168.お前を見てると虫唾が走る
「お……一気に開けたぞ。あいつだな? 屍の魔女が寄越して、俺たちを見張ってた使い魔ってのは」
「そう」
ほとんど先も見えないような森林地帯から、見渡しのいい平野へと辺りの風景は変わっていた。
ここが森の終わりってんじゃなく、上から見ると緑にぽつんと穴が開いてるような感じになってるんだろうが。
そこには湖があって、ロッジのような住居もあった。久しぶりに見た人工的な物に安心感よりも警戒心が募る。こんな辺鄙どころか辺境と言っていい場所を棲み処にしてるのは、俺たちが会おうとしている連中を置いて他にはいねえだろうからな。
俺はトードやアップルの警告を忘れちゃいねえぜ。
「……! やっぱりあのロッジへ向かってるなあいつ……そもそもありゃなんだ? 腐ったような肌色をしてるが、ゾンビか何かなのか。やけに変な形だし」
「あれは……色んな魔獣の身体的特徴が見られる。おそらく、屍の魔女が様々な死骸を使って作成した合成魔獣ゾンビ。……わたしたちをここまで案内したみたい」
継ぎ接ぎだらけでところどころアンバランスで、なんともまあ奇怪な見た目だが、そのゾンビの移動速度が俺たちにあとを付けられるほどノロマとは俺も思えなかった。
意図的に歩みを遅らせてやがったな……俺らをこの場所へ連れてくるために。おそらくは主人からの命令通りにな。
まんまと誘導されたぜ。
と言っても俺たちの目的地もここだ、連れてこられたってなんの問題もねえ。
「あ、おい。キメラゾンビがロッジに入っていくぞ。あの見た目で普通に扉開けてんのシュールだな」
「……移動は四足だったのに立ち上がった。しかも前脚で扉を開閉できる知能と器用さもある……さすが、屍の魔女の使い魔は賢い」
「あいつの前脚ってモロ蹄だったよな……? あれでどうやってノブを掴めんだ」
さっきから屍の魔女を絶賛してばかりのメモリに対して、俺の気分はかなりローだった。
なんせ同じゾンビにしたってうちのボチもめっちゃ賢いし、可愛さなら圧倒的に勝ってる。あのキメラゾンビに感心する要素はないのだ。だから特別褒めてやる気にゃなれん。
つーかどっちかと言えばフランケンシュタインの怪物めいた作成法に生理的嫌悪すら感じるくらいだが……まあ、これはネクロマンサーの俺が言っていいことじゃねえのかもしんねーな。
「そんじゃ俺たちもキメラゾンビに続くとするか」
「……待って」
建物内へ招かれているんだろうと思ったんだが、違ったらしい。メモリに手を引かれて立ち止まった俺の視線の先では、がちゃりとロッジの扉が開いて二人の人物が顔を見せていた。
いや、正しく言うなら顔を見せてるのは一人だけだな。
一人目はデカい三角帽にローブ。どちらも色は黒。いかにも物語に出てくる魔女といった風体をした、背丈もデカい長い黒髪の女。だがその魔女らしさ全開の外見からすると意外なほどに屈託のない満面の笑みを浮かべているのが印象的だ。
二人目はあちこちをはねさせた手入れのされてなさそうな短髪に、前開きのシャツとそこから見えるカットソー、そして地味なズボン。男がやってても違和感のなさそうな恰好のその女は……のっぺりとした模様付きの仮面で顔を隠していやがる。
どちらもスタイルがいい。
そんで、思ったよりも若い。
トードやパインと旧知と言うからには彼らと同年代であるはずだが、魔女っぽいほうの顔付きからするとむしろ俺たちに近いくらいの歳のように見える。
しかしそんなことがありえんのか? 最低でも四十は越してるはずなんだがな。
俺がそうやって二人を見てるとき、当然向こうも俺たちを見てた。
観察の時間が終わって先に口を開いたのは……魔女っぽい恰好の女のほうだった。
「おお……! 見ろよ我が友。私の使い魔を捕えようとした術の出来の良さからしても確信を持っていたが、実物を見てそれがもっと強くなった。あれは逸材だ! 紛うことなき逸材がいるぞ、私の目の前に! 私へ教えを請いに来ているんだ! ほら見てくれ、あの目付き! 素晴らしいぞ、若いのになんという迫力だろうか……!」
「落ち着けってのグリモア、鬱陶しい……あの子か。あたしには単に寝不足の青瓢箪にしか見えないがね」
「そんなことはない! あれぞまさにネクロマンサーの鑑にして大いなる芽。久しぶりにお目にかかったよ、私に匹敵し得るほどの才能には……! キヒヒ、これはアガる! 長らく会っていない友人ともたまには話をしてみるものだな。この出会いを導いてくれたトードには必ずや心からの礼を伝えておかねばなるまいよ」
ぐねぐねと大きな体を揺らして一人やたらとハイテンションなそいつは、わざとらしく相方の零したこちらまで聞こえるほどでっけえ嘆息にちっとも気付くことなく、ウキウキとメモリへ向き合った。
「とっくにご存知だろうが名乗ろうか。私はグリモア・グリアエール、死霊術師だ。一応は最強団所属で冒険者の端くれでもあるしがない女なんだが、まあそこはどうでもいいか。人からは『屍の魔女』と呼ばれているよ。さあ、聞かせてくれ。君の名をこの私に!」
「……葬儀屋所属のネクロマンサー、メモリ。メモリ・メント。それがわたし」
「ほう、メントとな。君はメント家の者だったか! なるほどそれは道理で……」
「……! わたしの家のことを知っているの……ですか」
あ、出た。メモリの露骨に不慣れな敬語だ。俺も敬語は苦手だから言葉に詰まる気持ちはよくわかるぜ。
俺と初対面のときにも頑張って使ってたが、どうもこれは尊敬するネクロマンサーの前でだけ出るもんらしいな?
