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144.覚悟には敬意を

「がふっ……くそがっ!」


 すぐに次が来る。それがわかってる俺は壁際から飛び退いた。

 その直後に、俺の背後にあった壁へ深々と突き刺さる鞭。


 そう、鞭だ! エニシがペット任せではなく、自らの手で戦うときに使うメインの武器は鞭であるらしい――けっ、よくお似合いじゃねえか!


「二度目でもう躱す? いい目をしているわ」


 壁にめり込んだ鞭の先端を外し、手元に回収するエニシ。評価されたって嬉しくねえ……嫌いな奴からの評価ってのもあるが、ちゃんと目で追えてたわけじゃなく今のはほとんど勘(とスキル)での回避だったからだ。


「ったく、鞭をどう扱えば壁に刺せんだよ。それともその鞭が特別なのか? お前が持つにしちゃあ地味な代物に見えるがな」


 なんの変哲もない、鞭と聞いて万人が思い浮かべるようなごく普通の鞭。目に映ったまんまの感想を述べてやれば、エニシの口は小さく弧を描いた。


「地味なんて言わないであげてちょうだい。これは弟が私のために造ってくれた物なのよ。造形が味気ないというのは確かな事実だけれど……まあ、弟は私と違って美的センスには欠けているもの。そこは期待するだけ無駄よね」


 だけど気に入っているわ、とエニシは締める。

 そりゃそうだ、気に入らん武器をわざわざ使うはずもねえ。


 しかもあの鞭……目にも留まらねえ速さはエニシ本人の技術だとしても、明らかにリーチがおかしい。あの長さで俺のいる位置にまで届くはずがねえんだ。


 あれは伸縮自在。少なくともこのフロア程度はカバーできる。それぐらいに考えて立ち回ったほうがいいな。


「――っとぉ!」


 床にキスする勢いで姿勢を下げる。頭上を風切り音が横薙ぎに通っていった。また奴の鞭が俺を狙ったんだ。

 強敵相手で俺の気が昂ってんのが原因か、さっきから【察知】スキルが上手い具合に働いてくれている。そうでなきゃ今頃滅多打ちにされてたぜ。


「大した反射神経ね。ますます改造が楽しみだわ……うふ」


「知らねえのか? 皮算用ってのは無駄に終わんのがお約束なんだぜ」


「あらぁ、そうとは限らないわよ。私たちの場合はね。だっていくら避けるのが上手くたって距離を詰めないことには貴方、どうしようもないでしょう? 言わずもがな、近づくほどに避ける難度は上がるわよ。その位置でも大変そうにしていて、果たして私に致命打なんて与えられるのかしら……?」


「……、」


 まあやっぱ、バレるわな。


 エニシと直接戦ったわけじゃねえが、ペットを百体以上ぶちのめしていながらその間一度も遠距離攻撃をしてないってのは、誰が見てたって不自然に思うだろうよ。


 あるいはそれが一世一代のブラフで飛び道具を隠し持ってる……なんて線も考えられなくはねーはずだが、決闘したときのカスカと違ってエニシはその可能性を完全に切って捨てているようだ。


 俺には近接戦しかない。『不浄の大鎌』まで失った今、最大射程は精々が【黒雷】の届く一、二メートル。その【黒雷】だって打撃に乗せて打ち込まないことには本領が発揮できねえ。


 そういう諸々をエニシは正しく見抜いてやがる……ちっ。

 レベルアップの餌にできたのはいいが、こっちの手札も見せちまってるのは痛いな。


 だが、だったら俺は――。


「てめえの想像通りの戦い方だけで、想像の範疇を超えてやるよ……!」

「うふふ。できるの?」

「できるに決まってらぁ! 【死活】と【活性】を発動!」

「!」


 遠距離攻撃はそもそもできねえから使ってねえ。それは当たってる。だが俺にはできるのにあえて使ってなかったスキルもある――それが身体強化のスキル【活性】。そしてもうひとつ、スキルの効果をなんでも強化できるスキル【死活】だ。


 手札をほぼ晒しちまってるのは本当だが、まだ切ってねえもんもある。

 そしてそいつをどう切るか次第で戦況は大きく変わるはず!


「闇のように暗いオーラ……だけどそれはあの鎌とも黒い雷ともまた違うようね」


「すぐにわかるさ――歯ぁ食い縛れっ!」


 真っ直ぐだ。まずはそれでいい。

 ただ速さのみを求めてエニシへ直線に突っ込む。


 さっきまでの俺ならあくび混じりに鞭で打ち据えられてただろうが、今はそうはならねえ。【活性】は数値でこそ確かめられねえが俺のステータスを跳ね上げてくれるもんで、しかもそれをさらに【死活】で倍増させているんだ!


