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167.『屍の魔女』ほどの死霊術師と会うには

 谷越え山越え三千里……とまでは言わねえが道程はかなり遠く険しかったぜ。


 人様の住んでるところを田舎だの辺鄙だのとはあんまし言いたかねえ。そこは位置的にはポレロの街よりも世界一の大都市だというセントラルシティに近い場所でもあるしな。


 住居が何件あれば、住居以外の建物がどれだけ揃ってれば都会かなんつーのは各々が好きに考えりゃいいこと。つまり田舎かどうかってのは住んでるそいつ次第だってことだ。


 なんて、いいこと言ってる風に取り繕うにも限界ってのはあってな。


 さすがに、さすがにだぜ。


 最寄りの街や村から馬車もなければまともな道すら通っておらず、あちこちから人間以外の生き物の不穏な唸り声が聞こえる。


 こんな環境を長々と歩き続けてると、この先に住んでるという先輩来訪者にもさすがにムカついてくるってなもんだ。平静でいろってほうが無茶だぜこれは。


 俺がサバイバル生活してた通称『手つかず森』。あそことどっこいどっこいの文化レベル。つまりレベル0な。


 トードに言い含められてそんな中を徒歩限定で移動しなければならない俺たちの苦労は、まだまだ終わりそうにもなかった。


 隠居するにしても場所はもっと選べっての!


「おいおい、不安になってきたぞ。進むほど険しくなってるじゃねえか。来訪者の家なんか本当にあるのか?」


「……わたしは、組合長を信用している。方角も外れていない。このまま進めばいい」


「何もトードさんを疑ってるわけじゃあないがよぉ」


 にしたって、って話なんだぜこれは。


 前を邪魔する長い草を地面から引っこ抜く。方角を外れないよう、ひたすら真っ直ぐ進むためにちょっとした障害は力尽くでどかしながら、とにかく直線を行く俺とメモリ。


 コンパスねーのかよって感じだが、異世界にそんなもんはないらしい。あるにはあるが特定のモンスターや魔鉱石に反応して狂っちまうようで、ちょっとした探索にならともかくガチ探検においてはちっとも実用的じゃない。


 そう聞かされちゃ、たとえ未開の地だろうとメモリの感覚頼りに進むほうがマシだ。

 そういう部分だとメモリは俺やサラよりもだいぶ鋭いからな。


「だがメモリよ、体力は平気なのか? ますます顔色が悪くなってねーかお前」


「平気。……ここが薄暗いからそう見えるだけ」


 や、確かに、どこのジャングル地帯だってくらいに鬱蒼とした木々の枝葉がそりゃあ見事に日光を遮ってくれてやがるがな。おかげで昼日中と思えんくらいに俺たちの視界は暗いわけだが……そんなんとは関係なしにメモリの顔色は絶対悪いぞ。


 元から青っ白いのがさらに血の気の引いた色味になってるし、目の下の隈もすごい。無表情ながらに顔付きも少々おっかない気がする。


 長い前髪の隙間から覗く瞳に妙な迫力みてーなのが滲み出てるぜ。


「ネクロノミコンとお話をしすぎたんじゃねーか?」

「それが急務だった。……『屍の魔女』ほどの死霊術師ネクロマンサーと会うには」

「へえ……そうかそうか」


 メモリがそこまで張り切るぐらいには、その道に関して偉大な人物ってことか。


 ま、それは俺にもなんとなくわかるぜ。

 まず名が通ってるって時点で大したもんだしよ。


 そもそもネクロマンサーは絶対数が少ない。アンダーテイカーにいると忘れちまいそうになるが、冒険者だろうとそうでなかろうと自分の職業クラスをネクロマンサーにしたがるやつはそういない。仮にネクロマンサーになる道を選んでたとしても、古くからの偏見が未だに残るその職を公にするやつとなればもっと少なくなる。


 こんだけ冒険者やってても未だにメモリ以外のネクロマンサーと会ったことがねえってのが、その何よりの証拠だろうよ。


 んで、そんな仲間とも滅多に会えない茨の道を悠々と邁進し、それどころかネクロマンサーにこの人ありと世に言わしめるだけの偉人……それが『屍の魔女』という、世界唯一の死霊術の専門家にして成功者ってわけだ。


