197.ルートA・B・C
「マンイータータランチュラにハングリースコルピオ……まったくなんなんですの、この汚らわしいダンジョンは」
たった今仕留めたばかりの巨大なタランチュラから剣を引き抜き、カルラはそう毒づいた。
虫型魔獣などに恐れをなすような軟弱さなど持ち合わせてはいないが、不快なものは不快である。元の世界にいたときから虫は好きじゃない。ましてやこちらの世界ともなれば、人間を遥かに上回るサイズの殺人昆虫までいるのだから堪ったものではない。
できればちらりとだって視界に入れたくないほどだ。
それは他のクラスメートたちも変わりなく、普段の騎士然とした凛々しい態度もどこへやら、きゃあきゃあと女子中学生の一面を見せながら剣を振り回している。
彼女たちはカルラ以上に虫がお嫌いなようだった。
逃げ出さないだけマシと思うべきか、自らが育てた騎士たちの体たらくぶりを嘆くべきか。ふぅと息を吐くカルラ。
その様を見ていよいよ虫の相手に嫌気が差したのだと理解したガレルは豪快に笑った。
「はっはっは! アタシらはそういうルートに当たっちまったんだろうね。おぼこそうな嬢ちゃんたちには刺激が強かったか? リタイアするってんなら安全地帯までついていってやってもいいよ。戻るにしても早いうちが手間もかからなくて楽ってもんだ」
「あなた方ときたら、口を開けば野卑な挑発ばかり。冒険者というのは喧嘩を仕掛けないことには人とコミュニケーションも取れない人種のことを指すのかしら? わたくしはその程度に目くじらを立てるほど安い女ではございませんわ」
「年季の入った冒険者ほど挑発的になるもんさ。そういうあんただってだいぶ喧嘩腰だろう、ってのは置いとくとして……愚痴る余裕があるぐらいならもっと気張りな!」
ムカデ型の魔獣を風魔法でバラバラに切り裂くガレル。その横では彼女の部下テミーネも黙々と昆虫たちを屠っている。要は天道姫騎士団の騒がしさと無駄の多さを指摘しているのだろう。
ふん、とカルラは鼻を鳴らした。
そんなことを偉そうに注意されるのは虫の相手をする以上に不快だった。
「【威光】発動。――【弾圧】」
ぐしゃりっ!
カルラがスキルを使った途端、あれだけいた虫型魔獣はその全てが原型を留めないほどに潰れ、全滅した。たった今斬り殺そうとしていたラッピングスパイダーが目の前でぐしゃぐしゃに圧殺されたのを見て、思わずガレルも目をしばたかせた。
「おおっとこりゃあ……何をしたんだい?」
「答える必要がございまして? 手間をなくして差し上げたのですわ。精々感謝なさいな」
「はっ、来訪者ってのはつくづく愉快な奴らだねぇ」
とにもかくにも進行を防いでいた虫の大群は滅んだ。攻略再開だ、と歩き始めた彼女たちはしかし、ほどなくしてまた足を止めることとなった。
「あぁ? あれは……」
「あらあら。新たな虫かと思えば、変わり種のご登場ですわね」
◇◇◇
「へッ、獣性解放の出番もねェ。くたばりなッ!」
空中に身を躍らせたブルッケンが勢いのままに爪を振るう。その餌食となったマンティコアの顔面に深々と傷痕が生まれ、それが決定打となったか倒れ伏して動かなくなった。
「実にお見事です、我らが頭!」
「流石です、絶対なる我らの頭!」
共にブルッケンの補佐役を務めるフェンとミョルニがその手際を手放しに称賛する。
キメラ型の魔物であるマンティコアは討伐難度A相当の強敵だ。たとえAランクギルドの団長といえども油断の許される相手ではない。
しかしブルッケンはそんな魔物を一対一で完全に翻弄し、傷ひとつ負うことなく沈黙させた。人間よりも肉体的な面で優れている獣人ばかりで構成されたギルド『獣鳴夜』。そこでトップに立つ者としての面目躍如といったところだろう。
「やれやれ。一対一の状況に仕上げた私たちにも目を向けてもらいたいものだが。というか君たち、団長の戦いぶりばかりを褒めてないで少しはこちらを手伝いたまえよ」
ステッキをフェンシングのように突き出す。すると小さくなったマンティコアのような魔物が外傷もないのにドサリと倒れた。それも直線状にいる何匹もが。
「うむ、今日も白光杖術のキレは申し分なし……」
