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159.魔皇軍が取るべき策は

またまるごと敵パートです

「参ったね。まさか私らから欠員が出るとは」


 灰色の髪をガシガシと乱雑に掻きながら、インガは自身と立場を同じくする男性へと顔を向けた。


「なあ? シガラよ。やられちまったぞ、お前の姉さん」

「姉じゃありませんよ。妹です」


 きっぱりと彼は言った。それはインガの求めた返答とは程遠いものであったが、彼にとってそこは譲れない争点のようだった。


「双子だろ? どっちでもいいけどさ。とにかくだ、エニシがここで脱落するなんて私は考えもしてなかったよ。そりゃあ、あいつは弱かったよ。逢魔四天としちゃあ飛び抜けて力がなかったが、その代わりあいつには群を作り出して率いる能力があった。単なる腕力自慢の私なんかよりよっぽど人間にとっては脅威だったはずなんだ。なのに、いの一番にあいつが死んだ」


「由々しき事態ですね」


 あっさりとした肯定は身内の死を彼がどう思っているのか、その本心をまったく窺わせない。血を分けた――否、泥を分けた双子と言っても所詮はこんなもんかとインガは鼻を鳴らす。


 別段、思うところはない。

 彼の態度は魔族としてこの上なくらしいものであるからして。


「そうさ、ここでエニシを失ったのは魔皇軍にとっちゃ失態に他ならない。お前たちだってそう思うだろ?」


「「「…………、」」」


 反応の芳しくないシガラから話題の矛先を傍に侍る三人へ向けた。魔下三将。今は亡きエニシも含めた逢魔四天直属の名持ち幹部たち。


 晴れて一応の完成を見た彼ら三人はインガからするとまだまだちゃちなひよっこもいいところだが――生まれたても含まれているのだからその評価はあながち彼女の傲岸とも言い切れない――部下は部下、幹部は幹部。エニシの訃報にあたり会談の場へ招集されたという点では対等でもある。


 だから彼らなりの意見を聞くべく話を振ったのだが、こちらも反応が悪い。誰も何も言わない。しかし内心を見せようとしないシガラのそれとは違って、三名は単に誰が返答のために口を開くべきかを決めあぐねているだけのようだった。


 確かに聞き方が悪かったかとインガは認める。お前たちという言い方ではな、と。


「シュルストー」

「はっ!」


 インガが名を呼んだのはエニシの配下であった『堕落』のシュルストー。


 自身の配下である『破戒』のドレッダを優先させなかったのは、彼女がこういった場で自分なりの意見というものを述べることがまずないからだ。従順で聞き分けがよく、インガ好みの死生観を教え込むまでもなく元から有す彼女ではあるが、いまいち自分の意思を持たないという欠点もあった。


 成り立ちからして仕方がないとも思うが、インガにはそれが少しばかり不満である。


 とまれドレッダの意見よりもまずは彼女より雄弁かつエニシが落とされた現場にいたという、シュルストー。彼から話を聞きたいと考えるのはごく自然なことであった。


「エニシの教団とやらがどうなったか。あそこで何があったのかは、仔細把握したけどね。問題は他にやり様がなかったかってとこだよ」


「――申し訳ありません。全ては私の責任です。同行していたのはエニシ様をお守りするためであったはずなのに、その任を果たすことができませんでした……!」


 忸怩たる表情を隠しもせずに頭を下げる。その謝罪はエニシ陥落を知らせた際から幾度となく繰り返されたものだ。どうでもいい、とインガは彼の陰鬱な気配を散らそうというかのようにひらひら手を振った。


 今は「ごめんなさい」が聞きたいわけじゃないのだ。


「勘違いしないでおくれよ、私は何もお前を責めたいんじゃない。勿論死んだエニシを責めることもしない。全力で戦って全力で死んだんだ、むしろ手放しで称賛してやりたいくらいだ」


 ただ気がかりなのは、と億劫そうな口調で彼女は続ける。


「魔皇様のことだよ。逢魔四天の一角が欠けたことにきっと気を悪くされるぞ。いや、たとえ魔皇様がお怒りにならずとも、私たちにはプライドがある。魔皇様に選ばれた絶対的強者としての矜恃ってもんがね。それは魔下三将のあんたらにだって共有されているはずだろ。なあラハクウ?」


 ラハクウ。シガラの配下である魔下三将最後の一人の名を呼べば、彼はもぞりと巨体を身じろぎさせた。


 それは彼が誇る魔族にしても圧巻の上背にはとても似つかわしくない所作だったが、不思議と違和感はない。ラハクウより発せられる朴訥した雰囲気は彼の根の実直さをよく表していた。


