143.一対一
一発でも食らえばアウト。
確かな死の予感を伴って迫ってくる舌たちへ、俺は自分から突っ込んでいった。
「【集中】発動……!」
後ろに躱すってのはてんでダメだ。カエルどもの舌がどんだけ伸びるかわからねえからな。そんで左右もダメだ。ひょっとしたら直角にだって舌は曲がるかもしれねえ
だから前しかないんだ。
まだ舌と舌の間に体を入れられる隙間があるうちに、自ら飛び込む。
問題はそんなことをすればどうしたって棘のひとつやふたつに触れちまうってことだが、【集中】を発動しちまえばそんなヘマとは無縁になれる。
うし、しっかりと見える。かなりの勢いで発射されたはずの十二本の舌がめちゃくちゃスローに感じるぜ。
これは加速じゃなくあくまで俺の認識と体感の時間を極限まで伸ばしているだけなんで、自分の動きもスローではあるが……それは要するにじっくりと見て考えながら体を動かせるってことだ。
すり抜ける。ここしかないっていうピンポイントへ頭から突っ込んで――体すれすれを通って棘たちが後方へ去っていく。そこで時間が元に戻った。着地と同時に【集中】を解除した俺はすぐに別のスキルを発動させた。
「はぁあああっ! 【黒雷】!」
そのまま十二匹の死のカエルたちへ接近し、舌を戻すよりも先に黒い雷を見舞ってやった。
状態異常は脅威だがカエル本体の反応は鈍く、苦もなく全滅させることができた。
『レベルアップしました』
カエルたちの経験値でちょうど次のレベルへ達したらしい。これで35。戦い初めてから五回もレベルアップしたことになる。
ふうと頬についた血を拭いながら息を吐けば、感心したようなエニシの声。
「へえ……。これでもダメなのね。どれかに当たってくれれば終わっていたでしょうに、よくやること」
「そんなに勝負をつけたいんならてめえで来いよ、エニシ」
「うふふ。イ・ヤ。自分で戦うのは面倒だし、美学に反するわ。あの子と違って私は戦闘狂じゃないもの……それに」
一旦離れていたペットたちが距離を詰め直してまた包囲してくる。
しかもその中には、今まで輪の外で控えていたらしい魔獣ベースのペットも散見される。蛇っぽいのやサイっぽいの、中にはカマキリみてーな虫型まで何匹かいる。
どいつもこいつも厄介そうだ。
「まだこんなにペットが残っているじゃないの。貴方の素晴らしい奮闘で半数を切っているけれど、より質の高いのが残ってしまっているわよ? それでもやれる? 私にまで辿り着ける……? うふ、うふふふふ」
「馬鹿が。その余裕ぶった態度がてめえの底だってことでいいんだな? だったらもう黙ってろ。手早くこいつら片付けて、すぐにてめえも後を追わせてやるよ」
個体ごとに様々な戦法を持つペットとの戦闘は正直言って気疲れする。単純に数が多くてプレッシャーだしな。
だが、こいつらは貴重な経験値をくれる。
エニシという本命と直接ぶつかる前にできるだけのレベルアップはしときたいところでもあるんだ。
もうとっくに十分は過ぎてるはずだが、まだ援軍が駆けつける気配はない。
そりゃつまりナガミンがスレンと委員長の双方相手に互角の戦いを演じてるってことだ。
下の二人だって、その下の四人だって俺と同じく激闘を繰り広げてる。
助けなんて端から期待しないほうがいい――だからこそ、エニシが自力で戦うのを勿体ぶる奴で俺も助かってんだ。
「驚きねぇ。貴方のほうこそまだそんな啖呵を切れるだけの余裕があるなんて……ふふ。すっごく欲しいわ。この子たちを失っても貴方の体を手に入れるほうがよっぽど収穫よね。――いいでしょう。乗り越えてごらんなさいな、私のペットたちを。それができるならこの手で直接貴方を素材に変えてあげてもいい。美学を曲げてもそうするだけの価値があると判断するわ」
「はん、どこまでも自分本位な物言いだな。やっぱてめえはインガとよく似てるぜ!」
「……!」
インガの名が俺の口から出たことにエニシは少し意外そうにしてたが、もう会話してる暇はねえ。かなり密集してきた包囲陣に目をやって、俺は手始めに魔獣ベースの一匹を落とすことに決めた。
「シャァア!」
狙った蛇型の奴は鋭い反応で俺へ噛み付こうとしてきやがる。へん、読んだ通りだぜ。俺は焦らずそれに合わせてアッパーを打つ。
