158.想像を超えてくれるパーティ
あけおめです
「トードさん!」
「お前たち……!?」
ついさっき出ていったばかりのはずが、間を開けず組合へ舞い戻ってきた俺たちにトードは目を丸くしている。
だけどそんな困惑の表情もすぐに消えた。
「……なんでえ、アンダーテイカー。話ならもう終わったじゃねえか? まだ何か用があったのか」
「俺たち強くなりたいんだトードさん。どうすればいいか知恵を貸してくれないか」
特に飾らず、単刀直入に頼む。
真っ直ぐ言えば真っ直ぐ返してくれるのがトードだ。
この人が持つ人望や立場は確かな実績に裏打ちされたもんだとも聞いた。それは組合長としても元冒険者としても様々な経験を積んできているからこそ得られている信頼だ。
実際これまでトードに世話になりっぱなしの俺としちゃ、その言葉にならなんの不安もなく従うことができる。
だから相談すんならまずはこの人だ。
と、いちいち話し合わなくたって俺たちはすんなり決められたんだ。
さっきの話の流れからしてこうなることも予測はできてたんだろう、トードは「そうか」と頷きながら息を吐いて、なんとも渋い表情を見せた。
「強くなる、か。そりゃつまり、魔皇軍への対抗作戦に参加する決意表明ってことでいいのか」
「ああ」
トードは俺だけでなくサラとメモリの様子も窺っていたが、二人の顔にゃ決意がありありと浮かんでいる。
それをじっくりと確かめたあと、トードは諦めたように首を振った。
「いい顔しやがって……まあ待てよ。その話をする前にちょっとした懺悔を聞いてくれ。……実のところ俺ぁこんなことになるとは思いもしてなかったんだ。多少強引にでもアンダーテイカーを高ランクのパーティにしようとしてたのは、一地方でしかないここらの冒険者業界を少しでも盛り上げたいと思ったからだ」
「それ、パヴァヌでボパンさんからも似たようなこと聞かされたぜ」
「もうお前に言ってやがったか、ボパンのバアさん……そうだ、それが俺の目的だった。ガレル率いる巨船団なんかはこの地方でもまさに特別と言っていいぐらいに目立ってるが、他にあのギルドに匹敵するようなのはここらにゃない。どうしたって有名どころは限られるし、その大半は中央をホームにしちまうからな。活きのいいのが一組いるだけでも界隈の熱気はがらりと変わる。その火付け役にアンダーテイカーはぴったりだった。世にも珍しいネクロマンサー偏重のパーティで、来訪者がいて、奇跡の使い手もいる。話題性は抜群、何かとネタにも事欠かない。……実力のほうだってどんどん上がっていったことだしな」
「だけど、実以上に名を上げさせちまったってか?」
「ま、そういうこった。多少の差だがな。しかしガレルの指摘は正しかった。俺は確実にお前たちを贔屓していた。ここの奴らだってそれは薄々感じてたはずさ。気のいい連中ばかりだからなんともなかったが、他所なら風紀次第じゃつるし上げだってあり得る。組合長が特定のパーティに入れ込むなんて言語道断だからな。だがどんな物事においても通じる理屈として、本当に特別ならどんな特別扱いをされてたって許されるのが常だろう。ガレルの乱暴な勧誘が罷り通ってるのもそういう理屈だ」
「変わり種のパーティでも上のランクへ上がれば神輿になれる……そのためにケツを叩いてどんどん俺たちのランクを上げさせたんだな。だからこその贔屓だ。そりゃ組合長であるトードさんの思惑としちゃ正しいんだろうが、どうなんだ? 実際のところ、俺たちはAランクっつー名に相応しいだけの実はあるのか?」
「……あらゆる高難度任務を達成できなきゃならん上級ランクとして見れば、及第点には達していないかもしれない。以前よりはお前たちも冒険者らしい知識や技術を身に着けちゃいるが、まだAランク相当とまでは言い難い……単純な戦闘面での資質だけなら届いているか、ってところだ」
こりゃまた手厳しい審査だな。
だが組合長からの厳正な評価だ、今の自分たちはまだそんなもんだと受け入れるしかねえ。
その内容は概ね、俺が抱く実感とも一致するもんでもあるしな。
そしてもうひとつ――。
「納得したよ。道理で妙に辛そうにしてるわけだぜ。トードさん、あんた責任を感じてんだな。見込みありと期待をかけた新米を急かし続けてたら、気が付きゃ魔皇軍との戦争の矢面に立たせることになっちまった。それを後悔してるんだろ?」
「…………」
トードの顔はますます渋くなった。
人相がいいとは言えない男なんでこうしてると誰かを殺そうと企んでる最中のように見えるが、これはこの人なりの苦渋を示したもんだろう。