 まあたぶん、少し前までのメモリのように、ネクロマンサーかつそれを世間に隠してねえって人もいることにはいるんだろうがよ。


 それでも稀少ってことに変わりはねえし、屍の魔女ほど有名なのもいねえ。


 となればネクロマンサーを尊敬することに余念のないメモリが、普段の彼女らしからぬ気迫に満ちているのにも納得がいくよな。


「いい人だといいな。アップルが言うにはかなりの曲者っぽかったが」


「……噂通りの人なら、常識という観点から判断するに、いい人とは称せないかもしれない。だけどきっと……悪い人でもない」


 そう思ってる、というよりはそう思いたいって感じの言い方だったが、まあ、メモリにとっちゃ純粋に憧れの人なんだろうからな。聞こえてくる評判がどうであれ悪人じゃないことを祈るって気持ちもわからないでもない。


 屍の魔女だって腐ってもSランクギルドの冒険者だ。


 規則を足蹴にするような不良冒険者ではあるのかもしれないが、まだ資格ははく奪されちゃいない。

 半隠居ってのは自分らの意思でのことであって、ギルドだってまだ解体どころか最高ランクのままで残ってるんだからな。


 そりゃつまり許されざる最後の一線を越えないだけの、最低限の良識くらいは持ち合わせがあるってことだ。仮に土俵際ギリギリなんだとしてもそこで踏み止まっているのなら、まだ期待は持てる。


 だから屍の魔女も、魔女と一緒にいるはずの先輩来訪者も、噂や評判はどうあれ根は悪い人じゃねえはず……っつーのはそれこそ、俺がそう思いたいってだけなのかもしんねーがな。


 自分で自分に苦笑しながら道なき道を進む。

 すると、急にメモリに袖を引っ張られた。


「止まって」

「お、どうしたよ?」

「……見られている」

「!」


 メモリの感覚は鋭い。

 それは隠れた敵の息遣いに対しても発揮される。


 攻撃がくるなら【察知】で俺も敏感になれるんだが、ただ隠れられちゃスキルも意味をなさねえ。とはいえ、この見通しの悪さだ。俺も俺なりに気を張って周囲を警戒してるつもりだったんだがな。


「……おい、本当にいるのか? それらしい気配はちっともしないぞ。そんなに隠れるのが上手い奴なのか」


「それだけでは、ない。この相手は……あなたよりもわたしのほうが気付きやすい」


 メモリの左手には一冊の本がある。


 黒と紫の禍々しい装丁を施されたそれはただの本にあらず、邪悪にして崇高なる死霊術の秘儀書『死の呪文書ネクロノミコン』。


 メモリ自慢の武器であり、連本である残り二冊を追い求めているところでもある、いわゆる蒐集品ってやつだ。


「『くだん、操炉火、遺念と悄然。我が意に依りて求るを識り足るを嗤え』」


 詠唱。俺が聞いたことのない呪文だ。メモリが何をしようとしているのか考えるよりも先に、その死霊術が発動された。


「『不儀の忠誠』」


 メモリの闇属性の魔力が発射された。だが魔力の矢とはだいぶ趣が違う。攻撃用には見えないそれはするりと木々の隙間へと吸い込まれ、何かに当たった。ぽい。


 くぐもった声が聞こえたことで、そこに何者かが潜んでいたってのがようやく俺にもわかった。


「……む」

「どうした? 何がどうなってる?」

「……抵抗レジストされた。行こう」


 ぱたりと本を閉じたメモリは、懐には仕舞わずそのまま足早に歩き始める。それに慌てて追従しながら、俺はその背中に説明を求めた。


「おいどーいうこった? レジストされたってこたぁお前の魔法が効かなかったってことなのか」


「まったく効かなかったわけではない。……わたしたちを見張っていたのは使い魔。それも、死霊術によって縛られた命無き者。気配でそれがわかった。だから、その支配を奪おうと試みた」


「死霊術だと!? じゃあまさか見張りを寄越したのは――」


「間違いなく、屍の魔女。おそらくわたしたちは試された」


 それが読めたメモリは、意趣返しとばかりに魔女の使い魔を奪い取ろうとしたってのか。

 だが魔女も然るもの、不意打ちを食らったものの術を断ち切らせはしなかったと。


 それでもメモリの術の効果も確かにあったようで、使い魔は一目散に主人の下へ戻ろうとしているところのようだった。


「さすが、屍の魔女。ネクロノミコンの力を借りても奪取するには及ばなかった」


 メモリの声と足取りには確かな喜びが溢れている。

 自分の死霊術が振り切られた悔しさよりも尊敬の念が勝ってるってところか。


 なんちゃってネクロマンサーな俺にはちっとも理解できんが、メモリも魔女も高度なことをしてるんだろう。それはいいんだが……。


「なんでまだ顔も合わせてねーうちからバトルな展開になってんだ……?」


 ますます険しくなってく景観と連動するように幸先までもが見通せなくなっていく。


 そのことに俺は、メモリを追いかけつつひっそりとため息をついた。


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