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16.うちの壁は薄いぞ

「店の手伝いだけで許してもらえてよかったな。賄いも出たし」

「逆にお金までくれましたしね。テッカさん、いい人でしたね」


 そうなのだ。

 注文取ったり、料理運んだり、皿洗ったり。

 支払えなかった分を働いて返すことになったのだが、俺たちがよく頑張ったからとなんと一人三千円……じゃなかった、三千リルずつバイト代が出た。


「手元に金が残ったのはありがてえ」


「本当に感謝ですね! 最初はガードに突き出されちゃうかと思いましたけど」


「ガードって?」


警団ガードは、街中での事件・事故に対応する人たちのことです。犯罪者はしょっ引かれちゃうんですよ」


「あー。警察みたいな」


 テッカさんの店の終業までバイトしてたもんで、もう夜も更けてきている。

 早いとこ泊まれる場所を探さなくてはならない俺たちは、テッカさんから安くで泊まれる宿屋を聞いてそこに向かってる最中だった。


「『リンゴの木』? ああ、それならこの先にあるよ」


「そうですか! ありがとうございます」

「どうもっす」


 ポレロの街についてはまだ詳しくないんで、人に道を確かめながら宿を目指す。その度にサラはきちんと頭を下げて礼を言っていた。


 こういうとこはこいつ、しっかりしてんのな。


「ここっぽいな」

「リンゴの木。名前も見た目も素朴で可愛らしいですね!」

「可愛らしい……か?」


 女子独特の感性なんだろうな。

 よくわからんがとにかく扉を開けて中に入った。

 すると、丁度出ようとしていた男とぶつかっちまった。


「うわっと。わりぃ」


「あぁん!? わりぃで済んだらガードはいらねえぞごら!」


「は?」


 んだこいつ。いきなりテンション跳ね上げすぎだろ。


「スかしてんな! 痛い目遭いてえか!?」


 明らかに苛立ってます、って顔をしながら男は俺の胸ぐらを掴んできた。それも相当乱暴に。


 これはもう、アレだな?

 完全に喧嘩が始まってるってことでいいな?