「ああ、その通りだ。逢魔四天と出会ったのをきっかけにアーバンパレスと決闘し、勝っちまった。事の始まりはそれだったな。冒険者たちを興奮させたお前さんのめちゃくちゃっぷりに、かつての戦友の姿を見た。お前の率いるパーティならきっと期待以上のことをしてくれるだろうと確信を持てたんだ。だが、今思えば俺もあの場の空気に充てられてたんだろうな。冷静じゃあなかった。初っ端に魔皇案件に携わったお前たちが成長するってことが、どんな事態へ繋がるかをちっとも考えちゃいなかった。今回だってまさかまた逢魔四天と遭遇するなんざ、しかも自分の手で倒しちまうなんざ想像すらできなかったんだ――その結果が、これだ。お前たちが徴兵されるのは俺の浅慮が招いた結果なんだよ」
「ひょっとして……招集がかかったとしても行かせるつもりはなかったのか」
「ああ、お前さんたちにゃ断ってほしかった。いや、断らせるつもりだった。セントラルからお呼びがかかるまでの間にそれとなくそういう方向に話を持っていこうと思ってたんだ。それがまさか、こんなに早く気持ちを固めちまうとはな。いい意味でも悪い意味でも、本当にお前たちは俺の想像を超えてくれるパーティだよ。アンダーテイカー」
自嘲、というより自罰的な笑い方をするトード。
へん……俺だって、前々から気付いちゃいたさ。
何かしらの得ってのを見込んでいるから目をかけてくれてるってことはな。
しかしそれがまさか、自分の利益じゃなく組合の、そして地方一帯の冒険者たちを活気づけるのが目的だったとは。
あの日ボパンが言ってたことがそのまま正解だったなんて、こっちとしちゃいい意味での予想外だよ。
予想外の、ナイスガイっぷりだ。
トードは頼りがいのある大人だと改めて思ったぜ。
「後悔するよりもよぉ……一度は信じて背中を押そうと決めてくれたんだったら、最後までそうしてほしいもんだな。なあ、二人もそう思わねえか?」
「もちですよ! これはトードさんが気に病むことじゃありません。だって自分たちで選んだ道ですからね!」
「……わたしたちアンダーテイカーに後悔という二文字は、ない。だから、人からも後悔なんてされたくない」
「……!」
俺たちの言葉にトードはひどく驚いたようだった。まさか恨み節のひとつやふたつでも吐かれるなんて思ってたんじゃないだろうな?
そりゃ俺たちを甘く見過ぎだな。
ランクを上げさせてもらったのはサラの言う通り、俺たちの意思でもあるんだ。感謝こそすれ今更になってトードを恨むほうがおかしい。
つか、マジで恨んでんだったら四の五の言わずに一発ぶん殴るっての。
グチグチと口で責めるよりそっちのがスッキリすっからな。
「魔皇軍のせいでちと状況は変わったが……いや、変わったからこそだな。今まで以上に俺たちは貪欲に強さってもんを求めなくちゃならない。トードさん、あんたになら何か案があるだろうと信じて頼んでる。どうかとっておきの策を授けちゃくれねえか」
「…………、」
しばらくトードと見つめ合う。その瞳にはただならぬ圧力があったが、負けちゃいられない。退く気はないとこちらも視線で伝えてやると……先に向こうが折れた。折れてくれた、と言うべきかね。
仕方ねえ、とトードは諦観混じりだがスッキリしたような笑みを浮かべた。
「まずはサラ。お前は元教会の所属で、シスター候補だったそうだな」
「は、はい」
「だったらお前のすべきは……候補止まりじゃなく、本物のシスター並みの力量を手に入れることだ。教会へ戻れ。そこで教えを請い、全てを自分の物としろ。脱退した組織に戻れなんざ無茶を言ってるのはわかるが、それくらいの無茶くれえ当たり前にできないようじゃゼンタについてくのは厳しいと思うぜ」
「……はい」
真剣に頷いたサラにトードも頷き返し、それからメモリを見た。
「メモリ、お前にも先達からの教えがいるだろう。うってつけの奴が一人いる。ネクロマンサーとして唯一名を轟かせている冒険者……巷で『魔女』と呼ばれているあの女を紹介してやる」
「……! 『屍の魔女』グリモア、を?」
「前にも言った、構成員は少数だがSランク認定されているとあるギルドの一員だ。まあ連中は大半が半隠居状態で、魔女も最近は活動らしい活動もしてないようだが……しかし心配はいらん。あいつが動くなら魔女も動くはずだからな」
そこでトードは俺へと視線を戻した。
「以前から約束してた、お前の先輩。三十年前にやってきた来訪者に会わせてやろう。そいつも魔女と同じく実質冒険者を引退しちまってる隠居人だが、今のお前なら干からびたあいつからでも興味を引ける可能性があるだろう」
「へっ、ようやくか……!」
ずっと面会を希望してた人物とやっと話すことができそうだ。
そう思えばこそ抑えようもなくテンションの上がる俺に、「だがな」とトードは若苦慮の覗く表情で続けた。
「くれぐれも気を付けろよ。気に入られたなら助言のひとつやふたつも貰えるだろうが、気に入られなかったらほぼ確実に半殺しにされて追い返されるぞ。……だが、それはまだいいほう。本当に危ないのは本気で気に入られちまったときだ。そんときゃお前……十中八九死ぬと思え」




