186.【明鏡止水】と【超活性】
「ついさっき無事に修行は終わったクマ。今のサラはもう候補生止まりじゃなく、シスターとしての力を手に入れているクマよ。そこで気になるのが、お前たちの実力だクマ。特に! サラを任せることになるゼンタ! お前の強さをしっかりと確かめないことには安心して送り出すことはできないクマ!」
「ほーん……で、あんたのお眼鏡に適わなかったらどうなるってんだ?」
「そのときは単に新しいシスターの誕生クマ。あの子の立場はややこしいけど聖女様がお認めになれば何も問題はないクマね。きっと頼めば大丈夫クマ! 魔皇軍との戦いには教会もバックアップとしてつくんだクマ、サラもその範囲で手伝えばいいだけクマ。『アンダーテイカー』に戻って前線に立つ必要なんてないクマ!」
「あーわかったわかった。ごちゃごちゃクマクマ言ってるが要するに、あんときの続きをしようぜってこったろ? 力を見せろってんなら望むところだ。四の五の言わずかかってこいよ、カロリーナ」
「クママママ! いい返事だクマぁ!」
「下がってなメモリ。手ぇ出すなよ!」
カロリーナは身軽だった。一蹴りで俺の頭上に跳び、両足での踏み付け攻撃を繰り出してくる。それを見て俺は腕を交差させた。
「クマっ……」
受け止められるとは思ってなかったんだろう、驚きの声を漏らしつつも反動でカロリーナは後方一回転、俺の目の前に着地しつつ身を沈めた。
「すぅー……ふんっ!」
着ぐるみみたいな外見に騙されそうになるがカロリーナの手足は太くとも短くはない。思いのほか尺のあるその脚が俺の足元を刈ろうとしてくる。
だから俺は足の裏を地面にめり込ませるつもりで力を込めた。互いの足が激突する。
「いっ、」
結果俺の足は微動だにせず、逆にカロリーナが蹴り足を痛めたようだ。ま、ご愁傷様だな。
その硬直に合わせて踏み出し、下段突き。だがリカバリーが早い。地につけた腕を押し出すようにしてカロリーナは俺から距離を取った。すげえな、腕力だけでここまで動けるのか。
仮面女は片手の指だけでこれ以上のことをしていたが、そりゃ比べる対象が悪いな。熊の獣人なだけあってカロリーナのパワーは相当なもんだ。ウェイトもあるだろうに機敏さも損なってねえんだからただの人間とはポテンシャルが段違いだ。
だがよ、俺だってただの人間とは呼べねえだけの力を身に着けてるんだぜ。
「クマ!?」
「はぁっ!」
カロリーナの動きにまったく遅れずついていけたのは、こいつなら避けるだろうと予測できてたからでもある。
修行中に【集中】がLV5まで育ち、その次には【明鏡止水】という上位スキルっぽいもんに変化した。いちいちSPを使って任意で発動するのではなく、今の俺は目を凝らす、耳を澄ます、気配を探る……そういう集中力を要する場面になるとオートで感覚が鋭敏化するようになったんだ。しかもどれだけ発動してもSPを消費しないときた。
仮面女との怒涛の連戦によって得られたこのスキルは、俺の基礎戦闘力を大幅に引き上げてくれたぜ。
そのおかげで僅かな応酬だけでもカロリーナの機動性を正確に読み取ることができたってわけだ。
距離を取ったつもりがぴたりとくっついてきてる俺にカロリーナが目を丸くしていたが、待ってやりはしない。姿勢が低いんで側頭部を狙って蹴ってみた。すると反応は上々、ほとんど反射だろうがカロリーナはその太い腕を差し込んで防御した。
「ぐうっ……!」
めきり、と腕に足がめり込む。咄嗟のガードじゃ今の俺の蹴りを止めるのはキツいだろう。防御ごと押し込まれて重心がグラついている。そこへ俺は軸足を入れ替え、構えられた腕とは反対側からもう一発回し蹴りを叩き込んだ。
クマーッ! と割と愉快な鳴き声(?)でカロリーナは吹っ飛んでいった。だがその場に倒れ込むことはなく、素早く立ち上がってみせる。
「お、まだやれっか」
「当たり前だクマ、こんなのへっちゃらだクマ! ……だけどまさか力負けするなんて思わなかったクマよ。これでも体術には自信のあるほうクマ。だから――何がなんでも押し通らせてもらうクマ!」
「!」
押し通ろうとしてんのは俺で、お前はその邪魔をしてるほうだろ……なんてツッコミを入れてる場合じゃなかった。カロリーナが懐から十字架を取り出したもんだから、そんなことに意識を割いてはいられねえ。
そうだ、サラもルチアも同じだったな。
教会のシスターは――クロスを掲げてからが本領発揮なんだよなぁ!
