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174.かくして修業は終わった

 かくして修行は終わった。仮面女が修行させるつもりで戦ってくれていたのかは知らんし聞こうとも思わないが、どうであれ俺がこの三日で強くなったことは事実だ。


 レベルもステータスも上がった。 

 スキルもパワーアップした。

 そして俺自身、本物の強敵相手にどう立ち向かえばいいかという、重要な技術を身につけた。


 いや技術っつーか、意識というべきなのか? とにかく短い日数の割にゃあ革命的に成長できた、と思う。


「……遅いなぁ、メモリのやつ」

「これはマズいかもな」

「へ?」


 メモリのほうも修行が終わったようだと仮面女が言うんでこうしてロッジの前で待ってるんだが、一向に出てくる様子がねえ。


 待たされすぎていい加減じれったくなってきた頃に仮面女は不穏なことを言い出しやがった。


「あのグリモアのことだから悪い癖が出て……娘っ子を死体にしちまってるかもしれん。もしそうだったらごめんな」


「おい! ごめんで済むようなことじゃねえだろそれ!」


 それが癖!? だとしたら仮面女よりもグリモアのが遥かにヤベー奴じゃねえか!


 まさか本当に殺されちまってねえだろうな? 武装してロッジに突入すべきかと俺が本気で考えたとき、見計ったように扉が開いた。


「いやぁすまないな、遅くなった。あの子に合う服を見繕っていたら思ったよりも時間がかかってしまったよ」


「身支度に手間取ってただけかよ!」


 ったく、無駄に焦らせやがって。

 横で笑ってる仮面女に一言物申してやろうかと思ったが、すぐにそんな気も吹っ飛んだ。


 何故って、グリモアに続いて外へ出てきたメモリが、俺の知ってる面影を色濃く残しつつも……まったくの別人としか思えねえほどに変わっちまってたからだ。


「な、おま……お前、メモリなのか?」


「そう」


 その端的過ぎる返事は確かにメモリのそれだ。だがまだ確信が持てない。


 まず身長が伸びてる。十三歳にしても低かった背丈が俺と同じくらいに。髪も伸びてる。短めだったのが長髪だった頃のサラと同じくらいに。しかし特徴的だったあの長い前髪はアップにして、惜しげもなく素顔を晒している。よく見えるあどけなくも強い意思を感じさせるその瞳。


 元の印象そのままに、メモリはとんでもない美人になっていた。


「おいおいおい! この三日で何があった……!? どう見ても三、四年ぶんくらい歳取ってるじゃねえかぁ!」


「ふふ、慌てることはないよリーダーくん。これぞ確かな修行の成果さ」


「マジかすげーな、成長が一目瞭然だぜ……ってんなわけあるか! どう修行したら浦島太郎みてーになんだよ!」


「例えが絵本かよ」


 仮面女がなんか言ってるがどうでもいい。俺はメモリにどこか異常でも起きてねーかと確かめるが、これだけ見た目が変わってるっつーのに本人は至って平然としていた。


「落ち着いて。……これは師匠の言う通り、ネクロマンサーとしての著しい成長における作用。わたしは一度死んで、生まれ変わった。ネクロノミコンの所持者。その肩書きにより相応しい人間となるために……」


 俺を落ち着かせるように、ぐっと身を寄せてメモリはネクロノミコンを見せてくる。だがどうにも、明らかにデカくなってる胸とか腰回りに意識を持っていかれちまう。


 メモリめ、そういう部分まで著しく成長してやがるぞ……!


「よく見て」

「え!? あ、ああ、本をな。ネクロノミコンがどうかしたのか……ん?」


 煩悩を打ち払ってメモリの手元へと目をやれば、そこには二冊の本。ネクロノミコンが……増えている? それに気付いた俺ははっとしてグリモアを見た。


「うむ、差し上げたとも。いや、彼女が勝ち取ったんだな。ネクロノミコンの中巻はメモリ・メントの所持品となった。……これは下巻も持っている友人から無理を言って借りて、随分長い間そのままにしていた物なんだ。私の下で埃を被らせておくよりメモリくんに使ってもらったほうがいいだろう」


「ネクロノミコンを借りパクって、おい。その友達ブチ切れるんじゃねーか?」


「キヒヒ! 彼女は雑多な収集家だから心配いらないよ。ネクロノミコンの力そのものに価値を見出しているわけじゃあないからね。だからこれだけ経っても私に返せと言いもしないんだ。譲ってくれたつもりなんだろう。ひょっとするともう貸したことも忘れてるのかもな。うん、きっとそうに違いない」


「…………、」


 なんかすげー自分にとっていいように解釈してねえか、この人は。

 収拾家とやらの怒りがメモリにまで向かわなけりゃ別に、俺にとっちゃどうでもいいことなんだがよ。


「そうか、マジで修行の成果がこの姿なんだな」


 改めて目線の高さが一緒になったメモリを見て、なんとも言えない気分になる。


 なんだろうなこれ。


 実質パーティメンバーで俺が最年少になっちまったせいか?


