154.僕の憧れの人
「サラが治せないだと……!?」
『ヒール』の治癒力は凄まじい。なのに、傷が治らないなんてことがあるのか?
見た中で一番傷が酷かったのは全身をネズミに齧られたランドだったが、それだってサラは完璧に癒していた。スレンもかなりの重傷ではあるが、あれが治せるならスレンだって……そうは思うが、助けを求めるサラの無力感に苛まれた顔は本当だ。
俺たちはみんなで横たわるスレンの傍らへ急ぎ、その具合を見る。
「う……っ?」
一目で異常がわかった。緊急用だという水を使った止血。用心深くスレンが自身に仕込んでいた魔法がまだ傷口を覆っているが、サラの『ヒール』を邪魔してんのはこれじゃない。
異常は水の膜よりもさらに内側。
そこに蠢く、黒々とした異様な何かがあった。
それはまるでスレンの肉体に縋る蛭のようにも見える。
「あちゃ……これはマズいな。テッカ、どうにかできない?」
「死属性の回復阻害カ。無理だネ。奇跡とはいえ『ヒール』でもこれは治せないヨ。もちろん火属性専門のテッカじゃ手も足もでないネ」
し、死属性……! 俺が言うのもなんだが、今聞くには最悪の響きだ。つかなんでそんなもんがスレンの傷口に纏わりついてんだよ?
「シュルストーの黒い槍……『魔槍カーモシラス』とか言ったか。おそらくアレが種だろうね。闇属性で傷を負わせ、死属性で治させない。傷の付かない来訪者にはまったく意味がないが、この世界の人々にとっては恐るべき武器だ」
ナガミンが【武装】で出した槍にはそんな効果があったのか。
俺の【血の簒奪】と一緒で相手に傷を負わせることが重要なスキル……そういうタイプは来訪者にゃ効かなくても、現地民にはかなり凶悪だ。
直接的な攻撃じゃなく治癒を邪魔するってのがまたいやらしい。ってこれも『不浄の大鎌』を使ってる俺が言えた義理じゃねーかもしれんが。効果だけで言えば不浄のオーラのほうが理不尽だろうよ。
だがナガミンの槍がスレンを苦しめてんのは確かなことだ……『ヒール』でも治せないような傷を、俺たちはいったいどうすりゃいい?
出血を止めているとはいえスレンの体力の問題もある。
このままじゃ遠からず手遅れになっちまうのは目に見えている――。
焦燥が場を包む中、冷静に一同へ言ったのはレヴィとアルメンザだった。
「奇跡で治せないなら、それよりも上。大奇跡に頼るしかないわね。緊急コールを送信したわ」
「あの、アーバンパレスは教会本部と多少繋がりもありますから、そこで診てもらおうと思います。この傷もきっとあそこなら……希望があるはずです」
二人の言葉に、サラが反応する。
「大シスターによる『グレーターヒール』ですか」
なんとも言えない声音での問いだったが、レヴィはそれにうむと頷く。するとサラは少し考え込む様子を見せた。
その代わりに口を開いたのは委員長だった。
「お話し中失礼。教会の本部を頼るということは、あなた方の行き先はひょっとして?」
「統一政府のお膝元であり恒久宮殿の本拠地でもある『中央都市』よ。私たちはそこに帰還する。それがどうかした?」
「不躾なお願いなのですが、僕も同行させてもらえないでしょうか。ユニフェア教団、そして逢魔四天エニシについて最も詳しく話せる者は現状、この僕ということになりますから。どうか証言させてほしい」
「……そうね。スレンさんがすぐに目覚めるとも限らないし、協力者であるあなたには一緒に来てもらいたい。今来なくてもどうせ招集されるんだから、私たちとしても余計な手間が省けていいわ」
そうか。今回の対エニシ戦は元々がスレンと委員長の二人で進められてたようなもんだったな。
スレンが倒れたとなっては、部外者であっても立案した片割れである委員長が色々と事情を説明しなくちゃならない。
なんせ数ヵ月はここに潜入してたはずなんで、精通とまではいかねーでも多くの情報は入手してるだろう。
それこそエニシに関することだけじゃなく、アーバンパレスが欲してやまない魔皇軍の情報とかもな……。
そこでバシン、と軽い音を立てていきなり少年が現れた。その顔には見覚えがある、と記憶を辿ると同時にレヴィが彼の名を呼んだ。
「遅いわキッドマン。コールにはもっと早く応じなさい」
「レヴィひどっ。こんなに大急ぎでやって来たのにそんな言い草? ほんと疲れるんだからね、ボクのこれって」
あんまりな歓迎の言葉に思いきり顔をしかめるキッドマン。
疲れる、というのは嘘じゃないようで、実際にその頬には大粒の汗が伝っている。
確か前回も魔力消費が大きい的なことを言ってたし、どうも一度に多量の魔力を使うと人は体調不良に陥るみてーだな?