「わ、待ってください、どうか落ち着いて」


「あ? おーおー。マブいのを連れてんなぁガキのくせに。女の前でかっこつけようって必死かコラ!」


「なんだそりゃ。モテねえ奴の発想だな」


「あぁ!? ぶっ殺されてえか!」


「ゼンタさん!」


 一発、頬を殴られた。

 痛いは痛いが、そう大した拳でもないな。


 念のためにHPバーを確認したが減ったのはほんのちょっとだ。無防備に一発食らってやったっていうのに、こんだけしか減らねえか。


 もしこいつがこんな三下くさいノリで超強かったらどう退けたもんかと考えてたんだが……ぜーんぜんいらん心配だったな。


 悲鳴にも近い声で俺の名を呼んだサラに、余裕だと教えてやるためにひらひらと手を振る。


「俺なら大丈夫だから」


「まぁだかっこつけるかよ! だったら大丈夫じゃなくなるまで殴ってやる! それがイヤならよぉ……今すぐ土下座して、その女置いてどっか消えちまいな!」


「馬鹿野郎が」


「あぁ!? 今なんつっ――うぎっ!?」


 まずは足の甲。男は普通の靴じゃなくて革装備って感じのブーツを履いていたが、関係ない。思いっきり踏み抜いてやった。

 うん、感触からして確実に罅は入ったな。


 痛みで胸ぐらを掴む手も弛んだんで、逆にそいつの腕を掴んで捻りつつ下げる。すると頭も下がってくるわな。


 最高に殴りやすい位置だぜ。


「おらよっと!」

「げぁっ!」


 なので、遠慮なく奴がぶったのと同じ左頬を俺も殴りつけてやった。


「こ、この野郎……! もうただじゃ置かねえぞ!」


 ぶん殴られた衝撃で男はすっ転んだが、もたつきながらも起き上がった。しかも短剣を取り出しているじゃないか。


 はっ、考えることは一緒だな。


「あえ?」


 男の間の抜けた声。それもそうなるだろう。

 なんと言ってもこいつが向き直ったときにはもう、俺は『恨み骨髄』を出して頭上へと振り被っていたんだから。


「ぎゃふん!」


 俺は思い切り、男の顔面に背骨型の剣を叩き付けた。誰が大人しく反撃なんて待つかってんだ。


 動物みたいな叫びをあげて、男が倒れる。

 鼻血を流して完全にノックアウト状態だ。


「ゼンタさん!」

「ほら、大丈夫だったろ? 楽勝だぜ」

「無事なのはよかったですけど……この人どうするんです?」

「あーっと、そうだな……」


「どうもしなくていいぜ。おいアップル!」


 サラの疑問に答えたのは、ハゲ頭の厳つい風貌をしたおっさんだった。

 どうもこの宿、一階は食事を出す場らしく、テーブルがいくつか並んでいて奥にはカウンターもある。おっさんがいるのはその中だ。


 手には布きんとコップを持っているんで、洗い物の最中だったみたいだ。

 なんか見た目もやってることも西部劇にでも出てきそうなおっさんだな……。


「おい、アップル! 聞こえねえのか」


 そのおっさんが迫力満点の声で誰かを呼ぶ。ちらほらいる客の誰かのことかと見渡せば、カウンターの端に座っていた一人の子供が立ち上がった。


「あいよー……今片づけるってば」


 うるさいなあ、っていう顔をしたそのダウナーな感じの黒髪の女の子は、のそのそと歩き、俺たちの前にまでやってくると、倒れた男の首元をむんずと掴まえて引き摺った。

 そしてそのまま店の外にまで出ていった。ちっこいくせにパワーあんな。


 あの男はどうなるのか、と俺とサラが顔を見合わせれば、カウンターのおっさんが「こっち来い」と呼んできた。


「あいつは出禁だ。前にもやりやがったがうちは客同士の喧嘩は認めてねえ。お前らへの絡み方も性質が悪かったし、もうありゃダメだな」


「あの男、すげえ酒臭かったぜ。酔っぱらってわけわかんなくなってんじゃねえの?」


「冒険者がそんだけ飲んだくれてる時点で論外だな。ま、パーティから外されたばかりで荒れるのも無理はねえが、あれじゃあ見捨てられて当然だ」


「彼、パーティの人に捨てられてしまったんですか?」


「ああ。ちょっと前まで元パーティの連中もここにいたぜ。話し合ってたが、あの男は能力が足りてなかったらしい。それだけなら成長を待てばいいが、あの喧嘩っ早さから分かる通り素行もいまいちよろしくねえってんで、ついに追放されちまったのさ。連中が去ってからも一人で浴びるように酒を飲んでたが、いい加減にしとけって俺が無理矢理席を立たせたんだ。そして出ていこうとしたときに、お前とぶつかった」


「なーる。そらあんだけテンションもハイになるわ」


 要はやけくそモードだったわけだ。


 仲間から捨てられる……同情できなくはないが、あんな喧嘩の売られ方をした上にサラにまで手を出そうとしてやがったもんで、まったく許してやる気にはならない。

 おっさんの言う通り、奴は捨てられて当然の男だ。


「まあなんだ。ヤな気分だろうが犬にでも噛まれたと思って忘れちまいな」


「色とかは付けてくんねーの? あの男ここの常連なんだろ」


「何言ってやがる。客のやったことにいちいち責任なんか取れるか。それにお前はやられた分をきっちりやり返してるだろうが」


「へへ、確かにな」


「で、お前らはメシか、それともベッドか?」


「お部屋を借りたいです」


 サラがドヤ顔で稼ぎたての三千リルを見せつける。

 それに不思議そうにしながらおっさんは「何部屋だ」と訊ねてきた。


「節約中なので、一部屋でお願いします」

「そうか。じゃあ二階の三号室を使え。狭いが一応ベッドもふたつある。……言っとくが、うちの壁は薄いぞ」


 千リルを受け取り、代わりにキーを寄越しながらおっさんはそんなことを言った。


「? はい、穴を開けないように気を付けますね! 行きましょうゼンタさん!」

「おう。しかし床まで薄かったら怖ぇな。二階だし」

「それは一階の人のほうが怖いと思いますよ」


「あ、おい。薄いってのはそういう意味の注意じゃねえんだが……まあいいか」


 おっさんが何かを言ったような気がして振り返ったが、もうコップを拭く作業に戻っていた。気のせいだったか。


「何してるんですー? 早く部屋を見ましょう!」


「ああ、見る見る!」


 もう階段を上っているサラに応えて、俺もそれに続く。


「見てください、張り紙がありますよ。浴場の利用料金は別途になるそうです」


「一風呂二百リルか。一泊が五百リルだと考えると風呂代たけーな」


「たぶん、お風呂や食事の代金で格安の穴埋めをしてるんでしょうね」


「ガチで安く済ませるには素泊まりしかねえってことか」


 でもまあ、二人合わせてまだ五千リルはあることだしな。

 ここで極限までケチるよりも英気くらいは養いたいところだ。


「食事はテッカさんのとこで済ませたからいいとして……」

「お風呂は絶対に入りますからね!」

「まあ、汗かいたしな。俺も入るわ」


 ただ、風呂より先に部屋の様子も気になる。

 辿り着いた二階の三号室。

 ちょっとわくわくしながら俺はその扉を開けた。


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