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151.叩いて殴って矯正する

「ぐ、く……、」


「【闇討ち】。隠密効果、そして不意打ちの成功で攻撃威力を高めるスキルなんだが……想像以上に弱っているな、エンタシス。これならスキルを使うまでもなかったかもしれん」


 漆黒の槍をスレンの体から乱雑に引き抜いたナガミン。床に血が飛ぶ。


「シュルストー……!」


「ふん」


 大きな傷を負いながらもスレンの反撃は素早かった。振り返りながら腕を振るい、その軌跡を水が辿り追い越していく。


 しなり穿つ水刃――だがスレンの攻撃はナガミンの予想を超えなかったらしい。水刃をいなした槍がもう一回転。


「悪い腕ならいらないな!」

「っ……!」 


 宙を舞う腕。斬り飛ばされたスレンの右腕だ。手の形は魔法を発動させたまま、力なく落ちていく。


 スレンの体が傾ぐ。限界だ、と見ただけでわかる。当然それはナガミンにも見抜かれる。


 だがナガミンは止まりやしない。黒い兜に覆われたまま、どんな表情を浮かべてるかもわからないまま……なんの躊躇もなくスレンの脳天へ槍を落とそうとした。


 俺の中で何かが切れた。


「【黒雷】ッ!」


「……!」


 スレンとナガミンの間に飛び込み、槍を拳で受ける。なんとか間に合った。何やら普通の槍じゃねえってのはビンビンに伝わってくるんで、ちょいと賭けではあったがな!


「てめえ、ナガミンっ! なんてことをしやがんだ――いったいどっから湧いて出やがった!?」


 槍ごとナガミンを押し返すことには成功したが、状況はよくねえ。さすがにもうスレンは戦えない。というか、この傷ではいつ死んでもおかしくないくらいだ。


 庇いながらこのナガミンと戦り合えるか……!? 


 俺の不安はそこに尽きる。


「【怨讐】と『影渡り』……スキルと、暗殺者アサシンが覚える魔法の組み合わせ。コンボというものだ。俺の職業クラスである暗黒騎士ダークナイトは闇属性及び闇に連なる属性のものであれば、幅広いクラスの専用魔法を習得できる特性があるんだよ。ひとつ賢くなったな、柴」


「教師は辞めたんじゃなかったのかよ?」


「おっと、そうだった。長年の癖はすぐには抜けないものだな。……しかし柴よ、お前のほうこそ。それはとても元担任に向ける顔付きじゃあないな?」


「当ったり前だろうがっ、ボケナス! こんな真似してタダで済むと思ってんじゃねえぞ!」


 なんの感情も浮かばせずに人を殺す。

 そんなとこにまでナガミンが落ちちまってんなら、俺もやり方は選んでられねえ。


 戦うんだ。叩いて殴って矯正する。

 俺が良く知る元のせんせーに戻すにはこれしかねえ!


 担任と戦う覚悟を決めて構えた俺だったが……どうもなんの感情もない、ってのは誤解だったようだ。


 何故ならナガミンからは――俺以上の激しい怒気が噴出しているんだ。


「タダで済まないはこちらのセリフだ柴……! お前たちがエニシ様に何をしたか! わからん俺だとでも思ったか!? 先ほどエニシ様の気配が完全に途絶えた……あの絶対なる御方の一人であり、俺の直属の支配者でもあらせられたエニシ様が! お前たち如きに! 敗北することなど――あってはならないというのに!!」


