18.冒険者になりませんか
風呂の利用者がもれなく使えるペラい寝間着を着用した俺たちは、ベッドに腰かけて向かい合っていた。
――これからどうするか会議の始まりである。
「まず、サラはどうしたいんだ」
「私ですか?」
「事情は知らんが、なんか訳ありで元いたところから逃げ出してきたんじゃないのか」
「……ご慧眼、と言っておきましょう」
「うわ腹立つ。まーそこんとこ詳しく聞く気はないけどよ」
だけどサラの今後の目的ってやつを聞いとかないことには、話し合いにもならんからな。そっちはちゃんと話してもらいたい。
と言ってみたら、サラは「わかりました」と素直に頷いた。
「今の私の目的は、ある物を取り戻すことです」
「ある物ってのは?」
「母の形見でもある私専用の装備品です」
「装備品ねえ。つーことは武器か防具ってことか」
「そう思っていただいて結構です。私はどうしてもそれをこの手に戻さなくちゃならないんです」
そう言ったサラの顔は、なんつーか、かなり思いつめた感じだった。
「形見だからってのはわかるが、そんなに大事なもんなのか?」
「はい。この先何があろうとも諦めることなんてできないでしょう」
「でもその顔を見る限り、取り戻すのは一筋縄じゃいかないってか」
「……はい。今の私の力では到底、無理です。それにどこにあるのかもわかりませんし」
悔しそうにするサラには、力も情報もまるで足りてないようだった。
そりゃあ確かに無理そうだな。
「ゼンタさんはどうなんですか」
「んあ、俺?」
「そうです。ゼンタさんの目的は?」
「俺は……やっぱクラスの連中を探すことだな。お前の言う来訪者さんな。たぶん、俺以外にもこっちに来てるはずなんだよ」
「何名いらっしゃったんですか?」
「朝、『全員いるな』ってナガミンが言ってたから二十六……せんせー合わせて二十七人だな」
「そんなにですか!?」
そこから、どうやってこっちの世界に来たのかとか、元の世界はどんなところなのかとか、どうして来訪者には不思議な力があるのかとか、それはもう色々と根掘り葉掘り聞かれた。
けど知っての通り俺が答えられたのはせいぜい元の世界での生活くらいなもんで、それ以外のことは「わからん」としか言えなかった。
だって本当になんも知らないんだからな。
「つーわけで、マジでさっぱりなわけよ。だからまずは頼りになりそうなせんせーか委員長あたりを見つけて、相談がしてぇな。そんで帰る目途をつけて、他のクラスメートも探して、皆で帰る。俺の目的ってんならこれしかないな」
「えー。帰っちゃうんですか」
「そりゃ帰るっつの。だってここは俺たちの世界じゃないんだからな」
つってもその手段があるのかどうか。
来られたんだから戻れもするだろ、とは思うがもしかすっとそれができない可能性もあるからな。
一方通行の道なんて珍しくもないだろ?