ダンジョン内でも紳士帽を取らない紳士の中の紳士アルフレッドは満足気に呟くと、自分と同じくブルッケンの要望による『雑魚たちの露払い』に勤しんでいる仲間たちの様子を確かめた。
副団長のシンドラーが危なげなくスモールマンティコアを狩っているのは当然として、気にかけるべきは『韋駄天』のビットーとスィンクという若者たちだ。
ただでさえ普段とは違う面子での戦闘、それも休みなしの連戦。
そろそろ調子を崩してもおかしくない頃合だというアルフレッドの年配者としての気遣いはしかし、良い意味で裏切られた。
「ほう、私以上に仕留めているとは。やるではないか二人とも」
「へへっ、体が温まってきたからさ! スィンクもオイラも任されたことはちゃんとやるぜ!」
「――――」
快活なビットーとは対照的にスィンクはやはり一言も発しはしないが、動きはいい。居丈高に命じられた露払いの任を十全にこなそうという確かな意思が感じられる。
「その責任感、そして実力。共に素晴らしいものだ。そこのはしゃいでいる男にも見習ってほしいものだな……これではどちらが年上かわからん」
「んだとォ!? 俺がボスを倒してやったんだろうが!」
「む、聞こえていたか」
「当たり前だ慇懃野郎、俺が指揮を取ると決めたんだからお前たちは黙って……」
「なー、終わったんなら先行こうぜー?」
「お前が仕切んじゃねェよ! ……まァいい、とにかく終わったんなら行くぞ」
「結局行くんじゃん」
「黙らねェか小僧!」
そうやって一致団結とはいかずとも順調にルート攻略を進める一行の前に、すぐにまた別の敵が立ち塞がった。
「む……早くも新手か」
「あァ? どうなってやがる」
「どうしたシャウト」
「……こいつァどう嗅いでも、同じ匂いだぜ」
◇◇◇
「気を付けろよ。そいつは一撃食らうとボディがいくつかのパーツに分かれるぞ」
「うぉぅ!?」
棒状の奇妙な敵へ蹴りを見舞ったら、本当に分裂しやがった。トーテムゴーレムっていう魔物らしいが、顔みたいになってる一個一個がぴょんぴょんと飛び跳ねて周囲を回り出したのはなんともシュールな絵面だ。
「分かれても元々一体の魔物だ。意思疎通は完璧だぞ。同時攻撃に注意しろ」
「ははぁ、そういうモンスターね……ま、少し驚きはしたがそんだけだな」
【明鏡止水】の集中力は視野外に移動したトーテムゴーレムの動きまで見せてくれる。しかもいざ攻撃してきたって俺には【察知】があるんだ、相当な物量でもねー限りは死角から攻められようと対処はそう難しくねえ。
だがまあ、わざわざ敵の攻撃を待ってやる意味もねえか。
「あらよっとぉ!」
LVの上がった【黒雷】をまず拳に乗せて視界内にいる二体を手早く潰す。そんでもってお次は足に移しての【黒雷】蹴りだ。振り向き様に放った蹴りは背後にいた三体のトーテムゴーレムを正確に捉え、まとめてぶっ倒すことに成功した。
「いっちょ上がりだぜ」
「まったく苦戦しねえか……こいつだって曲がりなりにも曲者揃いのゴーレム種の一体。疑っちゃいなかったが、ゼンタ。やはりお前の腕は確かのようだな」
「ま、こんなもんっすよ」
素直に認められて悪い気はしないわな。
俺が鼻の下を指で擦ってると、消えゆくトーテムゴーレムの死体を眺めていたマーニーズが顔を上げて言った。
「ね~ジョンちゃん、これってちょっと変じゃないかしらぁ」
「……あぁ、確かに妙だ」
「「?」」
「……、」
二人の言ってることがわからず、俺とサラは首を傾げた。メモリは微動だにしてねーが、視線はじっとジョンたちへと向けられている。
「あの、妙って何がでしょう?」
「過去の調査結果を鑑みるに俺たちはまだ中層にも到達していないはずなんだが、それにしちゃ敵が強すぎる……ゴーレム種なんてそれこそ最下層まで行かねえと出た試しがない。いくら攻略組に大物を揃えたからってここまで難度が跳ね上がるのは異常だ。これじゃあまるでダンジョンそのものが、何がなんでも俺たちを最奥に到達させないようにしているみたいじゃねえか――、ッ!?」
話している途中だった。
猛スピードで接近してきた小柄な影にぶん殴られてジョンは見事に吹っ飛ばされた。
ズガッ! とその体が激しくダンジョンの壁に激突して――。




