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169.つまらない・面白くない

「【武装】、『骨身の盾』――ぐぉうっ……?!」


 問答無用で殴りかかってきた仮面女の拳を骨の盾で受ける。防御はなんとか間に合ったが盾越しの衝撃は凄まじく、とても抑えきれるものじゃなかった。


 俺は地面に線路のような二本線を描きながら大きく後退させられちまう。


「ぐっ、なんつー力だ……つーか! なんで半殺しにされなくっちゃならねえんだ!? 稽古つけてもらえるのはいいが、まったく会話もなしに戦闘が始まるとは思ってもみなかったぜ!」


「稽古だぁ? ナマ言いやがって。そんなもんつけてもらえるほど自分を上等な立場だなんて思い上がってんじゃねえよ。これは単なる個人的な鬱憤晴らしさ。死にたくなけりゃみっともなく足掻いてみせろ!」


「んだと……!」


 殴った具合を確かめるように拳を振っていた仮面女の姿が、一瞬でかき消えた。それと同時に【察知】の知らせがくる。それに従ってすぐ身をかがめた。


「っ、ぶね……、」

「まだだろうが!」


 頭上を横切った仮面女の足がくいっと曲がり斜めに落ちてくる。俺を潰す進路だ。


 盾で受けるべきか逡巡したが、今は体勢が悪い。

 それに受けたところで受け止めきれるかは別の話だ。


 だから俺は咄嗟に【武装】を解除し、身軽になった状態で一瞬だけ【集中】を発動させた。


 スローな世界。それでも仮面女の踏み付けは速かったが、ギリギリで躱すことができた。そこで感覚が戻ってくる。途端に肌を切りつける飆風が感じられて、ゾッとする。


 この勢いの蹴りをまともに食らってたら俺はどうなってたことか。


「ちっとも容赦がねえな……!」


 大急ぎで地を這うように距離を取る。なりふり構ってねえ俺とは対照的に仮面女は空振った足をぶらぶらさせて、じっとこちらを見ていた。


 片っぽの手はズボンのポケットに突っ込まれていて、とても戦ってる最中だとは思えないような出で立ちだが……この遊び半分の状態でもこいつは十二分に俺より強い。


 今の二撃だけでそれはよーく伝わってきたぜ。


「ちっ、かったるいな。……おい、戦るにしたって俺たちは来訪者同士だろ。せっかく用意されてる『決闘モード』は使わねえのか?」


「あんな安全装置があってなんになるってんだ? 言っただろうが、これは鬱憤晴らし。お前に死の恐怖を味わわせてやらなきゃあたしがつまらねえんだよ……!」


 うげ、マジかよこいつ。トードがさんざ忠告はくれてたが実物はやはり強烈だ……直に会ってようやく実感できたぜ。


 確かにこの女は評判に違わぬ、とんでもねえイカれっぷりをしてやがるとな。


 この横暴で乱暴な感じ。口調もだが、こいつはなんとも姉貴によく似ているぜ。

 俺に孤児院での暮らし方と喧嘩のイロハを叩き込んでくれた、尊敬すべきあの姉にだ。


 もしもこの女がうちの姉貴と同種の人間だとすれば……そりゃあ確かにヤベー奴に他ならねえだろうな。間違いなく姉貴こそが俺の知る中で最もぶっ飛んだ人間だしよ。


 つまりそんな奴に拳を向けられちまってる現状は相当にマズい状況だってことでもある――が。


 そうでなけりゃあ、俺も修行しにきた意味がない。


「そっちがその気ならよぉ……【死活】・【活性】!」


「!」


「いいぜ、鬱憤晴らしだろうがなんだろうが存分に付き合ってやるよ。どのみち見込みありと認めさせなきゃあんたは何も話してくれねーんだろ? 早速のテストみてーなもんだと思えば手間もなくって助かるくらいだぜ」


「テスト。テストねえ……あたしが試してやれるほどの力がお前にはあるってのか?」


「どうかな。そりゃ試してみねーことには何もわかんねーだろうよ」


「はっ、生意気な。んなこと宣うからにはそれなりのもんを見せてもらおうか」


「言われずともそうしてやるっての!」


 今度は自分から攻める。

 こういう手合いにペースを握らせていいことなんてねえからな。


 こちらを舐め腐ったままのこいつが面倒なスキル類を使おうとする前に、一発でもいいから叩き込む! 挑戦者としての理想はそれだ。そんでその理想を叶えるために必要なのは。


 出し惜しみなんてしてねえで、最初から最大の一撃をかますこと!


「【技巧】・【死活】……!」


 スキルを発動させて近づく俺を見据えながらも仮面女は動かない。明らかに余裕をぶっこいてやがる。


 癪だが予想通りだ、こいつは俺の攻撃を避けようって気が一切ない。だったら俺も予定通りにぶち込んでやろうじゃねえか。


「三連【黒雷】!!」


 強化した【黒雷】の瞬間三撃。

 あのエニシをも苦しめた死属性と雷属性混合の連撃がしかと仮面女の全身を叩き。


 なのに俺の拳にはヒットの手応えがなかった。


 いや当たってはいる。確かに命中はしてる……だからこれは、ヒットしてないんじゃなく。


 クリーンヒットしていないんだ!


