194.ダンジョンのルールは知ってるよね?
「はーい、いらっしゃいませ高ランク冒険者の皆様方! 僕の名はキッドマン。このクエストのサポート役です。よろしくね!」
大扉から通路をしばらく行くと広い空間に出た……するとそこには三人の先客の姿があった。
一人は手を上げて愛想良く挨拶する少年のキッドマン。空間魔法の使い手としてアーバンパレスに重用されてるらしい二級構成員だ。
その横にはユニフェア教団事件で共闘した幻影魔法使いの一級構成員アルメンザがいて、俺たちのほうを見てぺこりと頭を下げてきた。こっちも会釈しとこう。
そんでもう一人……は初めて見る顔だな。誰だかわかんねえ。だが、この二人と一緒にここで待ってたってこたぁこいつもアーバンパレスの一員なんだろう。
「さてさて! ジョンさんからあらかたの説明は終わってるだろうけど僕からもざっと話をさせてもらおうかな。まずはこっちの二人も紹介するね。この痩せててスタイルのいいお兄ちゃんはアルメンザ、こっちの色黒で仏頂面なお兄ちゃんはリッチャー。どっちも一級だし力は保証されてるものと思ってくれていいよ。だけど僕は二級だから戦闘能力に関しては期待しないでほしい……その代わり与えられた仕事はきちんとこなすからそこは安心してね!」
「あなたたちの名前などどーでもよいですわ。与えられた仕事について早く言いなさい。わたくしたちをどうサポートしていただけるのかしら?」
「まー焦らない焦らない。僕たちの役割の前に、次はガロッサの仕組みについて話させてもらうよおねーさん」
やっぱり姫様は待つってことを知らねえようだ。だがキッドマンも然る者、野次なんか気にせず自分のペースを貫いている。
「ダンジョンのルールは知ってるよね? 入るたびに構造ががらっと変わるけど、それには大まかなパターンもあるってことを! そう、ルート分岐のことさ。入る人数や強さによって最大三十五本から最小三本まで。もちろんルートに入ってからも枝分かれはするけど、ずばりダンジョン攻略の鍵は最初にどの道を選ぶかって点が最重要だと言えるね。ルートが多いときは途中で道が合流することもあるみたいだけど、結局のところ最奥に通じているはずの当たりの道は一本だけだろうから」
ほー。挑戦者の実力で変動するのは出現する魔物や魔獣だけじゃなく、ダンジョン自体の複雑さも含まれるのか。よくできた迷路だな、本当に。
しかしこの先で三十五本も道の選択肢があったら正直お手上げなんだが……と思えば、やはりそこは作戦立案をしたアーバンパレスが解決していた。
「一度に入れるのは最大ルート数と同じく三十五人まで。大扉から出ちゃうとその人は丸五日も再挑戦できないのがガロッサだ。だから僕みたいな二級の構成員が一人ずつ入れ替わり立ち代わり入ってみて、ようやくの思いで最小パターンを引いたよ。君たちの攻略すべきルートはたった三本! これでぐっと探索が楽になったね」
でも油断は禁物だ、とキッドマンはしかつめらしい雰囲気で腕を組んだ。
「弱い人を先行させてルートを固定、それから本命のパーティが潜る。……そういうズルをした場合にもダンジョンはちゃーんと対応するってことがわかっている。途中から枝分かれが増えたり、魔物たちの強さがぐんと増したりって具合にね。だけどルートの数そのものが増えたりはしないから、こっちのほうが断然楽だってことは変わらない。そう、ここにいるメンバーのように、本物の実力者たちなら不安なんてないはずさ」
そこでキッドマンは言葉を区切り、反応を確かめるように一同を見回した。当然、待ち構える障害に恐れをなす者なんていやしない。その反対に今にもダンジョンへ踏み込みそうなのが何人もいるくらいだぜ。
「おっと待った待った。安全地帯はここまでなんだ、先へ行く前に僕らの役割についても聞いてってよね。ま、別に難しいことはないんだけど。言うなれば救護班だよね。ここから先はダンジョンの力で離れた場所や人に作用する魔法の類いが一切発動できなくなる。転移や遠視、念話もダメ。だからもし道半ばで攻略を諦めようと思っても、すぐには出られない。ダンジョンから脱出するにはルートの分岐よりも前まで戻らなくっちゃならない……それが絶対のルール。さすがにこの点でのズルは無理だから、せめてこのセーフティーエリアに来ればどんな重傷者でもすぐに助けられるようにしておこう……ってことで僕たちが配置されたんだ」
ガロッサへの挑戦をリタイアしようと思えば、必ず来た道をそのまま引き返すことになるのか。
