166.凄腕の職人様
「意外と時間きっちりだな、ユマ。それに仕事を終わらせるのが思ってたよりも早いじゃねえか」
「む! 意外とは失敬な。私だって『職人』だもん。任された仕事はちゃーんとこなすよ、ゼンタっち! でもスキルで作られた武器をイジるのは初めてだったから、最初はちょっと戸惑っちゃったけどね」
軽い調子で言いながらユマはさっき預けた『非業の戦斧』を差し出してくる。俺はそれを一目見て、そりゃあもうたまげたさ。
「く、黒くなってるぅ……!?」
俺の武器は白い。名前からしてはっきりと骨を連想させる『肉切骨』や『骨身の盾』、そして『恨み骨髄』。これらは当然のごとく真っ白だし、骨とは関係なさそうな『非業の戦斧』も刃から柄まで白以外の色は一切ない。
唯一の例外が『不浄の大鎌』だ。あれは刃の部分は腐った臓物のような色をしてるし、持ち手は黒に近い紺って感じだからな。
しかしそれがどうだ、ユマから返された斧は……全体が真逆の黒で統一されてるじゃねえか!
「ほー、見た目からしてえらく変わったんだなあ。それで、こいつはどういう風に強化されたんだ?」
「うんとね……どうしてもゲーム風な説明になっちゃうけど、いい?」
「もちろん構わねえ、聞かせてくれ」
よろしい、と頷いたユマは普段はメシしか置かれねえ食堂のテーブルにデンと乗った斧を撫でた。
「まずは言葉の通り、単純な強化。つまり武器攻撃の威力が増加してる。『非業の戦斧』は筋力次第でクリティカル発生率を高めるみたいだけど、それなしでも今ならゼンタっちのパワーをもっと活かせるようになったよ」
ふむ? 致命攻撃の判定となれば本来はDexに依存するはずだよな……カスカからの受け入りだが。
つまりStrでそれを判定するこの斧は、それなりに珍しい能力を持ってるってことになるのか。
「筋力のゴリ押しでクリティカルを出すための仕込みが『パワースイング』だったわけか……なるほどね。ゲーム的な理屈を聞くとまた少し印象が変わるな」
「ギミックがついてるの面白いよねー。これは良い武器だと思うよ」
それには俺も同意する。
なんてったって他のとは使い勝手の良さがぜんぜん違うからな。
といっても大鎌と同じくえらく幅を取る武器なんで、使えない場面ってのもどうしても出てきはするが。
「で、ゼンタっちの要望も叶えたよ。耐久度の向上だったよね? ふふーん、そこには特に力を入れたからね。実数値にして強化前の五倍近くは上がってるよ!」
「五倍も!? そりゃすげえ!」
エニシの鞭技やインガの拳。
逢魔四天ってのは硬いはずの『骨身の盾』も一発で叩き割ってくるような奴らだからな。
そんなのと事を構えようってからには武器を今よりも頑丈にしねえと話にならない。
そう思ったからこそユマを頼ったわけだが、これは期待以上だ。二倍でも十分に喜んだってのにまさかの五倍近くだと? 凄すぎるだろ。
これなら残る逢魔四天との戦いでも十分に武器を武器にできそうだぜ……あれ、なんか日本語が変だな。
「あとね、オプションもあるんだよ」
「オプション? 威力も耐久も上がってるってのに他にもなんかあるのか」
「そう、私が付与した能力! それは『破壊無効』! オブジェクトを壊しちゃうような能力を一度だけ無効化できるんだ」
「おいおいマジか……!? めっちゃいい能力だな、それ!」
ただ硬いだけじゃなく、能力面に対するケアもばっちりなのかよ。半日もかけずにここまでするたぁユマめ、界隈で有名になるだけあって本当にとんでもない腕をしてやがるな。
しかし破壊無効ってのは委員長の『サンドリヨンの聖剣』みてーな、スキルそのものを斬っちまうようなトンデモ能力にも通じるんだろうか? 前回はそれであっさりと両断されたんだが……。
「もっちろん! 能力の種類問わず、とにかく破損を一回だけは防ぐよ。それは私が保証する!」
「おお……だとしたら最高じゃねえか!」
一通り説明を聞いたあとだと『非業の戦斧』が単に黒くなったってだけじゃなく、なんつーか、重厚感を増してるように見えてきた。ずっしりとした存在感っつーのかな。
前とは一味違うぞ、ってのを武器が自分から訴えかけてくるような気配をヒシヒシと感じるぜ。
よくやってくれたと礼を言おうとしたんだが、まだ説明は終わってなかったらしい。ユマは「注意事項なんだけど」とさっきほど得意げな顔をせずに指をひとつ立てた。