 闇のオーラを全開に槍を構えるナガミン。へっ、忠誠を誓ってたご主人様がやられてブチ切れってか。そしてその仇を自分の手で討とうとしてると。


 エニシ本人が聞いたら喜ぶよりも鼻で笑いそうなもんだが、それすら今のナガミンにはどうでもいいことなんだろう。


 俺たちを殺せさえすれば、それでいい。

 濃密な殺気がそれを物語ってるぜ。


 ――だったら迎え撃つ。


「柴くん! ……っ、シュルストー!」


 互いに動く、という直前で最上階に委員長がやって来た。

 委員長だけじゃない、その後ろにはみんなもいる。


 見ただけで全員が状況を察せたらしく、アルメンザとサラが気を失っているスレンの下へ駆け寄り、委員長とレヴィ、それとメモリは俺と一緒にナガミンと対峙した。


「申し開きのしようもない、柴くん。僕はシュルストーの転移を防げなかった!」

「防ぐほうがムズいだろ、なんかのスキルでもねー限りはよ」

「いえ、魔法だろうとスキルだろうと発動の暇を与えなければよかっただけよ。痛恨の極みだわ……アルメンザ! スレンさんはどうなの?」


「ち、遅延魔法が発動して今は胸も腕も出血が止まっています。でもこれはあくまで水で覆って傷口を塞ぐだけの緊急措置ですから……」

「私に任せてください。大怪我ですけど、スレンさんほどの方なら治りきる前に死んでしまうようなこともないはずです」


 アルメンザはポーションを取り出していたが、それよりもクロスハーツで魔力を増幅させているサラが唱える『ヒール』のほうが確実だ。


 元教会勢力という肩書きの意味をアルメンザもよく知ってるんだろう、特に反対意見もなく「お、お願いします」と大人しくスレンを任せた。


「……わたしたちは、あの男をどうにかする。『邪法・屍細工』」


 言いながらメモリは骸骨が変形した大弓を引いて即座に魔力の矢を放つ。

 物静かなのに意外と好戦的なメモリらしい果断な射撃だが、ナガミンは余裕をもって槍で矢を叩き落とした。


「どうにかするだと? できると思うのか、特級構成員エンタシスを欠いた今のお前たちに!? 小粒が数だけ揃おうと無意味だと教えてやる!」


「教えてもらおうじゃないの……誰が小粒なのか!」


 猛るレヴィがナガミンに迫る。彼女の鋭い飛び蹴りをナガミンは体の軸をずらすことでやり過ごそうとしたが、まだ地に足つかないうちからレヴィの体勢がくるりと入れ替わる。


 接近した状態から繰り出された鉞のような回し蹴りがナガミンを捉えた――が、その蹴り足は槍の持ち手部分でしっかりと受け止められていた。


 弾かれて顔をしかめながら着地するレヴィの前で、ナガミンの魔力が膨れ上がる。


「『ダークライン』!」

「『サンダーブリッツ』!」


 真っ黒な一本線を描きながら振るわれる槍はレヴィだけじゃなく俺たち全員を標的にしていた。


 そこへ電光石火の速度で委員長が突っ込む。


 槍が振り切られる前に剣を叩き付け、黒いラインは明後日の方向に向いたまま壁の一部を削るだけに留まった。


「特定属性を無効化する力はあくまで鎧に宿っているもの。その槍に【闇の加護】は働かない……!」


「スレンティティヌスが見抜いたことだろう? 偉ぶるなよ、新条! ――ちっ!」


 魔法攻撃は防げたものの委員長の突撃はナガミンにダメージを与えられてはいないようだった。


 すぐに剣を弾き、返しに槍を突く――ところへまたメモリの矢が迫る。顔面目掛けて飛来するそれをナガミンが鬱陶しそうに飛び退いて躱した。【闇の加護】ってのは敵の闇属性は無効にできねーらしいな?


 こりゃナイスな誘導だぜメモリ。

 俺の拳が届く位置に、ナガミンのほうから来やがった!


「【技巧】・【死活】――」


「ぬっ……、」


「三連【黒雷】!!」 


 エニシにも大打撃を与えた強化【黒雷】の三連撃はちゃんと当たった。当たりは、したんだが。


 クリーンヒットはしてねえ。


「これは……驚いたな。なかなかの威力を叩き出すじゃないか柴。俺が相手でなければ、な」


「くそがっ、なんつー厄介な鎧だよ!」


 拳による物理的な威力と、雷属性と死属性。【黒雷】はこの三つが合わさっている攻撃スキルだ。逢魔四天にだってしっかりダメージを与えられたんだからその性能は折り紙付きと言っていいだろう。


 だがナガミンには、どうにも相性がよろしくねえ。


 打突は鎧そのものに阻まれるし、雷属性は鎧の持つ能力で無効化されちまったのが手応えでわかった。


 そんで頼みの綱の死属性も、闇属性の鎧に対してはいまいち通りが悪いようで……つまりは三つの要素が尽く無力化されちまってるってことだ。


 これじゃあいくら【死活】で強化しようが【技巧】で連打しようが大したダメージにゃならねえぞ。


「スレンさんが手間取ってた理由がよくわかるな。こりゃ根気強くいくしかねえか……」


「ははは! 柴、お前の口から根気強くなんてワードが出るとはな。異世界はやはり人を成長させるらしい」


「そーかもなぁ。ナガミンくらいだろうよ、マイナスに成長しちまってんのは」


「ふん……さて、それはどうかな」


「あぁ?」


 やけに含みのある言い方が気になった。だが、そのことを訊ねるよりも先に別の異変が起こった。


「なんだ、壁が――いや。天井が!?」

「くっ、今度はなんなのよ!?」


 エニシの鞭でも砕けなかったこのフロア。堅いはずの天井の一角が――ガラガラと音を立てて崩れた。


 それは外部から何者かに破壊されたせいだ。

 と、俺たちを悠然と見下ろすその人影を見て理解した。


「……いちいち壊すな、ドレッダ。そこに出入り口が開いているだろうが」

「すみません。急いでいたものですから」


 ナガミンの注意に、謝罪しながらもこれぞまさに無感情だと言える凪の表情と口調で返すそいつは……どうやら新たなる魔皇軍の一員のようだった。


インガ戦を書いてる時には100話以内でエニシ戦も終わってる想定だった……と言ったら笑ってくれるかい?

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