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153.退かせていただきます

 こちらの戦力が増えたことで、ナガミンもドレッダも少し雰囲気が変わった。ゴリ押しで俺らを潰そうとしていたのがちょっとだけ慎重になった。そんな感じだ。


 だが撤退を視野に入れたらしいドレッダとは違い、ナガミンはあくまでも攻めの手を緩めるつもりはないようだった。


「状況を見るに新顔は柴の一派か……面倒とは言ったが、これはこれでちょうどいい。今後目障りな敵になり得る者の首はそれだけ逢魔四天、そして魔皇様への良い手土産ともなるのだから」

「しかし――」


 真っ黒な槍を構えたナガミンにドレッダは何か言おうとしたが、それよりも先にアップルが答えた。


「面白いこと言うね。誰が誰を狩るって?」


「!」


 一瞬で懐に入り込んでいるアップル。へ、ナガミンは槍を振った。距離が近すぎることと速度優先のために俺の目から見ても雑な一撃ではあったが、それだけに反応すんのが難しい速攻。


 それをアップルは「よっと」と軽い調子で止めた。


「ぐうっ!?」


 前にも闇ギルドの盗賊を相手に見せた、桃色のオーラ。アップルがそれを拳に込めて打ち出すとナガミンは面白いようにぶっ飛んだ。その手に槍はない。アップルがもう片方の手で握ったままなんで手放すしかなかったようだ。


 たぶん、殴られた瞬間のナガミンは得物のことなんて考えてすらいなかっただろうけどよ。


「ありゃ? せっかくったのに消えた」


「くっ、こいつ……!」


 来訪者の武器は使用者から一定以上離れると消える。そのルールを知らないアップルは腹を押さえて睨んでくるナガミンを意にも介さず、自分の手を見ながらきょとんとしている。


「シュルストー……!」

「鱗のおじょちゃんはこっちネ。『ダブル・ボーンファイア』」

「っ!」


 援護しようと動き出したところへドレッダの身に炎が宿る。チリ、と最初は小さな火花だったそれが満開の花のように猛火となって舐めるようにドレッダの体を覆った。


 だがそれも一瞬のこと、すぐに鎮火したうえにドレッダは焼かれたばかりでも涼しい顔をしていた。


「無駄です。この手の魔法は私には効きませんので」


「そうかナ? テッカは料理人だからネー、火の通りにくい材料でも焼く術くらいは心得てるヨ」


「何を言って――、!?」


 ドレッダは言葉を続けられない。一度は鎮まったかに見えた炎がまた燃え始めたせいだ。


 それも一個じゃない。

 花開いたその内側からまた別の火花が咲き、その数をどんどんと増していく。


 ひとつが咲いて散っていく間に、新たにふたつ。そのふたつが散る頃にはもう三つ。四つ。五つ六つ七つ八つ九つ――無数の花々が最後には折り重なり、大輪の業火となってドレッダを焼き尽くそうとする。


「――――ッ!!」


「おっとと、耐えるカ。これはテッカも予想外。もっと調理が楽しめそうで何よりネ!」


 体の至るところを焦げ付かせながらも五体無事のドレッダに、テッカはころころと猫の顔によく似合った笑い方で愉快そうにしてる。

 強がりじゃなく彼は本気で楽しんでるようだ。


「す、凄い……」


 レヴィやアルメンザがぽかんとしている。急に現れた二人の思わぬ強者っぷりにアーバンパレス構成員もびっくりってか。


 まー気持ちはわかる。

 強いってのは知ってたがここまでとは、俺だってびっくりだからな。


 水刃による殺傷力特化のスレンや、破壊力と小技を兼ね備えたメイル。スタイルが違いすぎるんで比べるのはちと難しいが、マジで特級構成員エンタシスにも引けを取らねえくらい強くねーか?


「これじゃ僕たちの出る幕がないね、柴くん」

「つーか邪魔しちまうのが怖いまであるな、委員長」


 なんてこそこそと俺たちは話すが、お互い本気で言ってるわけじゃねえぜ? 


