。じゃあこんなのはどうだ――鬼気一発」


「!」


 ぼこり、とインガの腕が蠢く。手の平に開いた大穴。まるで銃口のように変化したそこから何が飛び出てくるのかを、サラはもう知っている。


「あんときは加減したがね。今度は本気だ」


「メモリちゃんそこから動かないで! ボチちゃんも後ろに!」


「そらほら撃つぞ、耐えてみろ――『弩キュン砲』!」


 赤いエネルギー弾。インガの言うところの鬼気が凝縮されて撃ち出された。


 以前見たのとは比べ物にもならない巨大な砲弾が凄まじい速度で迫ってくる。そこに並々ならぬ破壊の力が宿っていることは考えるまでもないことだ――けれどサラは慌てることなく対処してみせる。


「『シールドプロテクション』!」


 十字盾のクロスハーツに奇跡魔法のシールドを纏わせる。この状態がサラの聖装オンリークロスの本領。その真価は使い手たるサラ自身の成長と相まってインガ唯一の飛び道具を耐え切るまでに至っていた。


「ほォ、防げるようになったのか。だが――」


「うっ、だけど……なんて威力っ!」


「その様で追撃はどうする……っとぉ!? なんだこれ?!」


 元々好きじゃない遠距離攻撃だ。一発凌がれただけであっさりと続行を取り止めて腕を元に戻し、距離を詰めようとしたインガ。その足が急に止まった。強制的に止まらされたのだ。


 いきなり足元から噴出し、体へしがみ付くようにして燃え盛る青い炎によって。


「……『死魂の忌火』」


「っ、なるほど。こいつはあんたの仕業か!」


「『死の軍勢・涯』」


「うおっ!?」


 のそりと地面から生えた巨腕――それは肉も皮もない不気味なりし骨のみの腕。その出現に全身を火に焼かれたまま瞠目したインガは、直後骨の手の平に上から叩き潰された。


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