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162.せっかく会いにきてやったのに

「これは……!?」


 渾身の一撃を決めたはずのビートだが、その顔付きは厳しかった。とても人を殴りつけたやつの表情とは思えねえ。


 だがそうなるのもわかるぜ。打撃主体で戦うタイプの人間にとって、打った手に伝わる感触ってのは目や耳で得る情報と同じくらい大切なもんだ。


 ビートは今、味わっている。


 さっきまでとは決定的に違う、俺の肉体の感触をな。


「そうさビート。【活性】を発動させてもらったぜ!」


「……っ!」


 今のはおそらく『サウンドノック』の上位技だろう。

 さっき見せた二発以上打つことで敵のガードよりも深い部分にショックポイントを生み出す技とは正反対の、一発に込める威力を最大限高めた、言うなればビートの必殺技ってところか。


 溜めは長くなってるようだったが、そのぶんかなり効いたぜ。素のステータスならぶち抜かれてたかもしれん。


 だが咄嗟の【活性】はギリ間に合った。強化された俺をぶっ飛ばすにゃちょいと力不足だったようだな。


「ちちっ……しぃっ!」

「ぐ、お、――がはぁ!?」


 殴られながらも前へ出て、手を伸ばす。


 自慢の新技を食らわせても俺が前進してくるってのはビートにとっては予想外だったろう。だが悔しげにしつつもビートは腕を掴み取ろうとする俺の手をさっと撥ね退ける。


 その腹に本命の左拳が突き刺さった。


 反応しやすいようわざと緩やかに――だがビートが本気だと勘違いする程度には素早く――出した手は囮だ。


 そちらに気を取られた瞬間に差し込んだ殴打は見事に決まり、ビートはくの字に曲がって腹を押さえつつ苦しんだ。


「ま、まだだぁ……!」


 おぉ。けっこうな手応えがあったんだが、倒れはしねえか。


 事前に決めたルールでは地面に倒れて三秒が経過したら負けの判定ということになっている。きっとそうなることを嫌って、ド根性で耐えているんだろう。胸が熱くなるな。ビートは腹ん中が燃えるように痛んでるだろうがよ。


 ビートが真剣だからこそこっちも手を抜いちゃいらんねえ。


 こんだけよろめいてるところにもう一発当ててやれば、さすがにもう耐え切れはしないだろう。


 いざトドメの右。を、打ち出すことなく俺は体を引っ込めるように一歩下がった。――俺とビートの間を切り裂いて何枚もの手裏剣が通過していく。


「ちっ、沈めようとするとこれだ……ファンク!」


「やらせはしませんよ、兄貴!」


 本当にいいところで邪魔をする。ビートもそうだったが、上手い具合に仲間の窮地を救ってるな。


 互いの隙を消し合うのもまた、テッカに叩き込まれた技術だろうか? それとも同じ地獄の特訓を受けるうちに自然と身についたものか。


 二人はテッカの許しを得てクエストデビューしたばかりのはずだが、なるほど、このカバー力はいかにも冒険者らしい連携だと言えるだろう。


 単純な強さだけじゃあない。


 たった一回のクエストでここまで息が合うようになってると思えば、こいつらの伸びしろは色々な意味で半端じゃねえってことになる。


 嬉しいじゃねえか、おい!


 連続で放たれる手裏剣とクナイの群れを【集中】で見極めて避けつつ、地面を滑るような足取りで近づいてくるファンクをよく見る。


 前に出さず後ろ手に持たれた毒刀は、使わないからそうしているんじゃなく、その腕にかかった力を思うにむしろ逆だな。


 ファンクは距離を詰めて後に、その刀の一閃で決めるつもりだ。


 飛び道具を躱しながら後退する俺以上の速度であっという間に接近してきたファンクは、だが毒刀が届く間合いよりも離れた位置でピタリと足を止めた。


 そんときには手裏剣もクナイも打ち止めになったんで俺も下がるのをやめたが、はて。そんなとこからファンクはどうするつもりなのか。


「遁術『影分身』」


「なぬっ?」


 俺の目の前でファンクが左右に別れた。一瞬見間違いかと思ったがそうじゃない、確かにファンクがもう一人増えている!


 なんだこりゃ、と俺の戸惑いが口に出るよりも先に引き絞られたファンクの右腕が動き、毒々しい刀が閃いた。


「ドクトウ・縦横無尽切り!」


「う……?!」


 無数の斬撃が折り重なり飛んでくる。線でありながら面、隙間なしの制圧技。それが二人分、両面から俺に迫ってくる。


 影分身、と言ったな。なら片方は分身。とすれば本物の技にしか威力はないのか。わからん。少なくともどっちも迫力は満点だ。二人のファンクも瓜二つ。見た目だけで分身体を判断するのは俺には難しそうだ。つまり、どちらの攻撃が本体から放たれたものか見分けることもできない――。


