195.邪魔な石ころは
「うはー! いよいよ始まんだなぁ! 合同クエスト! オイラもうウキウキだ!」
「こらまた綺麗な三又なこって……」
ルート分岐点。右と中央と左に道が分かれているその場所からは確かにダンジョンの持つ意思を感じた。
探索者をふるいにかけようっていう迷宮としての意思ってやつだ。
「わたくしたちは中央のルートを進みますわ。何かご意見は?」
「ふん、アタシは異存ないよ」
「あっ、真ん中取られちゃったかぁ。だったらオイラたちはこの右の道を選ぶぜ!」
「ちッ。勝手に決めやがってガキ共が……」
「良いではないか。どうせ正解の確率は三分の一だ、若者のフィーリングに任せても罰は当たるまい」
「A班が右、B班が中央……するってぇと俺たちC班は左のルートか」
「みんな~、張り切っていこ~♪」
「気が抜けるからお前は黙ってろ、マーニーズ」
「辛辣ぅ」
それぞれの行くべき道が決まったところでジョンが一同に向けて言う。
「ここからはチームごとに動く。班で助け合い全員無事に帰還できるようにしてくれ。勿論当たりルートの班は必ず最奥へ。最悪、そこに何があるかを確かめるだけでも構わない。外れルートの班もそれが判明した時点でここまで戻り、可能なら別ルートの班と合流するように。ただし無理は禁物だ。危ういと感じたなら変に粘ろうとせず、キッドマンの控えるセーフティーエリアを目指すことだ。……互いの武運を祈る。任務開始だ!」
「「「おぉ!」」」
男たちを中心に勝鬨のような声が上がり、組まれた班の面子で別れていく。そのタイミングで俺は先へ行こうとするカルラの背中に声をかけた。
「おい、姫様よ」
「あら、柴ゼンタ。わたくしに何か御用かしら?」
「用ってほどじゃねえが……ガロッサの最奥に挑む今回のクエストは、これまで誰も成し遂げられなかった偉業をなそうってんだ。アーバンパレスは世界一の人材力と情報力でガロッサについて調べ上げちゃいるが、そうまでしても未だに攻略はできてなかった」
「ふむ、そうですわね。あるいはそれにも、アーバンパレスが存外にだらしないせいだという結論を導くことができるかもしれませんけれど。ふふ……それで? あなたの言いたいこととは?」
「そいつらのこと、しっかり守れよ。戦えるから連れてきたってのはわかるが、それでもパーティの要はお前だろ? ルートが違うから危なくなっても俺ぁ駆け付けらんねえぞ」
言いながらマチコと他の三人……ようやく名前を思い出したが、万里代と瑠奈と朱美だ。
そいつらを見てみると、なんとも白けた目を向けてくるじゃねえか。「お前なんかが偉そうに姫へ指図するな」って顔に書いてあるぜ。
ったく、こっちは純粋に心配してるってのにとんだ扱いだな。
この三人もマチコ同様すっかりカルラに魅了されちまってるらしい。
そんぐらいの恩を抱くほどのことをしてもらったってことなんだろうが、やっぱちとアレだな。クラスメートからの人望の差にげんなりするわ。
「言われるまでもありませんわ。この子たちはわたくしが守りますし、あなたの手を借りるようなことは起こり得ません。いらぬ世話を焼こうとする前に自らを省みることですわ」
「はっ、それこそお前に言われるこっちゃねえ。自分の仲間は自分で守るっての」
「わかっているなら無駄な時間を取らせないでほしいですわね。さあ行きますわよあなたたち。『天道姫騎士団』出陣!」
「「「「ハッ!」」」」
カルラとマチコたちはさっさと中央のルートへ行ってしまい、軽く肩をすくめながらその後ろをガレルとテミーネもついていった。
……こんなことなら本当に節介なんぞ焼くんじゃなかったな。ちょいとモヤモヤするぜ。
だがまあ、言うまでもねえことを言っちまったってぇのも確かだ。
仮にもしっかりギルド長を務めてるカルラからすりゃ部外者に「仲間を守れよ」なんて今更言われるのは侮辱にも等しい。
っつーのを同じように返されたことで理解できた。
野暮だったか、と頭を掻いていると。
「何をしてんだゼンタ。A班も出発した、俺たちも行くぞ」
「ぼーっとしてたら置いてっちゃいますよ、ゼンタさん」
いや置いてくのはありえんだろ。
あんまりな言葉に苦笑しつつ、手招きしてるサラたちのほうへ俺も向かった。
◇◇◇
「人数的にゃしゃーないけどよ、ジョンさん。うちだけ他より二名少ないってのはいいのか? こう、ルート攻略のバランス的に」
キッドマンの言っていた枝分かれもまだなく、一本道をただ進むだけの最中に俺はそう聞いてみた。すると先頭を行くジョンが答えるよりも先に、その隣を歩いてるマーニーズが振り返った。
「あれぇ? ゼンちゃんってば人数が少ないからって怖がってるの~?」
