180.一蓮托生の仲間だと
渋い感じでジョンは締めたが、そこで会議が終わったわけじゃない。
会議と言いつつ何を一方的に決めてんだとか、アーバンパレスだけ団長クラスが出席しないとはどうなってるんだとか……聞いててそれもそうだなと思えるような指摘から、招集された七組中四組が中央都市をホームにしてるのは偏りが過ぎるという若干難癖めいた非難も出た。
主にこれらはブルッケン・シャウトが口にしたもんだ。
「蒸し返すな、シャウト。お前とてこの場にいる者たちの実力は認めているはずだぞ」
「いやァ、どうだかな。なんせ実際に共闘したことはねェからなァ、その点にゃ不安もある。それに他に手を組めそうなギルドってんなら俺も当てはあるぜ?」
「お友達の獣人ギルドだろう? はっ、隠さずにつるめる群れがいないのが不安だって言えばいいじゃないか」
「突っかかんじゃねェよオーバスティス! 実力で言やァそいつらも確かなんだ、戦力に組み込んで何が悪い?」
「けれどわたくしたちには及ばない。だから選抜されていない。そんなどこの馬の骨とも知れぬギルドを参加させては作戦の足並みを乱すだけでしょう。子供でもわかる理屈ではなくて?」
「ムカつく女どもだなおィ……!」
「オイラは特に不満なんてないけどなぁ。このメンバーでダンジョン攻略! そして魔皇軍と戦う! めっちゃわくわくするぜ!」
「うむ、若者らしくて良いことだ。しかし年長者の責務として苦言は呈しておきたい。私は既にアーバンパレスが魔皇軍の所在地なり幹部の居所なりを明らかにしており、こうやって高名なギルドの代表者を集ったからにはすぐにもそこへ討ち入るのだろうと予想していた。手始めに強力な武器を見繕うという案は承知したが、実行前に情報の開示を要求したい。現段階で魔皇軍に関してどこまで明らかとなっているのか……それを知りたいのだ」
そこでアルフレッドは各員の目の前に置かれている数枚の紙に手をやった。
「資料には目をやったが、まさか。魔皇案件を独占していたアーバンパレスの持つ情報がここに書かれているだけ、ということもあるまい? そちらとしてはガロッサの攻略が完了する前にその先の話を進めたくはないかもしれないが、魔皇軍が先んじて仕掛けてくる可能性だってある。今の段階で判明している全てを共有すべきと愚考するが」
アルフレッドの語りを聞きながら俺も紙へ目をやった。こりゃ魔皇軍に関する資料だったのか……遅刻したせいで読めてないが、みんなは俺の到着を待つ間に読み終えていたようだ。
エニシやインガといった逢魔四天、それからシュルストー(ナガミン)やドレッダら魔下三将の名前が書かれている。そいつらが見せた戦い方や能力についてもだ。
しかし他に載ってるのはインガのアーバンパレスに対する暴れっぷりやユニフェア教団がどんな組織でどんな活動をしていたのかという起きた事件中心の説明ばかりで、肝心の敵の位置や推察される目的といった俺たち全員の知りたがっている情報はどこにもない。
アルフレッドの言う通り出し渋っているのか、と全員の目がエンタシス二人へと集まって。
「……いや、残念だがアルフレッド。魔皇軍に関して俺たちが得ている情報は、既に共有が済んでいる」
「なんと……では、ここに書かれているものがこれまでの君たちの調査で明らかとなった全てだというのか」
「我がことながら認めがたいが、その通りだよ」
「むう……それはまた」
「失態ですわね」
紳士的な男アルフレッドは現状を表するに適切な言葉を探していたようだったが、カルラ姫にそんな気遣いの心はまったくない。
ここぞとばかりに牙を見せて何かを言おうとしたブルッケンすらも制し、ばっさりとアーバンパレスの今日までの活動を拙策であったと切り捨てた。
「一連の事件がアーバンパレスに恨みを持つ者による単純な攻撃ではない、と。つまり『魔皇案件』として扱うようになり、魔族復活の真実性が確実視された時点であなた方は対応の仕方を変えるべきだった。だってそうでしょう? 何も解決できぬままに事態と犠牲だけが大きくなって、挙句こうして他のギルドの手を借りて。これを失態と言わずしてなんと言いましょう。『世界一のギルド』が聞いて呆れましてよ。この会議自体もそう。対魔皇軍の精鋭と言っても政府による招集などとは名ばかりで、実質アーバンパレスの敗北宣言も同然。内々では手に負えないと判断するのが遅すぎた、ということですわ」
「…………、」
「…………♪」
厳しい顔をしているが、ジョンは何も言い返さない。マーニーズは能天気そうな表情を崩さずポーカーフェイスが利いてるが、口を開かないってことはあれでも何かしら思うところはあるんだろう。
カルラは今まさに、アーバンパレスの痛いところを突いている。最初から否定的なブルッケンは当然のこと、中立のアルフレッドも、なんにでも肯定的、というか前向きな姿勢を崩さないビットーすらもカルラに反論しようとしない。
それはつまりカルラがそんだけの正論をかましてるってことだろう。
――そんな重たい空気感の中で「ははっ!」と一際目立った笑い声が響く。
それを発したのはガレルだった。
「カルラ・サンドクインの言うことはもっともだね。方針を変えるチャンスは何度もあったはずが、その度にアーバンパレスは間違ったんだ。それに関しちゃ一番文句があるのはきっとアンダーテイカーだろうねぇ。直接インガと戦り合った功績を危うく持ち逃げされるところだったんだろう? そらゼンタ、今こそ恨みの晴らし時だよ。この絶好の機会にお前たちからも何か言ってやったらどうだい」
とんでもねえキラーパスがきた!
