184.第二第三の魔皇案件
「マクシミリオン団長。会議に参加なさっていたエンタシスのお二人から言葉を与っています。『自分たちは先に戻って待っている』、と」
「そうか。伝言感謝する。あまり待たせては悪い、俺もそろそろ戻るとしよう」
用件も済ませたことだしな、とローネンに軽く手を上げてマクシミリオンは去ろうとして……そこでちらりと俺を見た。
「……、」
「? なんすか?」
「いや、ジョニーのやつのことを思い出してな」
「げ。……あいつ俺のことなんか言ってたっすか」
ジョニー・アングッド。レヴィと一緒にポレロの冒険者組合を訪れた男で、俺と決闘までしたある種の因縁の相手だ。
ジョニーのことは今でも好いちゃいない。
あいつは俺の嫌う典型的な無駄に偉ぶってるタイプの人間だし、あれっきり会ってもいないしな。
だがそれとは別に、上等そうだった野郎の装備品の全てを駄目にしちまったことは悪かったかなー、と思ってたりもする。
「自分が必ず倒すべき相手だと言っていたよ。ジョニーにとってシバはライバルのような存在であるらしい」
「うへえ。マジっすか」
再会でもしたらまた絡まれそうで面倒だな。
と考えたのが顔にも出ちまったんだろう、マクシミリオンはふっと笑った。
「そう邪険にしてくれるな。お前に手も足も出ず敗北したことが相当こたえたようだったが、その悔しさをバネにあいつは成長しているところだ。昇級テストにも無事合格したことだしな」
「へー……てことはあいつ、今はレヴィと同じ一級構成員なんすか?」
「そうなる」
前回は決闘での無様を見られてあえなくレヴィに不合格の烙印を押されていたジョニーだが、もうリベンジは達成済みと……。
するとあいつのことだから、もうひとつの汚点である決闘の結果を覆したいとますます闘志を燃やしてるかもしれん。雪辱を果たすにはもう一度決闘をして、今度は自分が勝つ必要があるからな。
まー前回はアレだ。ドラッゾの『腐食のブレス』という初見殺し攻撃が見事にはまったことで難なく勝ちを拾えたわけだが。
だがもしもドラッゾに頼らず正面から戦っていたら、あんときの俺じゃあたぶんジョニーには勝てなかったはずだ。さすがにそこら辺は俺だって見極めがついてる。
そんじゃあ一級に上がったあいつは果たしてどんだけ強くなってるか、ってのが気になるところだが……。
「そこんとこどう思うっすかね。ジョニーと俺を比べてみて、マクシミリオンさんの率直な感想ってやつが聞きてぇっす」
「……即戦力としてうちに欲しいくらいだ。お前たち二人とも、な。それが答えになるだろう」
「……! メモリはともかく、俺もその評価でいいんすかね? 聞いといてなんすけど、来訪者はぱっと見じゃ強さなんてわかりにくいはずじゃ?」
「経験さえ積めば来訪者相手でもある程度は見抜ける。要はその立ち姿に一本の芯を感じるかどうかだ。お前たちにはそれが見える」
「そうなんすか……、あざっした」
礼を言いつつ考える――即戦力。
この場合それに該当するのは、おそらくアーバンパレスの最高戦力と言われる特級構成員のことだろう。
つまりマクシミリオンは俺とメモリをエンタシス並みか、その見習い程度の戦力にはなると見做している。少なくとも一級以上並の実力者として数えているってわけだ。
そして肝心のジョニーは一級なりたてだ。明言はしなかったが、自分とこの団員と非団員を比べてどちらに軍配を上げたのかは明らかだった。
それではな、と振り向くことなく第一大会議室を後にするマクシミリオン。
その背中を見送ってから、同じく去り行く彼を最後まで見つめていたローネンに俺は疑問に思ったことを言ってみる。
「不躾かもしんねえっすけど、一個聞いてもいいすか」
「何かねゼンタ君」
「俺たちのほうの会議でも言われてたことなんすけど……団長さんが対魔皇軍のメンバーに入ることはないんすか?」
それこそ一本の芯ではないが、マクシミリオンと話してて感じたのは、どデカい大樹を前にしたようなどっしりとした安心感だった。……ありゃ強い。敵対してるわけでもねーってのに俺のセンサーがビンビンに反応するくらいだからな。
あの人がガロッサの大迷宮の攻略。
