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171.あんたを超える

 躱せやしない。


 面制圧の見えない攻撃にそれを悟った俺は、温存していた日に一度しか使用できないスキルを発動させた。


「【死線】・【亡骸】……!」


 その直後に殺到する不可視の砲弾。地面を抉りながらまるで高波のように通り過ぎた痕には――墨による汚れだけが目に付いた。


「……?」


 仮面越しでもわかる困惑。すぐ傍でそれを感じながら、俺は笑みを浮かべた。


「ようやっと隙を晒してくれたな……今後こそ食らいやがれぇ!」

「!」

「『パワースイング』!!」


 ビート・ファンクコンビとの手合わせで発明した俺なりのコンボ。それが【死線】と【亡骸】の同時発動だ。


 直接攻撃を食らわなけりゃ発動できない【死線】だが、どうやら【亡骸】で出せる偽の死体にも俺自身としての判定があるらしく、代わりに食らってもらうことが可能だとわかった。


 おまけに相手の攻撃から逃げるための【亡骸】だからか、同時に発動させると【死線】の効果も少し変わって、敵を引き寄せるのではなく俺のほうが敵の傍に移動するようになる。


 つまりこのふたつを合わせると、どんな攻撃に対してもHPを減らすことなく間合いを詰めることができるんだ。


 その代わり発動タイミングはシビアになるが、ファンクに試してみてこれの強さはよーくわかった。そして裏打ちもできた――こいつはこの仮面女にだって十分通用する強ぇコンボだってことがな!


「どうだぁっ!」

「…………っ、」


 初めて戦斧が命中した。


 用意してた策が上手くハマるってのは気持ちがいいもんだ。『パワースイング』をぶち当てても仮面女が倒れもしねえってのには不満が残るが、まあいいさ。さすがにノーダメージってことはねえだろうしこのまま畳みかけてや――、


「馬鹿が」


「は? ……ぐっはぁ!?」


 ガキン、と蹴りで戦斧を弾き飛ばされた。

 遠く離れた戦斧はスキルの仕様により勝手に消える。


 壊されたわけじゃねえんで【武装】を再発動すれば呼び出せはするが、そんな暇を仮面女は与えちゃくれなかった。手元が留守になった俺を叱りつけるように強烈なフックが頬を貫いた。


「う、ぐぉ……」


 足元が、よろめく。


 い、今のだけでHPバーが二割は減った……! 

 いくら俺が無防備だったとはいえ腰も入ってない、腕だけのパンチだぞ。


 それでこの威力だっつーのか!


「どんだけ馬鹿げてんだ、あんたは……!」

「だから。馬鹿なのはお前だっつってんだろうが」


 胸ぐらを掴まれ、ぐいと引き寄せられる。模様付きの仮面が眼前に迫った。


「今、何を満足した? 一発当てたくらいでいい気になるようならふざけてるとしか言いようがない。お前がそんな奴ならあたしの下へ来る資格なんてありゃしねえんだよ」


「な、んだと? 喜ぶなっつーのか? 工夫してスキルを使って、ようやくの一発だぞ。空振りしかしねーよりは断然いいだろうがよ!」


「そうだな。当てられてよかったな。あーよかったよかった。で? それであたしを倒せたのか? 今追い詰められてるのはお前とあたし、どっちなんだ」


「そ、れは……」


「だから馬鹿だと言ったんだ。使い魔を呼び出してサポートさせる? ああ、いいじゃないか。スキルで敵の隙を突いて攻撃する? ああ、それもいいだろう。戦闘に役立つこと間違いなしだ。――雑魚を相手にするなら、な」


「っ……! ざ、雑魚にしか通用しないってのか。俺の戦い方は!?」


「よっぽど相手が油断でもしてなけりゃあな。今のだって、あたしを仕留めてたならそれでいい。一発芸だろうがなんだろうが決着をつけられるなら問題はないんだ。だが、勝負を決めきれない一発芸にゃ価値なんぞない。……お前には芸を強さに変えるだけの基礎能力がちっとも足りてねーんだよ」


 基礎能力……そりゃつまりスキルに頼らねー部分の強さってことだろうか?


 それが俺には足りてないってのか。


「喧嘩慣れはしてるようだが、それも足を引っ張る要因だな。命張ってても下手にせこせこ考えるだけの余裕があるぶん読みやすい癖ってもんが根付いてる。場慣れの度胸と常識の枷とで結局はトントンってところか。まったく……その様子ならそれなりに戦ってきてるだろうに、来訪者に必要なのはそんなもんじゃないと何故まだわからないんだ?」


「どういう、意味だ。来訪者の強味ってのは多様なスキルにあんだろ。俺ぁ自分の持ってるぶんのスキルはフルに活用してるつもりだぜ」


「お前の耳は飾りなのか? 何度言えばわかるんだ。スキルを通用させるにはまず根本がしっかりしてなきゃならねーっつってんだよ。じゃなきゃ本当に強い奴には敵いやしない。この状況がそれを証明してるだろうが」


