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149.さあ、勝とうじゃないか

 筆舌に尽くしがたい、ってのはこういうときに使うべき言葉なんだろうか。


 荒れ狂う海洋生物を模したペットの群れと縦横無尽に空間を切り裂く水刃との終わりのない戦争をただ呆然と眺めながら、俺はそんなことを思った。


 エニシのペットが俺と戦ってたときより明らかに巨大化していることもその一助だ。


 奴が足場にしてる小島みてーなのはデカくても動かないからいいんだが、俺とスレンを食おうとしてくる連中は問題だ。鮫とか鯱とか鯨とかな。


 そいつらはその辺りの生き物にそっくりで、しかも本物より大きくて凶暴だ。水に満たされたこの世界でこうも自在に戦力を整えられるエニシはやっぱ異常だぜ。


 だがスレンだって負けてない。


 あちらからもこちらからも多量に出現する泥魚を切り刻みただの泥に戻して、水中へ叩き返す。偽界の中での水刃は規模と数が増したうえに速度も向上してるようだ。


 群がる魚を卸しつつ、離れた位置にいるエニシにも水刃を発射する。


 高い次元で攻防を成り立たせる――エニシを相手にこれができる奴が他にどれだけいるんだかな。


 ただネックなのが、偽界でもスレンは自分の周辺からしか水刃を起動できないってことか。水中を泳ぎ回ってどっからでも襲えるエニシのペットとの差がそこで出てるように見える。


 エニシはエニシで自分に飛んでくる水刃をペットを使い捨ての壁にしたり自ら鞭で叩いたりと忙しなく防御もこなしてるが、奴にはそれでも余裕がある。


 現状、攻め込まれているのはどちらかと言えばスレンだ。


 守りに割く手数のために攻めに回せる水刃が少ない。だからエニシに余裕で対処されちまってんだ。


 その顔色は平常そのものだが、戦いぶりを見るにスレンにエニシほどの余裕はなさそうに見える。


 このままだといずれ押し切られるんじゃないか……そんなイヤな目算が俺の頭に浮かんじまった。


「スレンさん、現実どうなんだ? 俺には偽界使い同士の戦況なんざ読めねえ。勝ってんのか負けてんのか教えてくれ」


「……うん。認めたくないが、少々分が悪い。最悪とは言わないまでも私と奴の偽界の相性が悪いことは確かなようだ。こちらの偽界の強味がほぼ殺されてしまっているというのに、あちらの偽界の強味はほぼそのまま活きているからね」


「……!」


 残念なことにそれは俺の見立て通りの感想だった。


 そもそも敵を溺死させるのが主目的であるスレンの偽界だ。水底に沈まない奴がいたとしても水刃の物量でバラバラにして終わり。それが必勝パターンなんだろう。


 けれどエニシはマンタの小島で足場を確保し、水刃の物量すら自身の持つ物量でやり込めることに成功してる。うまいことスレンの偽界に対応してみせている……。


 それと比べれば、沼地という動きづらい場所での戦闘を回避できたとはいえ、ペットの量産という能力になんら歯止めを利かせられていないスレンのほうは、とてもじゃねえがエニシの偽界をやり込めてるとは言えねえだろう。


 なんとか均衡を保てている。

 そういう評価が適切か。


「あらあらぁ、どうしたのかしらスレンティティヌス? 手緩いわね! あのゴミのように死んでいったエンタシスのほうがまだしも歯応えがあったわよ。復讐のために私の下へ来たというのなら、せめてもう少しくらい楽しませてほしいものだわ!」


 主導権の握り合いは白熱してるが、エニシには自分優位という自覚があるんだ。腹立たしい顔で腹立たしいことを言ってきやがる。


 ムカつくが俺たちが追い込まれてるのは事実なんで歯噛みするしかない。


「大丈夫、必ず勝つさ。私は絶対にあの女を滅してみせる。そして君のことも守る。単身で逢魔四天を足止めするという無茶を頼み、見事に果たしてもらった身だ。何があろうとも君だけは五体満足で戦いを終わらせるつもりだ。だから私の傍から離れるなよ、ゼンタくん」


 ニコリ、と口元に優しい笑みを浮かべてスレンが言った。

 視線だけは決してエニシから外そうとしないが、死闘の最中にも俺のことを安心させようっていう気遣いが伝わってくる。


 そうだ、この状況で俺ができることなんて、精々が身を縮こまらせてスレンの邪魔にならないように気を付ける。それくらいしかねえ。


 敵も味方も規格外。


 自分専用の世界を作り上げちまうような二人が、全力全開で互いを殺そうとしてんだ。


 武器も出せねえ、使い魔も召喚できねえ、ただ拳を振り回すしかできなくなってる今の俺にやれることなんて何もない。


 だから、守られるしかない――?