「つまり俺もお前も、探し物があるってことだな」
「ですね。でも、無暗に歩き回って見つけられるものではありません……だったら」
――冒険者になりませんか、とサラは決心したように言った。
「冒険者? そりゃなんだ、ギルドってのに入れてもらうってことか」
「いえ、必ずしもどこかのギルドに加入する必要はありません。というかそちらは私たちでは難しいと思います。でも、一般的にはまず組合に行って冒険者資格を得るのが正道のはずですから安心してください」
「おー、ギルドとはまた別に組合なんてのもあるのか。で、資格を得てなんかメリットがあんのか?」
「組合はあちこちにありますから、幅広い情報が貰えますよ。冒険者活動の最中にもです。それにクエストをこなせば力も身につくでしょう。……どちらも、冒険者としてのランクを高めないといけませんが」
サラ曰く、冒険者には最高のSから最低のFまでの七つのランクがあって、それと同じく任務の難度も分けられているらしい。
例えばBランクの冒険者なら難度B以下のクエストを受けられるが、A以上は無理。
これがFランク冒険者なら、受けられるのは難度Fのみとなる。
「Fランクとはつまり、成りたてのビギナーです。組合から貰える情報も限られるでしょうし、クエストもほとんど雑用みたいなもの、らしいですよ」
「はーん。要はFランク程度じゃ誰も碌な扱いをしちゃくれねえってことか」
「ですがそのぶん、上のランクに行くほど良い扱いをしてもらえるということです。有名な冒険者さんはヒーローのような扱いですからね。そこまでいかずとも、Bランクぐらいに届けば組合からの信頼もかなり厚くなると思うんです」
悪くねえな。
組合から仕事を貰って日銭を稼ぎつつ、ランクを上げて、行く行くは向こうから仕事を頼みにくるくらいになると。そうなりゃあ歩き回ってクラスメートや母親の形見を探すよりもよっぽど効率的に情報が手に入るだろうな。
ま、そんな順調にランクを上げられるかってのが気になるところだがな。
「でもよ、別に冒険者に拘る必要はねーんじゃねえか?」
俺は思いつかないが、他にも手段はあるんじゃないかと訊ねてみる。
するとサラは頷いたが、表情は否定的だった。
「確かに、他にも案はあります。単に強くなりたいだけなら、入団時点で新人を即しごき上げるという警団に入る。情報集めだけなら、どこかの商人ギルドに入って巡行隊商へ参加する、などですね」
「よさげに聞こえるけど」
「ですが、それらよりも冒険者になることをお勧めする、とある圧倒的な理由があるのです」
「あ、圧倒的な理由だと……それはいったい?」
ごくり、と喉を鳴らして続きを待てば。
「冒険者になるのには、身分証明が必要ないんです」
「……、」
「というか、冒険者という人に名乗ることのできる身分を得られるんですね。これ、今の私たちにとってすごく助かることだと思いませんか?」
「……めっちゃ、助かるな」
元の世界なら俺は中学生だ。誰に身分を証明する必要もない。
だけどここでは、ただの十五歳。なんの立場も持たねえただのガキでしかない。
「私もただの十七歳の美少女でしかありません」
「自分で言うな」
つかこいつ、十七か。俺よりふたつも上かよ。
「冒険者になりさえすれば、手っ取り早くガキでも箔がつくってわけか……こりゃあ確かに仕事すんなら冒険者一択かもな」
「ですよね! それにゼンタさんが商人やガードのお仕事をできる気がしませんし」
「なんも言い返せねえ」
と話もまとまったんで明日の朝一で冒険者組合に向こうと決めた。
そんで、今日はお互いに色々あって疲れてもいるんで、もう寝ることにする。
「私が窓側でいいですか?」
「いいも何もとっくに占領してんじゃねえか」
「ありがとうございます! それじゃ遠慮なく使わせてもらいますね」
「話が通じてねえなぁ」
もう少し覚えろ、遠慮ってもんを。
と俺がぶつくさ言ってる間に、サラはベッドに潜ってすやすやと寝息を立て始めた。寝るの早ぇなおい。……そんだけ疲れてたってことか。
ホントにこいつ、元気そうに振る舞うのが得意だな。常にニコニコしてるしよ。
逆になんかあったのかって心配になってくるくらいだぜ。
「ふわぁ~あ。……俺も寝るか」
気持ちよさそうに眠るサラを見てると、眠気が一気に五倍くらいになった。天井にぶら下がる裸電球の紐を引っ張って、消灯。俺もベッドに入る。
くあぁっ。安モンだってわかるのに、それでも気持ち良すぎる……!
この二週間あまり、地べただったり木の根だったり枝だったり、そういうとこでしか寝てこなかったんでな。今の俺にこいつは極上すぎた。
最高の寝心地を味わう間もなく、俺の意識はすとんと落ちた。
グッナイ……。
年頃の男女が同部屋に宿泊している事実
ですがゼンタは「女に下種な真似はするな」と姉貴分に元の世界で徹底的に叩き込まれています