15.鼠さんからの贈り物
「ついたな、街に! いやー、ようやく人の集まる場所に来られたぜ」
「やりましたねゼンタさん……は、早くご飯にありつきましょう」
【悪運】のスキルのこともあって、ゴリラ以外からも襲撃を受けるんじゃねえかと警戒していたんだが、別にそんなこともなく。
ごく普通に街についたよ。
まー最後らへんは通りがかった荷馬車に乗っけてもらったんだけどな。
それはよかったんだが、その前にけっこう歩かされたもんで疲れはある。俺はまだしも、数日ろくに食っていないらしいサラなんかはもうミイラなのかってくらいに頬がこけてる。
これじゃボチよりよっぽど【召喚】から出てきたモンスターらしいぜ。
「よく来たな! ここはポレロの街だ。安くで美味いメシが食いてえって? それならマーケットへ行きな。色んな食材が格安で売ってるぜ!」
「ポレロって、なんか間の抜けた響きの街だな」
「そんなことよりマーケットへ行きましょう!」
質問に答えてくれたおっちゃんに礼を言って、教えられたマーケットとやらに向かう。
サラのやつ、そんなぐいぐい手を引っ張らなくたって行くっての。
つか力あんな、くたびれてる割にはよ。
「ここですね!」
「おー、人がいっぱいいるじゃねえか」
そこは露店や屋台の集合場だった。おっちゃんが言ってた通り、肉に魚に野菜、食材がなんでも並べられて売られている。軽食を出すようなところもたくさんあるみたいだ。声を張り上げて商品を勧める店主に、それに負けないテンションで値切りを持ちかける客……とにかく活気があるな。
しばらくの間、戦闘時以外はものすごく静かな森の中で暮らしていたもんで、今の俺にはかなりの喧騒に感じられるぜ。
「こらあんた、売りもんをつまむなっていつも言ってるだろ! 今日という今日は……!」
「げっ、見つかった! わ、悪い母ちゃん、ついつい小腹が……堪忍してくれぇ!」
「あそこの親父さんまたやってるぜ」
「いつものことだろ? あの腹を引っ込めないことにはつまみ食いもなくならいな」
「えっとねー、今日のおすすめはー……これ! マッスルカボチャ、すっごくおいしいよ!」
「あぁずるい! そんな笑顔でオススメされたら買わないわけにはいかないよ……はい、これお代金。ちゃんと仕舞ってね」
「えへへ。ありがとー、おねえちゃん」
「でゅふ。ど、どういたしましてぇ。ねえ、君は何時ごろ仕事上がりぃ?」
「ほえ?」
「おーい、おばちゃんいねえのか! 娘さんがやべーのに目ぇつけられてっぞ!」
「料理は火力! 火が命ヨ! 赤子泣いても火は消すな! 料理の神髄を見せてやるヨー!」
「す、すごい! なんてフライパン捌きだ! 火と食材が踊ってるぞ……!」
「さすがはテッカさんだ。まさに火が付いたような調理法だな」
「いや待て……あれ本当に燃えてないか?」
「うぉおおおあっちぃいいいい! でも料理はやめられないヨ!」
「テッカさーん! 火が燃え移ってる! 服まで燃えてるから! やめないと死ぬぞぉ!」
「わあ。本当に賑やかなとこですねー」
「賑やかっつーか、ところどころ事件が起きかけてねーか?」
わあ。で済ませていいもんかどうか。
ま、どうでもいいか。
「ところで何を食うんだ?」
「何が食えるんでしょう……このなけなしの二百リルで」
「リル?」
「あ、来訪者さんにはわかりませんよね。リルというのは、全地方共通のお金のことです。お金って、知ってます? 私たちはこれを使って物品のやり取りをするんですよ」
「それくらいはわかるわ。原始人か俺は」
にしても、二百リル?
