187.教会員無所属『門外シスター』
「いやー負けた負けたクマ。それはもう気持ちよく負けてしまったクマね!」
「あのなカロリーナ……私は出迎えてくれと頼んだだけで勝負を挑めとは一言も言ってないんだが? よく笑って報告ができるね」
俺とメモリは一応、正式な客として扱われているらしい。ローネンのコネ様様でな。
そんで、そんなちゃんとした客を相手に教会の庭でドンパチ始めたカロリーナはこうしてルチアに深く呆れられているっつーわけだ。
「まあいいじゃんか、俺は別に気にしてないぜ? ちょうどいい運動だったしな」
「たとえ君が気にしていなくとも教会としての体面というものがあるんだ。きちんと謝っておくことだよ、カロリーナ」
「ごめんクマー」
「よし。それでいい」
「それでいいのか……」
思いのほかあっさりとした謝罪だった。ま、これで話が終わりってんならいいさ。それよりも今はあいつのことだ。
「で、肝心のサラはどうしてまだ来ねえ? 修行はもう終わってんだろ?」
ここは教会本部の一室だ。さっき俺とカロリーナがやり合った場所が見える、言うなりゃ応接室的な用途の部屋だろう。
出された紅茶にはたしなみとして口を付けたが、正直所作だとか味だとかを気にしてはいられなかった。俺ぁてっきりすぐにでもサラと会えると思ってたもんだから、なかなか姿を現さないことにやきもきしてきてる。
「…………、」
俺と同じく、メモリも落ち着いてるように見えて若干そわそわしてるぜ。
この不安は何も一ヵ月間ほど会ってない寂しさからくるもんだけじゃなく、教会が舞い戻ってきたサラを果たして再び手放してくれるのかっていう危惧から生じるもんでもある。
蓋を開けてみればサラの味方側だったルチアも一時は「教会への恩を忘れたか」と詰め寄ったくらいだ。
あれはサラの本気を見るために言い放った言葉だとは思うが、ルチアの本音も多分に含まれたもんだったろう。あんときの二人の様子を思い返すにこれはまず間違いないはずだ。
サラ寄りのルチアですらそうだったんだ、他のシスターたちならなおのことサラを逃がさないんじゃないか……ましてやお偉い聖女様ともなれば余計に。
そういう俺たちの不安を伝えると、ルチアは苦笑の表情で答えた。
「大丈夫だよ。修行は終わったし、サラはもうすぐ来る。断言しよう、シスターはサラが君たちとともに行くことを絶対に邪魔しない。何故ならそれが教会全体の意思となったからだ」
だから不安に思うことなんてないんだ、とルチアは言う。
「教会全体の意思……ってのはまた、どうしてそうなった。サラが逃げたことを教会は許したってことか?」
「許す、というのとはまた違うけれどね。それに関してはあとから――」
と、ルチアが喋ってる最中にバタン! とかなり大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。自然と会話も止まり、みんなで視線がそちらに向かう。
そこにいたのは言わずもがな。
「――お待たせしました! 皆さんお待ちかね、教会員無所属『門外シスター』のサラ! ただいまより『アンダーテイカー』に復帰させていただきます!」
「「「「…………」」」」
見慣れない恰好をしてるサラの声量も表情も元気満点の挨拶に、どっからともなく空っ風が吹いた気がした。
「……門外シスター、とは?」
「サラをシスターにするためだけに創設された新しい肩書きのシスターだクマ。籍は本部にも支部にもなくて『アンダーテイカー』だから、無所属ってことになってるクマね」
「なるほど」
「それよりもなんだよ、あの服装? 修道服ってやつか……あんなんルチアもカロリーナも着てねえのになんでサラが」
「あれはシスターの正式な戦闘衣装だよ。造形は変わらないが聖装同様、本人だけしか着られない一点物だ。もちろん単に仕立てがいいというだけでなく、性能面も指折りさ。許可を頂かないことには着用は許されないけれどね」
「へえ、そんなのもあったのか」
前にも思ったが、教会ってのは聞くほどにけっこうな武闘派集団だよな。修道服が戦闘衣装ってなかなかやべえだろ。
そこらの冒険者組合にいるやつらよりも血気盛んな気がするぜ。
「あれっ? なんだか皆さん反応が芳しくありませんね……。ねえねえどうです? シスターになった姿をお披露目ということで着用許可を貰ってきたんですよ? それで待たせることになっちゃったんですけどね」
「だからやけに時間かかってたのかよ!」
態度から察するにルチアはこのことを知ってたんだな。サラはわざわざシスター感を演出するためだけに着替え、しかも俺たちを驚かせようとルチアに口止めまで頼んでたんだろう。そんなことのために人を待たせるか普通?