 と、【集中】のおかげである程度じっくりと考えることができた。


 だからファンクの目からは俺が対応に迷ってたようには見えなかっただろう。


「え……?」


 呆然と呟かれる声。それは毒を帯びた斬撃によって俺の全身が切り刻まれた挙句、真っ黒な墨のようになってばしゃりと飛び散ったのを目撃してしまったからだ。


 理解が追いつかない。


 そういう顔をしてるファンクを間近で見ながら、俺はその腕を掴んだ。


「あ、兄貴――?」

「心配すんな。ありゃ【亡骸】で出した偽物だよ。んで、【死線】が反応したってことはお前が本体だな」


 そこでファンクは思考力を取り戻した。状況はよくわかってなくてもそれがスキルによって引き起こされたもんだということは飲み込めたらしい。だがもう、何をするにも手遅れだ。


 俺の手はお前に触れちまってんだからな。


「【死活】・【接触】!」


「づぁっ……!」


 忍者となれば精神面も鍛えられてそうなんでもしかしたらとも警戒したんだが、ファンクは抵抗に失敗した。【死活】による強化が功を奏したか、すっかり恐怖効果にやられて膝をついている。


 歯はガチガチと鳴っているし瞳は激しく揺れ動いている……うむ、完全に恐慌状態だな。分身も消えたしもはやファンクに戦うことはできないだろう。


 しかし跪くだけじゃ負けの判定にはならん。

 恐怖効果もずっと続くわけじゃないんで、こんなとこを攻めるのは悪い気もしたが俺はファンクの横っ面をはたいた。


 されるがままにぶたれたファンクはどうと力なく倒れ、起き上がろうとしない。こりゃスリーカウントするまでもねえな。


「一足先にファンク脱落だ」


 さて、トドメを刺し損なったビートのほうはと視線を向ければ。


「はぁああああああ……!」


「おお」


 何やら全力で力を溜めている。ビートという名の通りにここまで響いてくる鼓動。あいつの身体中に音が漲っているぞ……そうか! あの素早い移動は音魔法によるものだったんだ!


 なるほどなぁ。どういう原理かは知らねえが、打撃と音を一体にするのと似た要領で突進速度を速めているんだろうよ。ビートの急激な速度向上にはこういう種があったのか。


 そして今、限界まで体に音を乗せているビートが何をしようとしてんのかは明白だ。


 最速最大の一撃。

 あいつはそれに全てを捧げる腹積もりなんだ。


 確かに悪くない手かもな。連携して保ってた五分の戦況。それがファンクの脱落によって崩れたからには、もう細々とした戦法は取ってられねえ。


 自分の出せる全力へ望みをかけるってのは理屈としちゃありだ。


 だがな……何を狙ってるのか丸わかりなうえに、ビートには真っ直ぐしかねえってことも俺にゃバレてるんだぞ。


 敵にそれだけ知られちまってる状況じゃあ特攻を成功させるのはちと厳しいだろうよ。

 俺はそのことをしっかりビートに教えてやらなきゃならん。


「行くぜ兄貴っ、これが俺の全開! 『マックスビート』! そしてそこから繰り出す必殺のぉ! 『ヘビーサウンド――がぺっ!?」


 拳を振り上げて突っ込んでくるビート。

 それに合わせて放った俺の飛び膝蹴りがビートの顔面を凹ませた。


 速いことには速いが、想像の範囲内。しかもいつ来るか計れるときた。そうなったら【活性】中の俺が合わせられねえはずもねえ。


 顔面に叩き込まれた膝はビート自身の突進力と合わさってとんでもねえ威力になった。綺麗に吹っ飛んで倒れ伏すビート。そんで、ぴくぴくしたまま立ち上がる気配はなし。


 そのまま何事もなく三秒が経過した。


「これでビートも脱落、決着だな。……しっかし二人ともマジで強くなったなあ。俺もいい練習になったぜ!」


 と褒めてみるがビートもファンクも倒れたまんまだ。返事なんてあるはずもない。


 仕方ねえんで用意してた安めのポーションを二人にぶっかけておく。使わなくても大丈夫だとは思うが、労いの意味も込めて一応な。


 ま、とにかくこれですぐに目を覚ますだろう。


「さてこのまま寝かしとくか運ぶか……運んどくか」


 風邪でも引いたら大変だしな。そう思って空の瓶をポーチに仕舞ったところで。


「よお、その転がってる奴ら……始末でもすんのか? だったら手伝ってやってもいいぜ」


「……!?」


 聞き覚えのあるその声に急いで振り向く。

 まさかと思ったが、声の主はそのまさかだった。


「お前……なんでここに!?」


「ヒャハ! なんでとはご挨拶だな。せっかく会いにきてやったのによぉ、随分つれねえじゃねえか。異世界が長くて俺様のことなんか忘れちまったか? なあ、ゼンタぁ!」


 中坊離れした高身長、煤けた色味で伸ばしっぱなしの長髪。そして何よりその獰猛な目。


 うちのクラスきっての問題児の一人――階戸辺しなとべレンヤがそこに堂々たる立ち姿を見せていた。


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