とは思ったが、そういや会議が始まってから着席してる中で俺だけまだ一言も喋ってねえってことに気が付いて、ここはビシッと決めるべきだなと思い至る。むしろガレルのパスには感謝しておかんとな。
「あーっと……まあ、そうだな。確かにアーバンパレスにゃ言いたいことのひとつやふたつある。初めての対面も、その次も、決して俺たちにとって愉快なもんじゃあなかったからな。どっちも戦いまでしたしよ。……だが今となっちゃもう、そんな昔のことをほじくり返そうなんて思っちゃいないぜ? なんてったって一緒に命を張ってエニシを倒した仲なんだ。アーバンパレスが協力してくれなきゃ俺ぁ間違いなく死んでたし、反対に俺たちがいなかったらスレンさんらも相当危なかったろう。持ちつ持たれつ、あのときの俺たちは完璧にチームだった。だから俺からすりゃアーバンパレスはとっくに仲間だ。そして今から魔皇軍との戦いに臨むこのメンバーのことも、一蓮托生の仲間だと思ってる」
そこまで一息に言ってから、俺はエンタシスの二人からカルラのほうへと顔を向けて。
「今日は顔合わせみてーなもんだとジョンさんは言った。ああ、そりゃ大切なことだよな。だって俺たちはもうひとつのチームなんだから。んで、チームになったからにはよぉ……今更のことを責めるよりも、これからのことに手を合わせて集中すべきなんじゃねえか? 本当にこの戦争に勝つ気があんのならな」
「…………ふん、ゼンタのくせに」
しばらく睨み合うように目を合わせていたが、そんな一言だけを漏らしてカルラはつんと視線を逸らした。
ゼンタのくせにっておい。そういやいつかカスカにも似たような文言を吐かれた気がするが、こいつらの中で俺っていったいどういう評価なのかね。
◇◇◇
まーそれからも喧々諤々色々と意見も飛び交ったが、最終的には三日後のダンジョン攻略までひとまず解散っつーことになったぜ。
いの一番に部屋を出て行ったカルラたちに続いて銘々が席を立つが、その中でガレルとテミーネは俺たちのほうへ真っ直ぐに足を運んできた。
「改めて、久しぶりだねゼンタ。さっきは急に話を振っちまって悪かったね」
「はっ、いいさ別に。俺の口からああ言わせて空気を変えたかったんだろ? それくらいはわかってるからよ」
「わーお。ゼンタはそういうとこもしっかりしてるんだ。なんだかちょっと意外かも」
ほら、まただ。知り合って間もないテミーネすらこんなことを言いやがる。
俺の第一印象ってそんなにがさつそうな男に見えるのか……いや、見えるか。風貌からして品のある坊ちゃんとは程遠いもんな。
「そうだ、ヤチのやつは最近どうなんだい? あんたに押し付けてやったはいいが、移った先でもドジばっかやらかしてんじゃないかとちょいと気になってたんだ。何せあの子がミスするとうちの教育が悪かったってことになるからねぇ」
「ああ、ヤチなら絶好調にやってるからそんなに心配しなくたっていいぜ。なんと言ってもあいつはうちの防衛責任者だからな」
「ヤチが防衛責任者だぁ? っはは! やっぱあんたたちは面白いねえ!」
それからもガレルはなんのかんのと言ってたが、純粋にヤチの近況が知りたかっただけなんだろうな。
元気にしてると聞いた途端見るからに上機嫌になって、気が変わったならいつでも『巨船団』にメンバーごと来なとお決まりの勧誘を行なってから女船長は赤毛を靡かせて颯爽と去っていった。
そして、その入れ替わりで俺たちの傍へやってきたのがもう一組。
「……今いいか、ゼンタ・シバ」
「ジョンさんとマーニーズさんか。ああ、いいぜ」
ならついてこい、と顎をしゃくり促すジョン。
その横にゆらゆらと振袖を揺らすマーニーズ。
誘うエンタシス二人組に俺たちは大人しく従った。