「叩き起こすクマ、『ホーリーナックル』!」
拳の先に置いたクロスを、反対の拳で挟むように叩く。その途端にクロスから神々しい光が放たれて、それが収まったときにはもう変化が終わっていた。
両拳を覆うようにひとつだったクロスがふたつになっている。十字架状のメリケンサック、と言えばわかりやすいか。
これがカロリーナの聖装ってわけか……盾や銃に変わるのも大概だが、一個だったもんが二個に増えてるのは輪をかけてわけわかめだな。
「シスターのくせに殴るための武器たぁ物騒だな」
「銃をぶっぱなすルチアに言ってやるクマ。私はまだ控え目なほうだクマよ」
「それもそうだ」
軽く笑い合って、互いに構えを取る。
前回は【活性】込みでも押されてたが、今では素のステータスだけでも圧倒できるようになってる。が、それだけで俺の勝ちたぁならねえ。
クロスを解放したシスターは飛躍的に力を増すことをサラを通じて俺はよく知っている。
こっからがカロリーナの本気。
さっきまでの様子見とは違う、ガチ戦闘の始まりだ。
「教会員、本部所属『シスター』のカロリーナ・メイセン。推して参るクマ!」
「『葬儀屋』リーダーの柴ゼンタ。すぐに参らせてやるぜ!」
光。高速で迫るそれこそがカロリーナの鉄拳。【明鏡止水】が視界をクリアかつスローにしてくれるが【察知】が疼く。後ろからも来てる。
どういうことだ、と心中で首を捻りつつ俺はバックではなくサイドステップで拳を避けた。そして見る。光る球体を。それが俺の背後から襲ってきたものの正体――。
かなりの勢いを持ってたそれは、しかしカロリーナに当たる瞬間に溶けるように消えた。いや、消えたっつーよりも体に吸収されたって感じだったか。
そこまで見て気付いたぜ。球体が吸われたと同時に、突き出してないほうのカロリーナの拳に光が宿ったのを。
「はっ、なるほどな!」
仕組みを理解し、ちょいと危なかったのだと知った。動く方向を間違えてたら後頭部と顔面両方に食らってサンドイッチされるとこだったんだな。
「よく気付いたクマ!」
また閃光。光る拳のラッシュ。単純だが効果的な嫌がらせだな。これじゃ躱せたとしても一発ごとに目を潰されかねない危険がある。実際【明鏡止水】と【察知】の助けがなければ今頃俺はタコ殴りにされてただろうよ。
「しゃらくせえ戦法取りやがるな、カロリーナ」
「やっぱり、どうやってか見えてるクマね!?」
「へっ、悪ぃが俺に不意打ちなんざそうそう決まらねえぜ! おらっ!」
ラッシュを避けつつ、また別方向から飛んできてた弾を蹴って迎撃する。それでカロリーナも俺にこの戦法が通じないことを悟ったようだ。
速くて見え辛いせいで躱しにくい連撃。それに気を取られてるといつの間にかメリケンサックから飛び出した光属性の魔力弾に死角からぶん殴られるって寸法だな。『ホーリーナックル』がバリバリの近距離専用武器に見えるのもうまい目晦ましだ。
まさかこんな搦め手を使ってくるとは、拳闘士さながらの今のカロリーナの姿からはなかなか想像できねえだろうよ。
だがどんなに攻勢をかけようが攻撃を知らせるスキルを持つ俺にゃ効きやしねえ……、
「だったらこれはどうクマ――獣性解放!」
「!?」
カロリーナの全身の毛が荒々しく逆立った。顔付きもより本来の獣らしいものへと変化する。飢えた野獣を前にしたような身の毛もよだつプレッシャー。
俺が感じた重みをカロリーナは本気の一打で丸ごと打ち出してきた。
「『ゴング・オブ・ハレルヤ』!」
それは巨拳だった。膨れ上がった光が拳の形を成して突き進んでくる。俺は今、巨人の腕に殴られようとしている。――そう気付いたからにはこちらも手札を切るしかねえ。
これは間違いなくカロリーナの必殺技のひとつ。
だったら俺もお返しにゃ必殺技が相応しい。
ここらでいっちょ試してやろうじゃねえか。
「【超活性】!」
ズグン! と全身から力が溢れ出す。これもまたLV5に育った【活性】が次に到達した新たなステージだ。字面からもわかる通りの完全な上位スキル。その効果は申し分なく、元になった【活性】以上のステータス上昇の恩恵を感じさせてくれるぜ。
この力を全て、一撃に込めてやるよ!
「――【黒雷】だぁ!」
白い閃光と黒い稲妻。
ふたつの眩く輝く拳が真正面から衝突した。