教会でみっちり修行を積んでも相変わらずサラはサラだな……と俺は少しばかり呆れていたんだが、メモリは優しかった。
席から立ったメモリがサラへ近づき、フォローするように優しい声音で言った。
「……サラ。戻ってきてくれて、嬉しい。シスターの衣装もよく似合っている」
「メモリちゃん……! 私こそ嬉しいです! ゼンタさんは冷たいですけど、メモリちゃんはあったかいですね……! ゼンタさんは氷のように冷たいですけど!」
「なんで二回言った」
しかも氷て。
走り寄ってきたサラは、そのまま俺に見せつけるようにメモリを抱きしめた。泣く演技までしてやがる。とんだ名女優ぶりだが、そんな真似されたって登場をスルーしたことに罪悪感なんてわかねーぞ。
「ん、あれれ……?」
お。テンションがフル稼働してるせいで気付いてなかったようだが、ここでサラもようやくメモリの異変に目がいったようだ。
首を傾げながらメモリから体を放して、上から下までじっくりと眺めるサラ。
そんでまた下から上へゆっくりと視線を戻し、もう長い前髪もなくなってまじまじと見ることができるメモリの素顔とばっちり目を合わせて。
あんぐり、とその口が大きく開いた。
「お、おっきくなってるー!? メモリちゃん、ですよね!? それは合ってますよね!?」
「よくわかるね……少しサラを見直したよ」
「私たちは最初誰だかわかんなかったクマ」
「無理もねーって。うちのギルドメンバーでも一目じゃあメモリと見抜けなかったくれーだしよ」
「ちょっとちょっとゼンタさん! 落ち着いてないで説明をプリーズですよ! 何があったら一月で人がこんなに変わるんですか?!」
「何がって、決まってるだろ? これぞ修行の成果だ。お前が頑張ったようにメモリもそらーもう頑張ったってこった」
「頑張ってどうにかなるレベルじゃないじゃないですかー! これじゃ修道服ごときでインパクトを出そうとした私が、まるでお馬鹿みたいですよ!」
「実際割と馬鹿だぞお前は」
まーそこがいいところでもあるんだが。
まだあわあわとしてるサラを見かねたのか、メモリはそっとその手に触れて宥めさせる。
「……落ち着いて、サラ。見た通りわたしは変わった……強くなった。前よりも二人の力になれるはず。でも、変わったのはそれだけ。……それ以外はいつも通りのわたし」
「メ、メモリちゃん……本当に驚きました、中身まで別れる前よりも大人びているんですね。背だって私より伸びちゃって、嬉しいやら寂しいやらで泣けてきちゃいます……あ、髪も伸ばしたんですね? かわいい!」
「一言の間に感情が変わり過ぎだろおめー」
驚き方こそ騒がしかったがあっという間にメモリの大人化を受け入れてるしよ。俺とかヤチたちはもっと時間がかかったぞ?
しかしこうして見ると、二人ともこの一ヶ月でかなり変わったなぁ。
メモリは何から何まで別人かってぐらいだし、サラも馬子にも衣裳って言葉があるように修道服を着てるとまるでちゃんとした人物みたいに見える。口を開けばやっぱサラだなって思うけどな。
こうなるとあれだな、三人で俺だけ――。
「ゼンタさんだけ見た目に変化なしですか」
「う、同じタイミングで同じことを。んだよ、それが何か悪いのかよ」
「いえ、悪いなんてことは。でもせっかくだから視覚的にも揃えたかったですよね、新生アンダーテイカーの活動開始として! だからちょっと残念だなー、と」
「悪いと言ってるようなもんだろそれ……あれ?」
ここまで話して、ふと俺もおかしなことに気付いた。
つーのも、サラと一緒に顔を見せなきゃいけないはずの連中が一向にやってこねえんだ。……まさか何かあったんだろうか? 気になった俺はあいつらがどこで何をしてるのかについてサラへ訊ねてみることにした。
「あ、中央までついてきてくれたカスカさんとヨルちゃんのことですか? 実はお二人は先日、私の護衛役から外れることになったんです。少々事情がありまして……」
「え、マジかよ。事情ってのはまたどんな?」
「えーっと、なんと言いますかね……ひょっこり保護者がお迎えにきた、と言いますか」
「……保護者ぁ? いやいやおかしいだろそれ」
ひょっこりも何も、カスカは来訪者でヨルは世界最後の吸血鬼だ。どっちにも保護者と呼べるような人物なんか出てくるはずもねえんだが。
眉を寄せた俺に、サラは声を潜めて内緒話でもするようにこう告げた。
「それがいたんですよ。彼女はこう名乗っていました……『自分こそが吸血鬼の始祖である』と」