「しっ」


 仮面女が間を置かずに反撃してきたのがその証拠。俺の心は動揺で激しく揺れてたが【活性】中の体はほとんど自動的に反応してくれた。反射任せに飛び退く。その直後にそこへ振り下ろされた仮面女の拳は。


 ドゴンッッ、と凄まじい音を立てて地面を深々と割り砕いた。


「なんっ……!?」

「ほら、どうした。力を見せてくれんじゃあなかったのか? 小僧」

「っ、こんにゃろう。上等じゃねえか!」


 俺の全力の一撃が、まるで見るに値しないものだったと。


 言外にそう告げる女に、悔しさを隠すように俺は笑みを浮かべることを意識する。自分でもわかるくらいに引き攣ったものにはなったちまったがな!


「一度で駄目なら何度でもだ――【死活】・【黒雷】!!」



◇◇◇



 ロッジ内の一部屋、薄暗く静かなそこにも外の騒ぎの影響はあった。決して小さくはない揺れで机の上のカップが音を鳴らす様に、「向こうも始まったね」とグリモアが愉快そうに笑う。


「……さて、君の生い立ち。それに目的も理解できた。私としてもその夢は是非とも応援したいところだ。故に、君の先生になってあげるのもやぶさかではないよ」

「……、」

「だけど」


 無表情のままに顔色を明るくさせるというある意味では器用なことをするメモリに感心しながら、しかしグリモアはその喜びに冷や水をかける。


「なんのリスクもなしに力を得ようというのは……少々虫のいい話。そして何より、それでは私が面白くない」


「面白くない……?」


 少しだけ眉根を寄せておうむ返しに呟く少女に、魔女はそうさと大きく頷いた。


「学びに危険は付き物だ。危険がなければ学べない、と言ってもいい。人とはそういう生き物だからね。だから健全な学習を促すためにも、私は君にリスクを課したい」


「わたしの、リスク。それは?」


「君が差し出せるものと言えば、若いその命を懸けるか。あるいは……大事そうに抱えているその本を賭けるかといったところになるだろうね」


「……! この、本は……」


 まるで奪われるのを忌避するようにぎゅっと本を両腕で抱くメモリに、グリモアは苦笑めいていながら意地悪そうにも見える不思議な微笑を浮かべた。


「わかっているとも、ネクロノミコン。その上巻だね。命をチップにするよりは真っ当だと思うけれど……なに、それの価値は私とてネクロマンサーだ、よくわかっている。だから君だけにリスクを負わせるつもりはないよ」


 自分も同じだけのリスクを背負う。

 そう言いながらグリモアはどこからともなく本を取り出した。


 メモリの手にある物によく似た黒と紫に染まるどこか寒々しい書物。少女はそれがなんであるかを理解し、薄い赤の瞳を大きく見開いた。


「それは……! やはり、あなたも……」


「そう、君と同じ所持者さ。これはネクロノミコンの中巻。長らく使っていないんで拗ねてしまっているが、せっかく上巻がこうして転がり込んできたんだ。これを機にセットで持っておくのも悪くないかと思ってね。そうだ、どうせなら残る下巻も揃えてみようかな。もしそうなったら……キヒッ! おおこれはぶちアガる! 冥界を司る現人神! 僭越にも究極のネクロマンサーとなった自分を想像してしまったよ! キッヒヒヒ!」


「…………、」


 究極のネクロマンサー。そう呼ばれるに、そこに至るに世界一相応しいのが誰かと言えば、ここにいる屍の魔女グリモアを置いて他にはいない。


 それはメモリとて……否、昔から彼女に憧憬を抱くメモリだからこそ強くそう思うこと。ネクロノミコンを揃えるべきは、自分などではなくグリモアである。


 その確かな尊敬と同意の心に――今だけは重く蓋をする。


「了承した」


「ん……すまないメモリ君、少々トリップしてしまっていた。何を了承するのだったかな?」


「互いの死の呪文書ネクロノミコンを賭けて、屍の魔女グリモア。わたしはあなたに勝負を挑む」


「――キヒヒッ」


 長すぎる前髪と深い隈に覆われたメモリの瞳。そこに宿る強い意思に射貫かれたグリモアは、非常に満足そうに手の内の本を撫でた。


「そうとも、これは勝負だ。私と君の真剣勝負だ。ああ、いい。素晴らしいなメモリ君。悲しいことに時代を問わず常に先細りなのがネクロマンサー業界だ。君のような若き逸材がいてくれることを心より嬉しく思うよ……。だからこそ、私は遠慮も加減も容赦もしない。徹底的にしごかせていただく。では、やろうか。まずは軽く呪い合いでもしてみよう」


 ああ当然のことだが、とグリモアはなんてことはないように言葉を付け足す。


「賭けの対象がネクロノミコンだとて、命は張ってもらうよ。くれぐれも殺す気できてくれ。私もそうするのでね」


「わかった」


 外の騒がしく野蛮な殴り合いとは打って変わって、死霊術師たちの修行は凍て付くような静謐の中で幕を開けた。


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