「ふー。で、僕が運ぶのは……わっ、スレンさん!? 嘘、スレンさんがこんなにやられるなんてまさか――」
「ええ、今回は大当たりだったわ」
「へえー。で、相手は? やっぱ例のエニシなの?」
「は、はい。討伐済みです。スレンさんが、ゼンタさんと協力して倒しました」
「へえー! 君が、スレンさんと? ふーん」
興味深そうにじろじろと俺を見てくるキッドマン。表情や仕草はただの子供のそれなんだが、どうにも目の奥がな。冷徹な観察の色がちらりと見える。
こいつはたぶん、見た目通りの年齢じゃあないな。勘でしかないがそう思ったぜ。
「自分たちも、その、サラさんとメモリさんに危ないところを救っていただきましたし、任務が成功したのは……アンダーテイカーに助けてもらえたからです」
「おー。人見知りのアルメンザが知り合ったばかりの人間をこうも褒めるなんて。やっぱり面白いね、葬儀屋さんたちは!」
屈託のない(ように見える)笑みでキッドマンはそう言うと、スレンの横にしゃがんでその体に手を置き、レヴィとアルメンザには逆に自分の肩へと手を置かせた。
見るのは二度目――いや三度目なんで、ここを離れるために転移しようとしてるんだとすぐにわかったぜ。
だがキッドマン的には四人だけで移るつもりだったはずだ。
「ん……? 鎧くん、君は誰?」
「新条ナキリです」
「あの、彼も、スレンさんの協力者です」
「あーそうなんだ。じゃあ、君も一緒に来る?」
「はい、問題なければ是非」
「うーん、人数多くてキツいけど……がんばろ」
と、キッドマンが魔法を使おうとしたところに委員長が待ったをかける。全身鎧を解除し、信徒っぽい恰好に変わった。
あれもユニフェア教団の衣装なんだろうが、なんとなくハマってる感がある。全体が白で統一されてるからか? 学校の制服もそうだったが、委員長には白がよく似合うんだよな。
「柴くん。それに中沢さん。慌ただしい別れになって申し訳ない。僕にはやらなきゃならないことがある……そのために彼らと行くよ」
「そんなの気にすんな。俺は大体ポレロにいるし、委員長はセントラルシティってとこに行くんだろ? お互い居場所はわかってんだ、会おうと思えばすぐに会える」
「うん。ちゃんとお話できないのは残念だけど、大切なことなんだよね? 私もゼンタくんと一緒にいるから、次はお茶でも飲みながらゆっくりしたいな……えへへ。ユマちゃんとカスカちゃんも新条くんに会えたらほっとすると思う」
「まー、俺と違って委員長は真っ当に頼りになっからな」
「え! あ、あの、ゼンタくん、私が言ったのはそういう意味じゃなくてね」
「おいおい冗談だっての。真に受けられるとマジっぽくなっちまうぜ」
「冗談……も、もー! ゼンタくん意地悪なんだから」
俺たちを見ながら委員長がくすくすと笑っている。それに気付いたヤチは顔を真っ赤にさせて俯いた。
今のは普段のヤチからするとかなり素直に感情を表に出してたからな。
それを見られてたってのを意識して恥ずかしくなったらしい。こういうのを奥ゆかしいって言うのかね?
「二人とも変わらないね……いや、良い意味で少し変わったのかな。白羽さんと別れてからはクラスメートの誰とも会わずにずっと一人でいたから、なんだか安心したよ」
本当なら委員長だって自分の手でクラスの全員を見つけて保護したいだろうに、今はそれができないわけか……何を言いたがってるのかは察しがついたんで、こっちから先に申し出てやろうじゃないか。
「おう委員長。クラスメートたちを見つけるのは俺たちに任せて、お前はアーバンパレスに協力してやってくれよ。魔皇やら逢魔四天やらへの対処は急務だろ? そんなのがいたんじゃ他のクラスメートだって危ねーんだからな」
「ありがとう。それでこそ君は僕の憧れの人だ。また会おう、できるだけすぐに」
「へ?」
「お願いします、キッドマンさん」
「ほーい。そんじゃ行くよー」
委員長に促され、待たされた文句も言わずにキッドマンは転移魔法を発動させた。
パチン、とその指が鳴らされる直前にレヴィが手を上げたりアルメンザが頭を下げてきたりと別れの挨拶をくれたが、俺はあんましまともに返してやれなかった。
ふっと横たわったままのスレンとともに委員長たちが消えて……俺は隣にいるヤチへと訊ねた。
「なんだよ、憧れの人って?」
「な、なんだろうね……えっと、うん。えへへ」
何故かヤチはさっきよりも顔を赤くさせていた。