「いつまでうだうだ言うんだ、女々しい。いいじゃないか。成長の余地があるってのは喜ぶべきことだろ」


「そうだよリーダーくん。我が友の気持ちも考えてくれたまえよ」


「は? どういうこった?」


 二人の言葉の意味がわからず首を傾げれば、グリモアはさらっととんでもないことを教えてくれた。


「我が友は若いままで肉体の時を止めているんだ。つまり、不老人間ということになる」


「ふ、不老人間だぁ……!?」


 仮面をつけててもはっきりとわかるくらいにこいつは若々しかったが、ガチで若かったのかよ。

 いやそれ以前に、肉体の時を止めるなんてことができんのか!?


「できる。最強団うちに一人、時魔法の使い手がいてね。長年の付き合いがあってもうさん臭さが先に立つような唐変木ではあるが、魔法の腕だけは確かだ。世界広しと言えどあの男ほど時魔法を操れる奴ぁいないだろう――少なくとも人間の中にはね」


「彼が言うには時の精霊なんてものもいるらしいからねぇ。ふふっ、叶うものなら一度はお目にかかってみたいものだ。そして殺して私のしもべにしたい……」


 グリモアがまたすげーことを言ってるが、無視する。仮面女もそうしてることだしな。


「仲間に体の成長を……老化を止めてもらったってことか?」


「ああ。あたしのスキルも使って、殺されなけりゃ永遠に死なない体になった。その代わりレベルも80のまま上がらなくなったが」


 だから思ったよりもレベルが低かったのか。経験値の増大云々以前に、仮面女はもう自力でレベルアップすることができないんだ。


 だったら100に届いてから不老になりゃよかったのに……。つってもたぶん、そうできなかった事情があるんだろうな。そもそも100がレベルの上限かも俺は知らんし。


「時間をどうこうできる魔法なんてのもあんのかよ……だけど空間魔法があったんだからそれもおかしくはないのか? ったく、異世界ってのは本当になんでもありだな。気が遠くなりそうだ」


「何を生意気に悟ったようなことを。お前は弱音を吐くにはまだまだ早いぞ」


「わぁーってるっての。つか弱音なんざ吐いてねーよ」


 見ればメモリとグリモアも別れの挨拶も済ませているし、潮時だな。そろそろここを出発するとしよう。


「ここらの空には私のホロウをたくさん浮かばせているんだが、今だけは全ての警戒網を解除しよう。何か移動手段があるなら使うといいよ」


「お、助かるぜ。じゃあ帰りはドラッゾに乗っけてもらおう」


 これなら帰宅の道程は楽ちんだ。またあの密林を抜けなくちゃならねえのかと内心うんざりしてたとこなんで、術を解いてくれたグリモアには素直に感謝しとこう。


 と、俺とメモリがドラッゾの背中に上がったところで仮面女が。


「聖女はおそらくカンストしてるぞ。そしてあたしとは立場が違う。面倒を避けたいなら精々不興は買わないようにしとけ。……ま、そもそもお前じゃ会えるかすら怪しいがな」


「へん、最後までお優しいこって。ありがとよ。あんたの教え、ぜってぇ忘れないぜ」


「ふん、最後まで生意気な。……お前の名は?」


「あん? あぁ、そういや自分じゃまだ名乗ってなかったか。――俺ぁ、ゼンタ。柴ゼンタってんだ」


「……………………」


 最後だし向こうも名乗り返してくれるんじゃねーかと密かに期待したが、仮面女は何も言わなかった。ひたすらに長い無言の時間を挟んで、それからぷいと背を向けちまう。


 おいおい、どんだけ気難しさを見せつければ気が済むんだよ? まあ、こういう頑固なやつでも中身が伴ってんなら個人的にゃ嫌いじゃねーがな。


「そんじゃ、またな!」

「……さようなら」


「ああ! 君たちの息災を願う! できれば生きたままでまた姿を見せておくれ!」


「別れの挨拶にしては不吉すぎんだろ!」


 グリモアへのツッコミを最後にドラッゾが羽ばたいたことで、一気に地上の景色が流れた。あの大きな湖もすぐに見えなくなって、俺たちは一路ポレロへと帰還する。



◇◇◇



 死竜の背に乗った子供たちがすっかり見えなくなってから、屍の魔女はくすりと笑った。


「随分と厳しく当たったねえ、我が友よ。そんなにあの少年に思うところでもあったのかな? わざわざ顔まで隠して」


「うるさいな、グリモア……そんなのあたしの勝手だろ」


「いやあ、今の君は何かを思い出しそうになっているようにも見えてね。無理もない。あの少年はよく似ている。私と出会ったばかりの頃の君と、そっくりだ」


「あのちんちくりんとあたしが? ふざけんな、小娘だった頃でもあたしはもっとマシだったさ」


 吐き捨てるように言った友人の露悪的な態度にやれやれと肩をすくめ、グリモアはロッジへと戻っていく。それを確認してしばらく、ころりと地面に仮面が捨てられた。


 何日かぶりに顔を晒した彼女は死竜の去っていった方角を見つめ、すっと目を細める。


 それは大切な何かを慈しむような瞳だった。


「……頑張んな善太。お前はどうか、あたしみたいになってくれるなよ」


「若いと言やぁグリモアさんもだが、ひょっとして……?」

「ああ、人からよく言われるんだ……お若いですねって」

「ただ若く見えるだけかよ!?」

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