199.お前が殺した
「なんだよ、何が起こってんだ!?」
振動、だけじゃない。インガが地面を殴っただけで地震が起きたってんならそれはそれで驚くべきことだが、事はそんだけじゃあ済まない。
ダンジョンの地形そのものが変わろうとしている。床が動いている。壁や天井も崩れて――いや、変形していく!
「馬鹿な!? 探索者のいる間にエリアが変化なんてするはずがない……!」
「はははは! はずがない、で命預けちゃ馬鹿みたいじゃないか。私だったら人工ダンジョンなんて胡散臭いものは最初から信用しないがな。ま、そんなことはともかくだ。ここらであんたらには二チームに別れてもらうよ」
地面に深い亀裂が入った。いよいよ崩落と見分けがつかないが、俺たちからジョンとマーニーズが少しずつ離れていくことからして……やはりこれはインガが意図的に引き起こしている現象なのは間違いねえ。
「……、アンダーテイカーとアーバンパレスを、引き離そうとしている」
「どうやらそのつもりみてえだな……!」
何が狙いかは知らんがインガはこのパーティを二分させたいらしい。ここでガロッサの大迷宮について豊富な知識を持つあの二人と離れ離れにされるのはマズいだろうぜ。
だがどう動くのが正解なのかは、俺たちを見据えるインガのせいで答えを出すのが難しい。
「そこから動くな、ゼンタ!」
「私たちのほうが行くから~」
瞬く間に形成されたあちらとこちらを隔てる谷。
液体を思わせる様子で流動し、今もなお大きく形を変えていくダンジョンに飲み込まれないようにしながらジョンとマーニーズがこちらへ渡ってこようとして……、
「――ちっ、こいつら」
「ああん、もう。邪魔ぁ!」
そこへ弾丸のような速度で突っ込んできた二体の子供型ゴーレムに邪魔された。
タックルで谷の反対側へ押し戻された二人は即座に返撃を叩き込んだが、奴らの異常な硬さはさっきで実証済みだ。倒れない。ジョンたちを自由にはさせちゃくれない……そうしてる間に状況は決定的なものになった。
「ジョンさん、マーニーズさん! もう間に合わねえ!」
「っ……クエストは中断だ! すぐにガロッサから脱出しろ! ――絶対に死ぬなよお前たち!」
彼岸と此岸、それぞれの谷際からゴゴゴと壁がせり上がっていく。
そのスピードは速く、どうすることもできないままに俺たちとエンタシスは引き剥がされた。
互いの姿が見えなくなる一瞬、ジョンは俺たちに任務放棄を告げたが――それができりゃ苦労はないってもんだぜ。
なんせゴーレムの一体とともに、インガまでこっち側に残ってんだからよ。
「よしよし、何事もなく分離完了だね。同期のほうは順調らしい。……ああ、まだ身構えなくたっていいよ。移動にはもう少しかかるから」
何かを確かめるようにしながらインガはそんなことを言う。すぐに襲ってくる気はないようで、傍らのゴーレムもその意思に従ってか微動だにせずにいる。
ジョンたちを襲ってた個体のアグレッシブさが嘘みてーだぜ。
「あの、ゼンタさん。これってけっこうヤバめな感じ……ですよね? 私たち、ダンジョンのエリアごとどこかへ連れていかれようとしているみたいですけど」
「そーだな……ガロッサの外ってこたぁねえだろうから、いっそこれで最奥までスキップできたりしたら助かるんだが」
「もう、そんな冗談言ってる場合じゃありませんよ!」
や、別に冗談を言ったつもりはねーんだが……つまりはアレだ。
入口に詰めてるアーバンパレスの構成員が本当に無事だとして、じゃあインガたちはどこからこのガロッサに入ってきたのかっつー話だ。
俺たちみてーに大扉の門を潜ってきたんじゃねえってことはよ……考えにくいことではあるが、可能性としてはその反対。
未だ誰も見たことのないというダンジョンの最奥エリアから来たんじゃねえか、と。そういう風に思えちまうのは、俺の発想が突飛すぎるだけか?