見た目はコインって感じだが、それって円だとどれくらいなんだ。
気になったがサラに訊ねるよりもその辺の売り物と比べたほうが確かだろう。
と思って見てみたら、具が肉メインのサンドイッチが三百リルで売られてた。
試しにこれを円で想像してみると……まあ、具はかなり豪華だし、大きさもあるし、それにしてはかなり安いなって値段だな。
他の商品もいくつか確かめるが、さっきのおっちゃんの言ってた通り、お得な価格帯ではあるが日本円にしても大して違和感はなかった。
つまりだ。
「二百リルって二百円くらいじゃねーか! そんなんでたらふく食えると思うなよ馬鹿たれ!」
「で、でも、さっきの人は格安で買えるって……」
「限度があるわ!」
「お困りのようだね」
「「へっ?」」
突然の言葉にサラと声を揃えて驚いちまった。いつの間に傍にいたのか、声をかけてきたそいつは「急に失礼」と気障な仕草で帽子を取って頭を下げた。そしてそれを被り直しつつ、
「見たところ空腹だが先立つものがないご様子。よければ、これを受け取ってくれたまえ」
じゃら、とそいつの手からサラの手に移ったのはリルに間違いなかった。
「わ! い、いいんですか鼠さん!」
「鼠さん……」
その呼び方にちょっと意外そうな顔をしているそいつは、確かに鼠っぽかった。
鼻先の尖り方とか、髭とか。あと頭の上に鼠の耳もあったし。
それでいてつばの広い帽子に、マントを羽織り、長靴を履いている。
これだと『長靴をはいた猫』ならぬ『長靴をはいた鼠』だな。
「ふふっ、そうだね。それは鼠さんからの贈り物さ。お金でもなんでも、困っていない人よりも困っている人のところへ渡るべきだからね」
「おいおい、ただの親切だってのか? 見知らぬ他人に金をあげるのが?」
どうしても胡散臭い奴を見る目付きになっちまうぜ。サラはサラで、目の色を変えて手の中のリルがいくらか数えているようだが、色んな意味でこうはなるまい。
「疑われるのは、悲しいことだね。ぼくたちはもう他人なんかじゃないだろう? 袖振り合うも他生の縁。ぼくは君らが困窮していることを知った。そしてそれを解決してあげたいと行動に移した。それだけのことさ」
そう言って、鼠っぽいその『女の子』は小さな歩幅で歩き去っていく。
「あ、おい! ホントに使っちまっていいのか、これ! 後で返せっつっても返せるかわかんねーぜ!」
「いいとも! それはもうぼくのじゃないんだから、返金は求めない。どうぞ遠慮なく使ってくれたまえ!」
片手を上げて背中越しにそう答え、そいつは人混みへと消えていった。
セリフから何から、見た目に似合わん格好良さだな。
外見的には、鼠らしい特徴を除けば十歳にもなってないようなただの子供だってのに。
「二万リル! 二万リルもありますよ――ってあれ? 鼠さんはどこに?」
「どんだけ熱中して金勘定してんだおめーは。あいつならもう行ったよ」
「そうなんですか……もっとちゃんとお礼したかったな」
「俺も名前ぐらい聞いとくべきだったか」
なんか妙に気取ってたし、素直に教えてくれたかは怪しいところだが……ま、この街にいるならまた会えるかもしれんしな。そん時には改めて礼を言うとしよう。
「じゃあ。食べましょうか……!」
「な、なんだよその迫力は。ちょっと怖ぇぞ」
「いいから行きますよ! フォロー・ミー!」
「わかったわかった、少しは落ち着けよ……」
腹を空かせた俺たちは、丁度出来上がったテッカとかいう人の『火の殿堂・黄金チャーハン』を食った。
すんげえ美味かった。
他にも何人も食ってたけど、皆ものすごい勢いでかき込んでいた。
もちろん、一番勢いがあったのは俺の隣の人。つまりはサラだ。
その隣に座る大男が小食に見えるほどの量をものの数分で平らげていた。
いくらチャーハンが食いやすい料理だっつってもこの食い方はさすがに毒じゃねーかと心配したんだが、当の本人はケロッとしてやがった。
「ぷはー……食べた。食べましたよ。私、勝ちました……」
「何にだよ」
ただでさえ大盛の黄金チャーハンを一人で五人前も一気食いしたからには、飢えも満たされたことだろう。実際妊婦みてーに腹が膨れてるしな。
ごくごくと美味そうにコップを傾けて水を飲んでるサラの横で、リルの残りを確かめる。
チャーハン一杯で四千リルもしたからな。それが六人前と、俺が今食ってるデザートの杏仁豆腐が五百リル。
合計で二万四千五百リルの出費か。……うん? 二万四千五百……。
「予算をオーバーしてるじゃねえか!? これじゃ払い切れねえぞ!」
「えー!? もう、デザートなんて頼むからですよ!」
「お前にも一口やったろうが! つうかそれを言うならお前の食った分がデカいっての! なんぼ腹減ってても食いすぎだろ!」
「だって! 私はお腹がぺこぺこだったんですよ!?」
「だからそれがどうしたー!」
「あー。楽しそうなとこ、ちと悪いネ?」
「「ぎくっ!」」
またしてもサラとまったく同じリアクションを取っちまった。
固まる俺たちの背後には、チャーハンの作り手であるテッカがいた。
ちなみにテッカは、猫の顔をしている。さっきの鼠の少女よりも猫感が丸だしで、手とか足も人のよりも猫っぽい見た目だ。
だが一見すると可愛らしいはずのその容姿が、俺たちにとってはひじょーに怖く見えた。
「払い切れないとかなんとか、聞こえたネ。もうすこーしだけ詳しくお話聞くから……あっちへ移ろうカ」
俺たちがその言葉に大人しく従ったのは、言うまでもない。