と、それよりも今は俺も初めて聞いたメモリのファミリーネームのほうだ。
……初めてだよな? もしかすっと前にも聞いたっけか。
あやふやだが、少なくともメント家に関しては一度も聞いちゃいなかったはずだ。
それだったらさすがに俺も覚えてっからな。
んで、グリモアはどうやら俺もまだ知らないことを何故か知ってるっぽいぞ。
「うむ、メント家は優秀なネクロマンサーの家系だからね。知らないはずがないだろう? それに大昔、メントの者には世話にもなった……よし。そこらの事情も含めてじっくりと話そうか。私も君の生い立ちには非常に興味がある」
「わかりました。……よろしく、お願いします」
「おお、礼儀がなっていて感心するな。私が君ぐらいのときは目上に対する態度なんてそれはもう酷いものだったよ……キヒヒ! それに比べて君は実に有望だ、素直に先達へ媚びることも才能のうちだからね。実際私も未熟な頃は生意気な性格でいらぬ苦労を背負ってしまったことが多々あったんだ、例えば――」
「やめろグリモア。お前はいっつも話が長い。身の上話をするならそっちの娘と二人きりでやってくれ」
腕組みしながら指摘する仮面の女には若干の苛立ちが見える。その言葉でグリモアは我に返ったような反応をした。
「おお、そうだな我が友。君の言う通りだ。ここで長々とする話ではなかったね。ではすまないが、ロッジは私たちで使わせてもらうよ」
さあ来なさい、と呼ばれるままにメモリは一歩を踏み出す。
ただでさえ張り切っていたがさっきよりも気負いの見えるその背中に、とりあえず「頑張れよ」と声をかけた。
するとメモリはくるりとこちらへ振り向いて。
「うん……頑張ってくる。あなたも」
「おう、任しときな。ビートたちみてーに俺もばっちり成果を得てやっからよ」
「……、」
微かに微笑んだ(ように見えた)メモリは、グリモアと一緒にロッジの中へ入っていった。
それとは反対に入り口に一人残された仮面の女は腕組みを解いて、それからのしのしと俺のほうへ近づいてくる。
「――離れるぞ」
「え?」
俺のすぐ傍まで来て何を言うかと思えば、仮面女はそれだけ呟いて歩みを止めることなく過ぎ去っていく。
どうやらロッジから離れようという意味らしい、と気付いた俺は特に何も言わずに彼女のあとに続いた。
というか有無を言わせぬオーラが仮面女から出ていてなんも声をかけられなかっただけなんだが。
まだグリモアへの苛立ちが継続してるのか。
口数が無駄に多いなんざそんなに怒るようなことか?
いやでも、終始あの調子で話されたら確かに鬱陶しいもんな。
なんて考えながら湖の横にまで来た俺だったが、そこで対面した仮面女の一言目はかなり衝撃的なもんだった。
「お前を見てると虫唾が走る。どうしようもなくイライラする」
「は……?」
「挨拶や自己紹介なんてどうでもいい。ちょっと半殺しにさせてもらうよ」
「はぁ!?」
ちょ、ちょいちょい! どういうこった!? 俺あんたになんかしたか!?
などと確かめる間もなく仮面女は動き出した――くそっ、随分といきなりだが!
こうなったらやるしかねえよなぁ!