となりゃあ、相当早い段階で戻る決断をしないことには帰りの道中でやられちまうかもな。
普段の挑戦者にもそういう事例が実際に多く起きてるのか、アーバンパレスの対応は慎重だった。
「ここまで戻ってきてくれれば、いわゆるトレイン。たとえ多くの魔物を引き連れていようと必ず助けよう。救助はアルメンザの卓越した幻影魔法で。応急処置がいるなら光属性以外では珍しく効力の高い治癒魔法を使えるリッチャーが活躍するよ。そして教会本部にポイントを設置しているから、僕の転移で駆け込むこともできる。癒しのスペシャリストであるシスターたちもそこで待機済みだからすぐに大治癒を受けられるよ。だからまあ、死なずにここまで来られたなら、どれだけ危なくても命だけは助かるんじゃないかな」
じゃないかな、とはずいぶんあっけらかんと無責任なことを言ってくれるな。だが受けた傷や状況次第じゃ、セーフティーまで辿り着いても普通に死にそうだとは俺も思った。
絶対に助ける、という気概こそあってもそりゃあキッドマンだって確約はできんだろうな。
ま、そもそもここにそんな慰めがなけりゃダンジョンに挑めないような臆病者は一人もいやしねえ。
ちらりと見てみたが、誰も彼もが自分が脱落者になることなんてちっとも考えちゃいないってのがわかる。
狩られる側じゃあなく、己は狩る側なんだと。
そう信じて疑ってない顔をしてるぜ。
それを確かめたことでキッドマンも満足そうにしてる。
「うんうん、さすがは冒険者界隈の最前線に立つ人たちだ。僕なんかの忠告なんて最初からいらなかったみたいだね……それじゃこれにて僕のお話は終わり! あとはジョンさんにお任せして、ここでみんなの無事を祈っておくことにするよ」
言いたいことを言い終えて下がったキッドマンに代わりジョンが前に出る。
基本、こういう場で仕切るのは同じ特級構成員でもマーニーズじゃなくジョンなんだな。……まー両者の性格を考えりゃ自然とそうなるか。
ジョンは改まった様子でこほんと小さく咳をして、それから口を開いた。
「聞いた通り、うちの後輩たちが数日がかりで最小パターンを用意してくれた。ルートはたったの三本。だがそのうちの二つは外れなんだ。一本ずつ攻略したんじゃ時間がかかるうえに、これだけの大人数じゃあかえって探索が捗らねえ。よってこの集団をルートに合わせて三つの班に分けることとする。頭数は十九……三じゃ綺麗に割り切れねえが、そこは容赦してもらうぞ」
あー、もう二人いりゃ一本のルートにつき七人ずつで切りよく潜れたのか。
それだったら多すぎず少なすぎず、連携も取りやすそうでよかったんじゃなかろうか。
つっても足りねえもんはしょうがねえし、結局はどこがどこと組むか次第だとは思うが……。
「まずはA班。ブルッケン・シャウト以下三名、アルフレッド・イオル以下二名、ビットー・マボロ以下二名。以上の三組七名で組んでもらう」
「はッ、こっちの新人とか……まァ葬儀屋よりはマシか。足ィ引っ張んじゃねェぞ小僧ども。邪魔だと思ったらすぐに捨ててくからな」
「おっ、心配してくれてんのか! ありがとな狼のおっちゃん。でも大丈夫だぜ、オイラたちだって任務はちゃんと果たすさ! こんだけ大事な仕事だもんな!」
「うむ、対魔皇軍に向けた重大なクエストだ。失敗を避けるにはやはりチームワークが肝要だろう。よろしく頼むぞ、ご両人とそのメンバーたち」
「次にB班。カルラ・サンドクイン以下五名。ガレル・オーバスティス以下二名。以上二組七名……ここは全員女子だな」
「おほほほ! わたくしの希望が通りましたわね、当然ですけど。少々粗野ではありますが我が『天道姫騎士団』と組むに値するギルドは、この中では『巨船団』しかおりませんもの。よろしくお願いしますわね、船長様?」
「どこまでも強気な嬢ちゃんだねぇ。いいよ、気に入った。どうせ組むならムサい男連中よりあんたたちのほうが面白そうだ。こちらこそよろしく頼むとしよう……ただし! 攻略中その独尊っぷりが目に余るようなら遠慮なく仕置きするからね。そこは心得ときな?」
「最後にC班だ。ゼンタ・シバ以下三名。ジョン・シャッフルズ以下二名。以上の二組五名で組む。……アンダーテイカーは俺たちとだ。いいな?」
「いいも悪いも。こっちは世話になる先輩に頭を下げるだけさ。よろしくなジョンさん、マーニーズさん」
血が滾るのを感じながら俺はそう返した。
さぁて、いよいよ『ガロッサの大迷宮』へ挑むときだな……!