 ぐ……確かにそうだ。何も言い返せねえ。

 俺は胸ぐらを掴むこいつの手すらも外せないんだからな。


「だけどじゃあ、どうすりゃいいってんだ。今のままじゃダメだってんなら、俺は何をすればいい。あんたにだって通用するくらい強くなるためには……!?」


「んなことは――ちったぁ自分で考えなぁ!」


「がっ……!!」


 ぐいと引かれ、地面に強く叩き付けられた。接地箇所から伝う衝撃。ぐわんぐわんと脳が揺れ、視界も揺れる。


 ぐにゃりと曲がった仮面が俺に問いかける。


「お前を相手にあたしがいくつのスキルを使ったか。憶測でいいから答えてみな」

「スキル……、」


 何を聞かれてるのか少し考える必要があったが、意味はわかった。思い出してみる。いきなりの戦闘開始からここまでで仮面女がスキルを発動したと思しき場面をピックアップしていく。


「あぁ……まずは最初、動く気配もなく俺の背後を取ったな。移動系のスキルだ。俺の【黒雷】を凌いだのは防御系か。あの落下突撃を止めたのもたぶん同じなのか……そして一撃でドラッゾをやりやがったのは攻撃系だな。それからボチをやった遠距離用のスキル。あと、俺の【察知】みたいなスキルもあるだろ。見えない位置からの攻撃にも完璧に反応してたからな。つまり使用したスキルは最低でも五つだ。……どうだ、合ってるか?」


 取りこぼした可能性もあるが、俺がわかる範囲ではこれだけだ。正解だという確信はなかったがとにかくそう答えてみると、仮面女は返事よりもまずため息を返してきやがった。


 その小馬鹿にするような雰囲気に、俺は痛みも忘れて鼻白む。


「な、なんだよ」


「こうも勘が鈍いと呆れちまって怒りも薄れる。――正解は『ゼロ』だ。あたしはスキルなんてひとつも使っちゃいない」


「なんだと……!? いやそれはあり得ねえ、あの戦いっぷり! スキルじゃねえってんならどう説明をつけるんだよ?」


「説明も糞もあるか。お前の背後を取ったのは単に高速で回り込んだだけ。黒い雷はあたしを倒すにゃ威力不足。ドラゴンゾンビを止めたのも消したのも少しばかり腕に力を入れただけのこと。犬っころをやったのはただの拳圧。死角から攻められても反応できたのは勘によるものだ。……わかるか? スキルの産物なんかじゃあない、お前が脅威に感じた全ては! あたしの素のステータスと経験則から来るものであって! それにいいようにやられたのは、お前がひ弱で惰弱で脆弱な、弱っちくてちっぽけな雑魚だからだ!」


 振り上げられる拳。


 小さいが、ドラッゾの落下よりも遥かに威力も迫力もあるそれが俺の腹に深々とめり込んだ。


「ガはッ……!!」


「あたしは強い。お前は弱い。難しい理屈なんてない、ただそれだけの単純な話なんだよ」


 仮面女はそこで手を放した。地面に抑えつける腕がなくなって俺は自由を取り戻したが、起き上がる気にはなれなかった。


 見下ろす仮面の奥からの視線がじりじりとした痛みを胸に与えてくる。


 ――徹底的に打ちのめされた。


 その言葉が今の俺には最も相応しいだろう。


「……で、どうする。そこで倒れたままなら、それもいいさ。見逃してやるよ。あたしはもう、手を出さん。だがもしも。そんだけやられてもまだ稽古をつけてもらおうなんて気でいるのなら――今度こそ殺してやる。そんな弱さで恥ずかしげもなく頼ってくる奴にゃ情けなんてかけ」


「っらぁ!」


「っ!」


 そう、起き上がる前にどうしてもこれだけはやっておきたかったんだ。


 ご高説垂れてる仮面女への足払い! 

 は、呆気なく躱されちまって不発に終わったがな。


 しかし喋ってるのを中断させられた仮面女の意外そうな反応。それを見られただけでもやったかいはあったぜ。


「【補填】発動……! 当然、続行だ!」


「お前……」


「まだやるつもりかって? そりゃ愚問ってやつだろ、先輩よぉ。あんたが教えてくれたんじゃねえか。その高みを! そんだけの強さを! 言われた通り考えさせてもらったよ。そんで結論も出た」


「一応は聞いてやろうか。その結論とやらを」


「決まってんじゃねえか……今ここであんたを超える! それが俺の答えだ。殺すなら殺せよ、ただし! 逆にぶっ殺されたって化けて出てくんじゃねえぞ……!」


 はっきり言って勝算はない。

 まだスキルすら使ってない相手に、既に全力以上を出してる俺が太刀打ちできる道理なんてあるはずがない、けれども。


 ここで恐怖に負けて退くようじゃ、どのみち俺に未来はねえ。

 そうさ、とっくに進むと決めた道だ。だったら前進あるのみだろうが。


 どうやったら敵うかだとか! どういう強さが必要なのかとか!


 んなもんは戦ってる最中に見つけりゃいいんだからなぁ!


「さぁ、第二ラウンド! 行くぜ先輩ぃ!」

「……はっ」


 感情を読ませない謎の仮面。そこから小さな笑い声が聞こえた気がした。


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