「や、怖がってるなんてこたぁねえけど」
「私はちょっと怖いかもですね」
「……サラはいつも正直」
「おいこら。俺が強がってるみてーな空気出すのやめんか」
うふふ~、と俺たちのやりとりに間延びした笑いを漏らしながらマーニーズは続けた。
「だいじょぶだいじょぶ。言ったでしょぉ、何かあっても私とジョンちゃんが守ってあげるって~。C班はずばり大船だとでも思って?」
「はあ……」
油断なく前方を見据えながら進むジョンと違ってマーニーズは口調も足取りもふわふわとしてるんで、とてもクエスト中だとは思えねえ。こんなんで安心していいと言われたって、どうにもすんなりとは聞き入れづらいもんがあるぜ。
この人がエンタシスってのはマジなんだろうか、と足取りと同じリズムで揺れる振袖を見ながら考え始めたところで、その歩みが急に止まった。隣ではジョンさんも立ち止まっている。
二人は俺たちに先んじて何かをみつけたようだ。
「おいでなすったぞ」
「モンスターなのか? いったいどんな……あ!?」
ジョンの肩越しに前方からのしのしと歩いてくる巨体が目に入った。それが見覚えのある魔物だったもんで、俺は目を丸くしたぜ。
「あれはロックトロールじゃないですか! しかも三体もいますよ! 大盛り!」
「……、」
群れて行動するロックトロールってのは珍しいもんらしく、サラもメモリも驚きとともに警戒を見せている。大盛りって表現はどうかと思うが。
あいつとは前にも戦ったが、見た目の割にはトロくねえってのと体が岩でできてるせいで硬いうえにやたらとタフなのが特徴だった。
一体だけなら別段なんてこたぁねえが……ダンジョン内の通路っつー限られた空間で三体も固まっているとなると、戦うのはかなり厄介だろうな。
「ふん。この時点でこれか。どうやらガロッサは早くも難度調整を終えてるようだな……」
「挑戦者はマニーちゃんたちなんだから、もっと上の魔物を出してきてもいいんじゃないかと思うけどな~」
「馬鹿言え、浅いうちは楽に進めるってのもまたダンジョンのルールのひとつだ。こんなところで歯応えのある障害がそうそう出てきてたまるか」
「うふふ~。それもそっかぁ」
どうやって戦おうかと頭を悩ませる俺たちとは打って変わって、エンタシス二人はまったく動じちゃいない。呑気にお喋りまでする始末だ。
おいおい、そんな調子でいいのかよ? ロックトロールは暴れて岩盤を崩すくらいのことは一体だけでもするんだぜ……前はそのせいで遭難しかけたからな。もうちょい緊張感はあってもいいはずだ。
「指示とかはくれねえのか」
「指示……? ああ。お前たちは別に何もしなくていいぞ。あれくらいは戦うまでもないからな」
「そ~そ~。あんな邪魔な石ころはぁ、燃やしちゃってお終いよぉ♪」
は? と疑問を口にする間はなかった。
――凄まじい熱気。
マーニーズを中心にとんでもない熱量が生まれている。
その熱さを一点に集約させるようにして足を上げたマーニーズは、トンと軽く迷宮の地面を踏んだ。
「灼熱魔法『バーミリオンパス』」
マーニーズの足先から生まれたマグマが波打って道のような一本線を描いていく。
それはダンジョンの通路を瞬く間に覆い、先へ先へと浸食していき、必然そこに立っていたロックトロールも三体まとめて飲み込んだ。
そうだ、飲み込んだんだ。ドロドロのマグマはまるで食らいつくように三つの巨体を取り込み、悲鳴すら上げさせずに焼き尽くす。たっぷり溶岩での密封包み焼き。これじゃ岩でできたボディだろうが一溜まりもない。
ほんの一瞬だけ藻掻いたロックトロール型のマグマはすぐに形を失い、元からそこには何も入っていなかったかのように崩れ落ちていった……。
文字通りの焼失だ。
「はい、終わり~」
通路を死の道へ変えていた溶岩が消え去る。むせかえるような熱気もパッとなくなり、本当にロックトロールなんて最初からどこにもいなかったんじゃないかと錯覚させられそうになる。
だがそうじゃない、あいつらは物理的に消されたんだ。
マーニーズのたった一歩。お掃除感覚で唱えた魔法で跡形もなくやられた――。
「あんなに丈夫なロックトロールを瞬殺……す、すごいですね」
「……エンタシスの戦闘力は、Aランク冒険者の水準でも飛び抜けている」
「マジでそれな」
や、ちょいとでも実力を疑っちまったのが忍びねえぜ。マーニーズも間違いなくエンタシスだわ。
「これで邪魔はなくなった。進むぞ」
あまりの呆気なさで呆気に取られる俺たちとは違いジョンだけはマーニーズの魔法のえげつなさに特に反応することなく、当然のように先を急いだ。
うーむ、特級構成員ってのはやっぱ……とんでもねえバケモンだな。