 何故って、ナガミンもドレッダも未だに本気を出しちゃいねーからだ。


 スレンを傷付けたときのように暗黒騎士ダークパラディンのスキルと闇魔法のコンボこそがナガミンの真骨頂だろうし、ドレッダに至っては一発の殴打しか見せてないからな。


 飛翔からの竜の拳はそれだけで必殺技級の威力を持ってるってのがなんともズルっこいが、本領の発揮はこれからのはず。


 猛火にキツく焼かれた今こそ全力を披露するか、とドレッダを注視していると。


「……竜人としての耐性をこのような力技で突破されるとは。いい勉強になりました」


「ンー、魔法は奥深いからナ。攻撃一辺倒なんて揶揄される火属性だって、それ故に攻撃法は千差万別の千変万化だヨ。どうせ効かないなんて切り捨てるのは早計ネ」


「反論の余地がありません。生まれたての身、未熟を知りながら私は少々自惚れが過ぎたようです。インガ様のようにはいきませんね……ですので」


「おロ?」


「ここは一旦退かせていただきます」


 ばさりと翼を広げたドレッダは、テッカへ向かっていくかと思えば大きく後退。その最中に槍を再装備したばかりのシュルストーむんずと掴み拾った。


 全身鎧で見るからに重量のある大の男を、鱗付きとはいえ細身の女子が片手で吊り上げてる様はなんともシュールだった。


「帰還しますよ、シュルストー」


「なんだと!? 俺の言ったことを聞いていなかったのか? 亡きエニシ様のためにも、こいつら全員をこの場で葬らないことにはとても報告など――」


「シュルストー。あなたこそ私の話をよく聞きなさい。報告が第一だと言いましたよね。エニシ様を失ったからこそ、この地で何が起きたのか。その全容を正確に伝える義務があなたにはある。先ほどまでならともかく今は敵の数が増えたことで、場合によっては私たちの身すらも危うくなった。ならば魔下三将としてて優先すべきは何か……おわかりですよね?」


「…………ちっ」


 殺気を滾らせながら沈黙を挟み、舌打ち。

 理があるのはドレッダのほうだと復讐に憑りつかれた頭でも理解できたらしい。


 撤退の方向で話がまとまりつつある上空の二人を見ながら、小さな声でテッカとアップルが言葉を交わす。


「逃がすのもどうかナ。退路を塞ぐか、それとも追うネ?」

「いや……こっちとしても伏兵が怖い。あのレベルがもう一人いたら死人が出る。逃げるってんなら逃がしてやってもいいんじゃない」

「ン、確かにそうネ」


 利害の一致。

 逃げたい魔王軍と、追う気のないアップルたち。

 そうなればあとはスムーズだ。


「柴に新条! ここは退こう! 臆病者の謗りとて甘んじて受けよう! だが、だが必ずや! エニシ様へしたことの報いは受けさせてやるぞ! アーバンパレスの冒険者どもにもだ! 全員、今日という日のことをよくよく覚えておくことだな!」


「もういいですか? 行きますよ」


 ものすごいテンションの差でナガミンとドレッダは去ろうとする。そこへ俺も怒鳴る。


「覚えておけってのはこっちのセリフだぜ、ナガミン! あんたの選択とやってること、絶対に後悔させてやっからな! それからドレッダ! いずれはお前のことも取り戻す! 俺とドラッゾでな!」


 ちらり、と俺のほうを見たドレッダの目はやはり無感情で、何を言ってるかちっともわからんって顔をしてた。


 ……今はそれでしょうがない。

 だがドラッゾのことも、そして自分のことも思い出させてやるぜ……!


「今に魔皇様へ歯向かうことの真の恐ろしさをお前たちは知ることになる! そして! そのときにはもう、何もかもが手遅れになっていることだろう! 震えて眠れ、恐怖と災禍が訪れる終日を待ちながら!」


 憤怒と闘志、それから嘲笑。

 色んなもんが綯い交ぜになった笑い声を響かせながらナガミンは空の彼方へと消えてった。


 一瞬で目で見えないくらいの遠くへ行っちまったってのに、耳にはまだナガミンの声が届いてるような気がしたぜ。


「ひゅー、速いねあいつ。あれじゃ一度逃がしたらどのみち追えやしないな」


「意味はよくわからんかたが、えらく不吉なことを言ってたネ。やっぱりここで捕まえておくべきだたのカ?」


「まーいいじゃん、それはアーバンパレスやセントラルの仕事ってことで。今日はひとまず、誰も死んでない。それが何よりの勝利さ……そうだよね、ゼンタ?」


「おう、もちろんだ。助かったぜ、アップルにテッカさん」


 大きく頷いて、駆け付けてくれたことに感謝する。


 割とガチな話、二人が来てくれてなかったら死人が出てたろうと思う。ナガミンの恨みを買った俺は当然として、全滅もあり得た。危ういところだったなぁ、本当に。


 と敵もいなくなったことで俺の気は弛んじまっていたが、まだ予断を許さない状況は続いていたようで。


「どうすればいいんでしょうかゼンタさん――スレンさんの傷が、どうしても治らないんです!」


 今にも泣き出しそうな顔でサラが助けを求めてきた。


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