「はい、そう思い、ます。エニシ様の仇、許せない、です」


 どこかたどたどしい喋りで、しかし仲間の敵――即ち自分の敵に対する苛烈な怒りを滲ませるラハクウ。彼の背にした壁が歪んで見えるのは憤怒の闘気によるものか、それとも彼の魔下三将としての能力がなせる業か。


 ふ、と誰かが笑った。


「や、その気持ちは立派なものだけどね? 私が言いたいのは許す許さないの話じゃなくってさぁ……ま、いいや。誇りがどうの仇がどうのと語ったところで大した意味はないんだ。どのみち私たちは魔皇様からのお達しを待つのみだもんな」


「その通り」


「「「!」」」


 かけられた厳かな声。その主が誰であるかなど考える必要はなかった。ほんの少しも思考に時間を割くことなく五名はサッと列をなして跪く。


 彼らが忠誠と畏怖を露わに頭を垂れる相手はたった一人だけ。


 魔皇軍の頂点、魔皇その人である。


「いいんだ。負けたっていい、死んだっていい。それもまたお前たちの責務の内。この魔皇の為に生き、この魔皇の為に戦い、この魔皇の為に死ぬ。それがお前たちだ、殉じた者を不甲斐ないなどと詰りはしない。……だけど。最初の血がエニシになるとはなんとも意外だったよ。奴にはまだまだ仕事をしてもらうつもりだった。これで予定が狂ってしまったね」


 ふう、と顎下に拳を当てて憂慮の表情を浮かべる魔皇。


 なんてこともないように話しているだけなのに、インガ以下五名はいずれもが肩にかかる重圧に潰されてしまいそうになっている。


 それだけ規格外のプレッシャーを放っておきながら、そのせいで配下たちが軒並み苦しそうにしていることも存じていながら、けれど魔皇はそんなことには頓着しない。


「ん……スオウはどうした?」


「まだ来てませんよ。というか来る気配すらないです」

「どうやら彼はまた欠席のようですね。いくら魔皇様に与えられた使命を果たすためとはいえ、少し仕事に熱中し過ぎなのでは?」


 耐えるだけで精一杯の三将とは異なり、四天のインガとシガラは流石に最高幹部。これだけの重圧に支配された場でも魔皇へ言葉を返すだけの余裕があった。


 それは肉体に限った話ではなく、同僚が魔皇に対して無礼を働いていることを自分たちの口から、しかも軽口の延長めいた口調で報告してしまえる精神的な余裕もだ。


 話題の中心はここにいないスオウ。


 逢魔四天にして唯一直属の部下を持たない問題児は、再三繰り返した奇行によって魔皇にすら苦笑の表情をさせた。


「奴め、前もあれだけ折檻してやったというのにまだ懲りないか。大したタマだ。それでこそ逢魔四天だと逆に褒めてやるべきなのかな」


 まあそれはいいけど、と魔皇は話を戻す。


「計画の変更を余儀なくされた魔皇軍が取るべき策はふたつ。発起される対抗軍を利用するか、早々に消すか。前者はうまくすればエニシ不在による影響をある程度補えるだろう。後者については計画に遅延こそあれどイレギュラーをなくせる。さて、ここはどちらを選ぶとするか……」


 元より魔皇軍の方針とは魔皇の一存によって決定されるもの。


 故に常から下々から意見を汲み上げようとは思いもしないが、しかしこのときの魔皇はどういった気紛れであろうか、まるで参考にでもしようというかのように傅く五名の目を順に覗き込んでいった。


「ああそうか、そんなに復讐がしたいか。それもいいだろう。だが仕返しにエニシを手にかけた者たちを殺したところでな……いや、それもやり方次第なのか」


 配下たち、特にシュルストーの爛々と燃える瞳を愉快そうに眺め魔皇は喉の奥でくつくつと笑う。


 憎しみとは実にいいものだ。

 安っぽくはあるがやはり、命のやり取りの前提としてこれほど相応しい理由は他にない。


 一度始めたのなら最後まで決して止まるべきではない――というのが魔皇の持論。憎悪の愛くるしさとはつまり、生き物を行き着くところまで導く強い力だという点にある。


 だからこそ。


「よし決めたぞ。動かす駒はお前・・にしよう。細かいことは全て任せる。何をしてもいい誰を使ってもいい。好きにしろ、ただし。全力で楽しむことだ。それさえ守れば結果がどうなろうと構わない。魔皇の名において許してやろう」


「御意に」


 魔皇直々に命を下されたその人物は、深々としたお辞儀で了承を示した。


 果たして地に向けられたその目が直前までどのような色を浮かべていたのかは……それを確かめた魔皇のみぞ知るところである。


ここらで前半戦終了でしょうか

後半からもよろしくおなしゃす!

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