「無効にするのは一度きりだから、連続して破壊判定を受けるような技には弱いよ。それだとゼンタっちの体感では一撃で破壊されたように感じるはず」
「……! そうか、そうだろうな」
ちょっと違うが、あれだ。
テッカの火魔法がドレッダの耐性を強引に突破したときみてーな感じだろう。
ああいう連続攻撃を受けると一回こっきりの破壊無効能力じゃ太刀打ちできないってこったな。
「もう一個。少しややこしいんだけど、『破壊無効無効』だとか、『耐性突破』とか……そういうのにも弱いね。『耐性突破』のほうは種類が多岐に渡るから必ずしも破壊無効を一撃でどうにかされるとは限らないけど、『破壊無効無効』だとどうしようもないかな。ピンポイントメタって言うのかな? それはもう防ぎようがないよ」
あーっと。武器を破壊する能力は、破壊無効で防げる。でもその破壊無効を無効にされながら武器破壊を行なわれると、さすがに防ぎようがねーと。
まあ理屈としちゃそりゃそうだよなって感じだが、確かに少しややこしいな。
無効を無効にするとか、心情的にもそりゃなしだろって言いたいぜ。
「過信は禁物ってことだな」
「そうだね。そもそも破壊無効が活かせるのは、相手が武器を壊そうと狙ってきたときにカウンターするような場面になると思う」
「ふむふむ。壊せるはずのもんが壊せなかったら敵にも隙ができるわな……そこをぶっ叩くってわけか」
つまりそういう敵と出くわしてもいいように付けられた保険みたいなもんだと考えてたほうがいいってところかね。
それも相手次第じゃ保険が働かないことだってあり得るんだから、やはり過信は厳禁だな。
「破壊無効を使っちゃったら私がまたエンチャントするから、すぐに言ってね。一度壊れたあとに復活した武器にはまた付いてると思うけど」
「了解だ。……にしてもユマ、お前もあれか。カスカみてーにゲームとか詳しい口か」
そうじゃなきゃここまで流暢に強化内容を説明できねーだろうと思ったんだが、ユマは「そんなことないよ」と否定する。
「ゲームなんてそんなしないし。でも『職人』だから、自分が鍛えた武器の能力くらいは完璧に把握できる。うまく言えないけど、こう……なんとなく頭に浮かんでくるんだよね。これはあれそれどーいう力だって。スキルのほうも大体そんな感じなんだけど、ゼンタっちはそういうのないの?」
「あぁ……それはあるな。スキルの説明を見なくても頭っつーか、すっと体に入ってくるときが。死に物狂いで戦ってる最中に多いかな」
「へえー、職業の違いなのかな? それちょっと不便そう」
「ちょっと不便? 馬鹿言うんじゃねえよ。死ぬほど不便だ」
「あ、うん。なんかごめんね」
そういやヤチも自分に何ができるかは把握できてるようだったな。【従順】みてーなわかりにくいスキルもだ。
これはヤチもユマも非戦闘職だからか? それとも……まさか俺以外の来訪者は全員そうなんじゃねーだろうな。だとしたら納得いかないどころじゃないが。
今度カスカと顔を合わせたら、そこら辺も聞いとこうかね? 残念ながら今はサラについて行ってて不在だからな。
「以上で説明は終わり―。それで、どう? ゼンタっち。私の仕事ぶりには満足できたかな?」
「大満足だ。お前マジで凄ぇよ。……そんで、そんな凄腕の職人様に頼みたいんだが」
「ん?」
黒い戦斧を仕舞って、今度は『骨身の盾』を呼び出す。
「お次は盾の強化を頼む。これが終わったら大鎌で、その次が剣で、その次がナイフ二本だ。いつトードさんから呼び出されるかわからんから、なるべく急ぎで頼むぜ。できれば全部の武器を強化し終えてから先輩来訪者に会いてぇんだ」
「……、」
いっぺんにこんだけ頼まれるとは思ってなかったんだろう。ポカン、としてたユマだったが。
すぐに彼女は笑みを取り戻して俺の盾を取った。
「ふ、ふふ……いいじゃん。やったろうじゃん、ゼンタっち! 集中して取り掛かる、しばらく工房には誰も近づくなと伝えておけ!」
再び髪色を真っ黒に変化させたユマは興奮も露わにいかり肩で食堂を出ていった。
その背中にあまり根を詰めなくてもいいぞー、と声をかけたがちっとも聞いちゃいなかった。
こりゃ少し頼み方を間違えたかもしれんな。
「……ま、やってくれるならいいか」
謝礼についてどうするかがちと悩みどころだが……あいつの場合、金や物よりもヤチと二人で遊べる機会とかを一番喜びそうなんだよなぁ。
ギルドハウス改造の合間でいいんでユマにサービスでもしてくれるよう、ちょいとヤチに話を通しとくかね。