そしてその先の対魔皇軍との戦い。
どちらにも参戦してくれるなら、これほど心強いこたぁねえ。
というか俺から言わせればいっそ団長だけじゃなく、リハビリ中のスレン以外のエンタシスたちも残らず動員させて部隊に加えてくれりゃあいいじゃん、と思っちまうんだが……。
その疑問というか願望を思い切ってぶつけてみると、ローネンは瞼を下ろしながら緩やかに首を振った。
「そうできればよかったんだが。しかし聞いてくれ、ゼンタ君。マクシミリオンは多忙だ。彼だけでなく、アーバンパレスというギルドそのものが。何故かと言えば単純に、それだけ仕事が多いから。対処すべき案件は魔皇案件だけではないからだ」
「魔皇軍を倒す以上に、やらなきゃならねえ仕事があるって?」
「いや、最も差し迫った危機が魔族の跳梁であることは疑いようもない。しかし、潜在的危機。世界を危ぶむ芽というのはそこかしこにあり、それらを放置しておくわけにはいかない。魔皇案件に全戦力を投入してしまっては、解決する間に第二第三の魔皇案件が新たに生まれるのを未然に防げなくなる」
例えばだ、とローネンは人差し指をピンと立てた。彼の理知的な雰囲気と相まって、その様はまるで講義をしてる教授かなんかに見えたぜ。
「近年頻発する新種の魔獣・魔物の発見。それに伴う犠牲者。生態上定期的にこういったことは起こるものだが、事例が多すぎるうえに間隔も短すぎる。発生の場所や時期からして魔族が関与している線は濃厚、だが私たちはその確たる証拠をまだ掴めていない。状況証拠による推測でしかない……ひょっとしたら魔皇軍の活動とはまったく無関係の別の事件である可能性もある。そしてその場合は、魔皇の勢力とはまた別の者たちが関わっているということになる」
私たちが何より警戒しているのはそれなのだ、とローネンは俺の目を覗き込むようにして言った。
「君も危機の芽を見つけたね。トード組合長を通じて闇ギルドの結託と陰謀を知らせてくれた。そちらの案件にもアーバンパレスと各地の警団を調査へ走らせている。今のところ成果は出ていないが、それが逆説的に成果にも等しい。少し叩くだけで埃の出る裏社会の住人たちが、妙に控え目で身綺麗にしている。普通ならばこんなことはあり得ない。君の報告に漏れず、彼らが大きな事を起こそうと準備しているのは確実だろうと私たちは見ている」
わかるねゼンタ君、と語ってるうちに熱くなったのか、ローネンは俺の肩を掴みながら言葉を続ける。
「闇の刺客たちはどこにでもいるのだ。魔族だけでなく人間にもはみ出し者はいて、中には無法のコミュニティにすらも居場所がない本物の邪悪だっている。魔皇軍だけを警戒していては取り返しのつかないことになってしまうんだよ。美しい白を守るには、生まれ滲む黒の全てに対応しなければならない。それがマクシミリオンやエンタシスたち。ひいてはアーバンパレスの総勢を対魔皇軍部隊に選抜できない理由だ」
「……なるほど。よくわかったっす」
言われてみりゃこれはもっともだ。
ここで魔皇軍へ持てる力全部をぶつけたら、その後に出てくるかもしれない他の敵に回せる戦力がなくなる。
そうなったら戦争後に漁夫の利を掻っ攫うつもりでいるレンヤ率いる闇ギルドの、まさに思惑通りになっちまうだろう。
ローネンやマクシミリオンはそういった事態も予測しながらどう動くべきかを計算してるってこったな。
魔皇軍と共に戦う仲間が少なくなるってのは困りもんではあるが、だが後のことを大人たちがしっかりと考えてくれてるとわかりゃあ、俺も目の前の敵だけに集中できるんで助かるぜ。
次の敵まで見据えてごちゃごちゃと悩みながら戦うのは真っ平だったんだ。かと言って知ったからには無視もできない……っつーちょっとしたしこりもこれで少しは気にならなくなった。
しっかりと理解して頷いた俺に、ローネンはにこりと笑みを見せた。
「わかってくれて何よりだ。さて、君たちのためにいくらでも時間を使ってあげたい気持ちはあるんだが、言った通り私もまたマクシミリオンに負けず劣らず忙しい身なものでね。そろそろ本題に入ろうか。……ではゼンタ君。君が言う私に頼みたいこととは、いったいなんなのか聞かせてもらえるかな?」