 ……いやそうじゃない。そうじゃねえだろ、柴ゼンタ!


 力がないから何もできないだぁ? そんな風に考えるくらいなら、委員長に完敗した時点で尻尾巻いてこのクエストから降りてたさ!


 やれるやれないじゃない。

 やるか、やらないか! 


 いつだって男ってのはそういうもんだろうが!


「……クールタイムは終わったぜ、スレンさん」

「ゼンタくん?」

「俺にも手伝わせてくれよ。あのクソ女を今度こそ参らせるために」


 俺がスレンの背中でじっとしてたのは、ただ指を咥えて観戦するためじゃあない。


 切れちまった【活性】が再発動できるようになるのを今か今かと待ち構えてたんだ。


 そしてようやくそのときがきた。現実時間で言やぁ短いんだろうが、ただ守られるだけだった体感時間ではべらぼうに長く感じたぜ。


 だがこれで俺も多少の無茶が押し通せるようになった!


「本気なのかい、ゼンタくん。敵の支配空間で戦う恐ろしさを君は十分に知ったはず。それでもまだエニシへ立ち向かうというのか。……今度こそ本当に死んでしまうかもしれないんだよ」


「承知の上さ。スレンさんが押し切られたらどうせ死ぬんだ。だったらやるだけやらねえと化けて出ることになっちまうぜ。……なあスレンさん。俺ぁ死ぬことは怖くねえ。なんもできずに死ぬのが怖いんだ」


 やらせてくれ。真剣にそう頼む。


「――、」

「……、」


 ちらりとスレンの目が俺を捉えた。視線の交錯は一瞬。すぐにエニシへと戻ったが、けれどスレンは深く頷き。


「わかった。また君を頼らせてくれ」


「うっし! 俺は何をすりゃいい? あいつに特攻でもかますか? それともこの臭ぇ泥魚どもを引き付けとくか?」


「うん、その前に少し確認なんだが。エニシはダメージを負っているように見える。偽界を開いた消耗によるものじゃなく、物理的なダメージの気配だ。……うん? ああ、怪我もなければ血の一滴も出てはいないが、あれは欺瞞さ。奴は人間とは違うからね。しかし私の目は誤魔化せない。そこで確認したいのは、奴にダメージを与えたのは君で間違いないのかということだ」


 空中からも水中からも次々と牙を剥き出しに飛びかかる野蛮なペットを切り裂きつつ、普段調子でスレンが訊ねてくる。


 俺からするとこっちもかなり人間やめてるが、この均衡状態はいつ決壊してもおかしくない。のんびりはしてられん。


 だから俺も大雑把にだが、エニシ相手にも一応は通る攻撃手段があることを大急ぎで伝えた。


「ほう。そうかい、それは上々。なら作戦は決まったね」


「作戦?」


「うん。現在の攻防の割り振りはおおよそ4:6といったところだ。これを奴への攻撃、君の防御、私の防御という分け方で5:4:1に振り直す」


「……! でもそれじゃ、スレンさんが危ねえぞ!?」


「君だって危ない。今は一塊になって守り重点に『アクアカッター』を操っているからこそ保たれている安全だ。別行動をするならどうしても、君のための守りは半減することになる。そんな状態で君は――エニシへ近づき、その近距離専用だというスキルで攻撃しなければならない」


 やれと言われればもちろんやる。

 やるなと言われたってやりたいくらいだ。


 だが、自分のための守りを最低限以下にしちまうつもりのスレンの身がやはり心配だ。


 命もそうだが、死なないまでも瀕死になったりしたらおそらく即座に偽界は解除されちまう。スレンの意思とは関係なく、な。


 そうなりゃ俺もエニシには近づけねえ。さすがにスレンの援護なしじゃ『泥願羅生沼』には太刀打ちできやしない。


「そうだね、攻勢に出ると言えば聞こえはいいが、結局のところこれは賭けだ。一世一代の大博打と言っていい。だが敵は正体不明なれど魔皇を謳う人物擁する逢魔四天。紛れもない強敵だ。安全策で勝利を掴める相手だとは私も思っていない――故の博打。命を懸けるなら今ここだ。互角の偽界の中、君というジョーカーを抱える私が勝負に出るならこのタイミングなんだよ」


 ――さあ、勝とうじゃないか。


 そう言ってスレンは微笑んだ。それは死を覚悟しつつも、死を撥ね退けんとする強い笑み。


 そこまで言われちゃ、反対なんてできやしねえ。


「死ぬなよ、スレンさん」

「君もね」


 俺はスレンよりも前に出た。それを見てエニシは怪訝そうに小首を傾げた。今更俺が何をするのか、って顔だな……はっ、そこでアホ面晒して待ってろ。


 すぐぶっ飛ばしに行ってやっからよぉ!


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