……いずれにしろ逢魔四天を目の前にしてる今、サラとのんびり議論するようなことじゃあねえな。
「まあ聞けサラ。向こうにもこっちにもあのちっこいゴーレムはいるが、ジョンさんたちならあれくらいどうってことないだろ。ゴーレムより確実に上手のインガはここにいるんだしな」
「そうですよ。だからヤバいんじゃないですか」
「確かにヤバいが、逆に言えばこの状況。俺たちでインガを見張ってると言えなくもねえ。こいつが目の届く範囲にいるうちは、ジョンさんたちにも他班の連中にも被害はないってことになる」
「ゼンタさん……、」
「なんだ。なんかおかしなこと言ってるか?」
「いえ。素晴らしい考え方だと思いますよ! さすがゼンタさんです!」
「さすゼン」
メモリが何か言った気がするが聞き間違いだろう。
ずっと続いている揺れも段々と小さくなってきた。そろそろこのエレベーターもどこかへ着く頃か。
史上最悪なエレベーターガールことインガは、偉そうに腰へ手を当てながら笑いかけてきた。
「いいポジティブさだ。あのときとは落ち着き方が違う……強くなったってことだね。まあそれもそうだろうさ、エンタシスの手もあったとはいえあのエニシを倒してみせたってんだから。強くなっててくれなきゃあ困る」
「んなことでお前は困りゃしねーだろ。それとも何か、エニシの仇でも討ちたいか? そのために殺る相手が雑魚だと張り合いがねーって?」
「張り合いがないってのは、あぁ、その通り。だけど意味合いは少し違う……仇を取りたいなんて少しも思っちゃいないからな。くたばったエニシだってそんな小っ恥ずかしい真似をしてくれとは望んじゃいないはず。私はそう思うよ。――私は、ね」
「……?」
昔からの因縁があるアーバンパレスを放ってまで俺たちを攫った理由。
それは当然、逢魔四天の一人だったエニシが関係してくるんだろうとなんとはなしに確信していただけに、インガのこの態度は奇妙だった。
殺意を殺意ともなく振り撒く危険物。
二度目の邂逅でもその印象は変わりなく、だからこそ。
エニシの死という事象に対して、インガはなんにも特別な感情を抱いちゃいないってことが俺にもよく伝わってくる……。
こいつが普通の人間からすると到底理解しがたい感性をしてるってことに今更どうのこうのと言葉を並べるつもりはねえが、だとしたらこりゃどういうことなんだ?
いったいインガは何のために姿を現し、俺たちだけを誘ったのか。
「……相変わらずわからん奴だなてめーは。仇討ちじゃねーってんなら何がしたいんだ」
「だから仕事だってのさ。あんたら風に言えばクエストか。オニってのは勝手気ままに生きるフーテンの荒くれ者。誰かの下に就くこともなければ他人のためにあくせく働くこともない……本来はそうだが、私は半端者だからねえ。魔皇軍のために、いやさ魔皇様のためにえんやこらっとね。どうせこの世の全ては死ぬまでの暇つぶし。だったら少しは共感できる側で遊んでいたいってもんだ」
「けっ。てめーに遊ばれてこっちはいい迷惑だぜ。とっととその暇つぶしとやらを終えてくんねえかね」
「うん、そうだな。退屈が終わるその日が来ることを私も待ち望んでいるよ」
そのときばかりは神妙に、ずっと浮かべていた笑みすらも消して粛々と頷くインガ。
だが次の瞬間にはもう元の勝ち気な顔に戻っていて。
「私が何をしたいか、ってことよりもだ。あんたらがこれから何をしなきゃいけないか、のほうが気になるんじゃないか? くくっ、実際の話、仇討ち云々の話は決して的を外しちゃあいないんだ。あいつはそれを否定するだろうがね」
――揺れが収まった。とうとうどこかへ着いたんだ。インガの案内で、インガの目指した場所へ俺たちは運ばれて来ちまった。
「安心していい。ガロッサのルールの多くはまだ破れちゃいない。出口のない部屋にあんたらを閉じ込めておくなんてことはできやしない……やりたいとも思わないが。だから楽観視はするなよ。エンタシスは脱出しろと言ったが、当然あいつはそれを許しはしない」
「あいつあいつって、さっきから誰のことだ。他にも魔皇軍の仲間がいんのか?」
移動させられたエリアにはインガの言う通り、ちゃんと通路があった。
インガの後ろと俺たちの後ろ。構造的にどちらかが大扉へと続いていることは確実だろう。その逆側は行き止まりか最奥行きのはず……。
言葉を返しながらもどちらへ進むべきか悩む俺に、インガは一際に口元を歪めた。
「考えてんだか考えてないんだか。むしろどうして私しかいないと思える? 一度目も二度目も一人だけしか見てないから? だから逢魔四天がひとつところに二人以上揃うことはないはず……とでも思ってたんなら、それこそ救い難い楽観視だ。――紹介するよ」
コツ、コツ、コツ。
通路の奥から嫌みなほどに足音を響かせて近づいてくる影。
まさか、と戦慄する俺たちに、背中越しに親指で指しながらインガはそいつの素性を明かした。
「私の仲間、逢魔四天の一角であるシガラ。お前が殺したエニシの弟だ」
――逢魔四天が、二人。
同時に俺たちの前に出現しやがっただと……!




