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178.『天道姫騎士団』

 カルラ姫。

 それは響きからも察せられる通り多少の揶揄込みではあるものの、きっかけとしては本物の畏怖からついた敬称に他ならない。


 不本意ながら似たような位置づけの俺とレンヤが暴力で恐れられていたとすれば、カルラにあったのは金の力。つまり経済力だ。


 三毒院家は超が三つつくほどの名家であり、大財閥であり、ヤクザな一家だった。カルラ自身が女だてらに護身用とは称せないほど高い水準で武術を身に着けていることも恐怖の一端ではあったが、やはり何より恐れられていたのは日本経済を支配しかねないその資金力だろう。


 逆らえばどうなるかわからない。

 そう思わせる怖さこそがカルラの政治だ。


 美貌と権力を兼ね備え、そのことをあけっぴろげに自慢して高笑いするカルラを妬む者は彼女から遠ければ遠いほど多くいたようだが、実際にその募った感情を行動で発散させた連中は……一人残らず消えちまった。


 馬鹿な女子生徒も、ぼんくらだった男性教師も、知能のなかった他校の不良どもも。手段を問わずカルラに悪意の手を伸ばそうとした危機意識ゼロの奴らはその次の日から街からいなくなってた。中には直接は関わっていないはずの知人・友人までもが一緒に行方不明になってた例もある。これは嘘のような本当の話だ。


 恐ろしい女としか言いようのないカルラだが、悪意を持って接しさえしなければ少々エキセントリックなやつでしかなく、変わった生徒の多いうちのクラスじゃそれなりに馴染んでもいた。


 それでもやってることがやってることなんで、俺やレンヤと同じ括りに入れられていたんだがな。


 で、だ。


 カルラが三ヤベ入りする原因は彼女の生まれにあり、家の力にある。だがそいつは異世界には持ちこせない力だ。元の世界に帰らない限りは戻ってこない、置いて来ちまった資金という名の武器。


 それを失ったからにはいかにあのカルラ姫でも以前のような高笑いはできてねーんじゃねえか……と思ってた時期が俺にもあった。だがそいつは大きな間違いだった。


「まあ、なんて無礼なことかしら。このわたくしに未だそのような口を利くのは、あなたと階戸辺レンヤくらいのものだわ。腹立たしいわね……縛り首にしてしまおうかしら」


 ご覧の通りこいつはちっとも変ってねえ。

 どころか、ますます姫っぷりに磨きがかかってるようにも見えた。


 こいつもレンヤと同じく、住む世界が変わって本格的に箍が外れちまった口か……?


「そいつは悪かった。俺ぁ偉くもねーのに偉ぶってる奴が大嫌いなもんでな。こんなことでお互い気ぃ悪くすんのも馬鹿らしいし、くだらねえお姫様ごっこはどっか目につかねーとこでやってくれると助かるんだが」


「あら。本当に口の悪いこと、うふふ……」


 ……笑ってやがる。以前のこいつなら激昂とまではいかなくても多少は目の色を変えてそうなもんだが……余裕が増してんな。それも、付け焼き刃の演技なんかじゃなさそうだ。


 いつもの改造制服ではなくモノホンのドレスを着て、しかもこの鷹揚さ。まるで本当にどっかの国の姫を前にしてるような気までしてきやがったぞ。


 しかしカルラの余裕っぷりとは反対に、怒気を全開にして俺を睨みつけてくるのがその背後にいた。


「不敬ですよ、柴くん! 姫様には母を想うように深く敬意を払いなさい。そうでなければ私が黙っていません!」


「副委員長……、」


 メガネの奥から剣呑な瞳を光らせて注意してくるのは……こっちも俺のクラスメートである丘上マチコ。


 呼んだまんま副委員長で、クラスじゃ委員長以上の堅物として通ってるお堅い女子だ。

 あの暴れ龍レンヤにもお構いなしに注意をつけるほどだと言えば、その堅物具合がちったぁわかるだろう。


 色んな意味で委員長とは名物コンビだったんだが、俺が個人的に話したことは一度もない。そらもう見事に接点ゼロだ。学級会とかじゃあ頻繁に叱られてたが関係はそんくらいで、マチコのプライベートなことは何も知らん。


 その程度の面識でしかないが、仮にも長くクラスメートやってたんだ。こいつがどういうやつかってことはなんとなくでも理解はしてるつもりだ。


 その俺から言わせると、今のマチコはどうにも妙だぜ。


「……会議の参加者にお前たちの名があって、しかも同じギルドにいると知ったときゃ驚いたぜ。カルラがギルド長のポジションに就いてんのは色々と納得だったがな……しかしそりゃなんだ? いくら上下関係があるっつってもそれじゃクラスメート同士じゃなく、ガチで姫とその忠臣って感じじゃねえかよ」