 俺の著しい強化にやはりエニシも瞠目していた。咄嗟に鞭を繰り出してくるが、俺は少し進路をズラすだけでそれを躱す。既に通り過ぎた場所をバチンと鞭が跳ねる音。


 それが耳に届く頃にはもうエニシが眼前にいた。


「なんですって……!」


 こうも急に俺の動きがよくなったことに、さしものエニシも動揺が隠せてねえ。それでこそここまで【活性】を我慢したかいがあったってもんだ。


 エニシは俺がしこたまペットたちに痛めつけられた場面を……危うくそのままお陀仏になりかけた場面も何度か目にしてる。


 だからこそ隠し玉があるなんて思わねえわな。

 俺はそこに賭けていた。


 ――この一撃を食らわせるためになぁ!


「【死活】……【黒雷】!」


「っ……!」


 奴の鞭が翻って俺を叩くよりも速く。

 重い雷鳴とともに俺の拳はエニシへと届いた。

 クリーンヒット。その確かすぎるまでの手応えを感じて。


 だから俺を舌を打った。


「硬い……!」


 インガほどじゃねえが、しかし脳裏にあいつの憎たらしい面が浮かぶくらいにゃ硬い。

 およそ人間の女らしいその見た目からは信じ難いほどの異様な堅牢さを、拳で味わった。


 その感触が間違いなく現実のもんだっていうことを、多少押し込まれながらも膝すらつかずに踏みとどまったエニシの姿が教えてくる。


「く……なるほど、ねぇ。近づくための布石。貴方の策は既に出来上がっていたのね。あれだけの数のペットに囲まれながら、全ては私との戦いのために……ふふっ」


 少しは苦しそうにしてはいるが、不調はそんくらいか。内臓を抉るつもりで腹をぶん殴ってやったってーのに、口から血の一滴も出てこねえ。わかっちゃいたがやっぱこいつは人間じゃねえ。


 一撃入れた俺のほうが顔を顰めて、食らった側が笑う。

 そこに埋めがたい地力の差を感じて唾を吐きたくなったが――そこでエニシの顔から、初めて笑みが消えた。


「覚悟には敬意を示しましょう。どうせ私が勝つゲーム……それに変わりはないけれど。ゼンタ・シバ。貴方という一人の戦士に、『逢魔四天』として。最大限の敬意を以って――殺します」


「……!」


 吹き荒れる嵐のような殺気。

 対面したそのときから常に俺が奴に向かって抱きながら、しかし奴のほうからはまったく感じられなかったそれが……ここにきて初めて、そして痛いくらいに肌を突き刺してくる!


「『華鞭殺・乱』」

「【武装】、『骨身の盾』!」


 距離はそんなに離れてない。

 本当ならもう一回殴るために前進したいところだ。


 けど俺はそれをすっぱりと諦めて後ろへ下がった――全方位へ狂ったようにのたうち回る鞭の圧倒的な密度を前にはそうするしかなかったんだ。


「ぐぅっ!」


 骨の盾越しにも手痛い衝撃が身体を叩く。

 だが後退の判断が早かったおかげで鞭の渦に飲み込れることはなかった。

 そしてこの盾である程度は鞭から身を守れると知れたのも大きい。


 最初の一発と今の掠っただけの一発。それだけでHPバーの三割近くがなくなってることに冷や汗をかきつつも、しっかり盾を構えながら鞭の渦にどこか隙間や多少でも密度の薄い場所がねえかと観察、しようとして。


 その途端にピタリと鞭の暴乱が止んだ。


「『華鞭殺・孔』」


 ズドン! と迫撃砲が発射されるような撃音が響く。


 もちろん撃ち出されたのは砲弾じゃねえ、鞭だ。しかし鞭の常識を覆すように真っ直ぐ迫るそれを見て、直感が激しく警鐘を鳴らす。くそっ、今からじゃもう避けられねえ! だったら!


「ちっ――ぐおぁ!?」


 俺が選んだのは『骨身の盾』で鞭を受けるのではなく、弾くという手法だった。


 まともに受けては死ぬ。


 その予感に従って半ば盾を捨てるようにパリィを選択した俺の思い付きはどうやら正解だったみてえだ。


 弾けたのは鞭ではなくむしろ『骨身の盾』のほうだった。一発は俺を守ってくれた盾が呆気なく砕け散る。

 だけどその犠牲によってなんとか俺は助かった――それでもHPはゴリッと減ったが、正面から受けてたら盾が間にあっても瀕死へ追い込まれてたかもしれん。


「『華鞭殺・室』」


「!?」


 またしても【武装】のひとつを失いつつもどうにか窮地を乗り切った、なんて安堵する間もなく……俺の腰には鞭が巻き付いていた。


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