「おほほ! ええそうよ、ご慧眼お見事ね。ギルド『天道姫騎士団プリンセスナイツ』はわたくしという姫と、それを守る騎士で構成されているのですもの。当然副団長であるマチコもわたくしの頼れる可愛い騎士よ……ね?」


「ああ、姫様……勿体なきお言葉です! そう仰っていただけるだけでマチコはもう……!」


 うわ。なんだこいつら、自分たちだけで独特の世界観を展開してるぞ。


 マチコのほうもとても演技にゃ見えねえし……するとなんだ、我がクラスの副院長様はあんだけ大事にしてた全体の和よりも、カルラ個人を尊重するようになっちまったってことか。


 どういう事件があったらこいつがそんなことになんだよ……?


 知人に吠えかかる飼い犬を宥めるようにマチコの機嫌を治させたカルラは、俺の困惑を読み取ったのか優雅な表情で顎をくいと上げた。


「そう不思議がることもないでしょう? マチコ以外にも我がギルドにクラスメートはあと六人いるわ。当然、全員女子。皆わたくしが保護しましたの」


「他に六人も……!?」


 既にそんだけの数のクラスメートが見つかってることに安心はしたが、カルラの言い方が少し気になった。


「保護ってのはどういう?」


「言葉通りですわ。わたくしが守った。ここは異世界、油断ならない恐ろしい場所。あなたなら大して悩みもせずに自身の生存第一に行動できたでしょうけれど、他の子たちはなかなかそうはいかないわ……か弱い女子となれば尚更に。わたくしが見つけて保護した中には軽々と口にできないような、とても辛い思いをした子だっていますわ」


「……!」


 そりゃそうだ。ヤチだってガレルに拾われてなけりゃ早い段階で野垂れ死んでた可能性もある。


 ヤチのような運のいい出会いがなかったクラスメートだってたくさんいる……それは当然のことだし、だからこそカスカや委員長だって早いとこ全員を見つけたいと焦っていたんだ。


「カナデのように誘ってもすげなく断られてしまった例もあるけれど、騎士団はわたくしを守らせ、わたくしが守ってあげるための絆深きギルド。以前のマチコと様子が違うというのであればそれも当たり前……今のこの子は副委員長ではなく副団長、そして筆頭騎士の地位にいるのですもの」


 そうよね、マチコ? と王族を思わせる厳かな態度でカルラが問えば。


「はいっ! この命どこまでも、尊き姫様の御心と共に!」


 うわぁ。と言っちゃ悪いか、さすがに。


 俺が異世界で色々とあったように、こいつらはこいつらで色々あったってことだろう。本人たちがいいならそれでいい。とにかく無事でいることが何より大事なんだからな。


「委員長から聞きましたわ。あなたも中沢ヤチや浅倉ユマといった、戦闘力の低い子たちをギルドに加えて保護しているのだとか? 柴ゼンタにしては殊勝な心掛けですわね……少々感心いたしましたわ」


「保護ってほどじゃあねーがな……俺がそういうことすんのがそんなに意外か?」


 軽口を返しつつ、そういや委員長もセントラルシティにいるんだったと思い出した。

 アーバンパレスにエニシ関連のことを説明するためレヴィたちの転移についてって、そのままこっちに居座ってるって話だったな。


 カルラもセントラルシティをホームにしてるようだし、委員長と再会して話をする機会はいくらでもあっただろう。


「……そろそろいいか」


 俺たちの会話に一段落ついたと見たか革ジャン男……ジョンが口を開いた。


「ゼンタ・シバとカルラ・サンドクイン……何やら来訪者同士確執もあるようだな。だがここにいるのは名の通ったギルドとして良くも悪くも見知った面子。各々互いに対して言いたいことのひとつやふたつもあるだろうが、今はそれを我慢して話を前に進めたい。――魔皇軍対策会議を開始するぜ」


 ピリ、と張り詰めた空気感。それを確かめるように円卓に座る面々を順に眺めながら「手始めに言っておきたい」とジョンは続けた。


「まずやっておかなくちゃならねえことが一件。今回の会議も相談というよりそれに向けた顔合わせと確認の側面が強いが……セントラルシティに眠るダンジョン。紅蓮魔鉱石が作る難攻不落の幻惑迷路――『ガロッサの大迷宮』の完全攻略! それが俺たちに課せられた火急のクエストだ」


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