「【黒雷】!」
「シャ、」
頭ごと顎が吹っ飛んだ蛇はどさりと倒れ、泥になって崩れていく。その残骸を踏みしめるようにサイ型のペットが俺に突進を繰り出してきた。
「ズモモモ!」
「ぬっ、……っらぁ!」
角を紙一重で躱しながら、脇で挟むようにそこを抱え込む。
サイの力はやはりパワフルでどうしても押されちまうが、俺の武器は腕力だけじゃねえ。
「【接触】!」
「ズモッ……」
ビクリと震えを見せたサイのパワーが一気に弱まった。だがまだ抵抗の意思はあるようだ。人間ベースよりも【接触】の効果が薄いか? だが関係ねえ。多少勢いが落ちればそれで十分だ。
「【黒雷】!」
「ズモォッ」
眉間、と言っていいか知らんがとにかく目と目の間へ拳を叩き込む。
蛇型より硬いんで打った箇所が吹っ飛びはしなかったが、黒い雷はサイ型の皮膚も骨も突き破り、俺の拳は頭蓋を打ち砕くことができた。
「おらおら! どんどんかかってきやがれ!!」
そう挑発するまでもなく、魔獣ベースを筆頭に津波のごとく全方位からペットたちが俺を殺すために駆けてくる。
「――【黒雷】!」
◇◇◇
『レベルアップしました』
『シバ・ゼンタ LV36
ネクロマンサー
HP:192(MAX)
SP:155(MAX)
Str:184
Agi:153
Dex:135
Int:1
Vit:130
Arm:125
Res:74
スキル
【悪運】
【血の簒奪】
【補填】
【SP常時回復】
【隠密:LV3】
【活性:LV4】
【心血】
【集中:LV3】
【察知:LV3】
【EXP取得量微増】
【EXP取得範囲拡大】
クラススキル
【武装:LV5】
【召喚:LV5】
【接触:LV4】
【契約召喚】
【血の喝采】
【偽界:LV2】
【死活】
【死の祝福】
【死の逢瀬:1】
【黒雷:LV1】』
残ったペットたち……三十体はいたか。それらを全部ぶっ倒したところでまたレベルが上がった。
少しだけステータスを確認してみたが、さすがに伸びがすげえ。一歩間違えば死ぬってシチュエーションはやっぱり人を強くするな。
だが新スキルはなしか……いや【EXP取得範囲拡大】というこれまた見るからに有用そうなのが加わっちゃいるが、今は戦闘に役立つもんが欲しかったってのが本音だな。
そこはちと残念だが、まあいい。
レベルアップのタイミング的には最高で文句のつけようがねえ。
ペットが全滅して、ここからようやくの一対一が始まる。
HPにもSPにも不安はなし。……【血の喝采】の昂ぶりもあって肉体的にも精神的にもコンディションは絶好調だ。
つまり。
心置きなく、全身全霊で、全てをかけて。
逢魔四天のエニシと戦えるってこった!
「ふふ、ふふふ。うふふふ――素晴らしいわ。まさか本当に私のペットを全て倒しきるなんてねぇ。そこまで強くは見えないのに。これは私の目が節穴なのか、それとも来訪者って皆そうなのかしら? シュルストーやナキリちゃんも色々と予想を外してくれて楽しいのよね。でも、貴方はあの二人と比較しても異常だわ。だっておかしいじゃないの……人間相手に、こんなにも親近感がわくなんて、ねえ?」
「親近感だぁ? んなもん持たれてもちっとも嬉しくねえな。まさか俺が遠慮なしに元人間を殺したからってそんな風に感じてんじゃねえだろうな? だとしたらとんだ大間違いだぜ。俺に遠慮がねえのは、自分じゃどうしようもねえって知ってるからだ。これ以外にてめえに変えられちまった人間を解放する手段がねえ。それを考えるだけの能も力もねえ……」
そうだ、俺に余裕なんてない。
だがエニシの目には俺のほうこそ余裕ぶっこいてるように映ってるらしい――だったらそれは俺なりのハッタリってやつが上手くいってるってことだ。
このクソ女を前に、ほんの少しでも弱さを見せるのは命取り。
俺の本能がそう教えてくれてるんだよ。
だから俺はあくまでも不敵に、自分が死ぬことなんざ微塵も考えてねえって面で笑ってやるのさ。
「俺にできることはただひとつ。この上なくシンプルなことだけ……てめえを倒す。そうすることでこれから先の未来、てめえの手にかかってただろう連中を救う。それだけだ。それだけでいい。今はそれ以上を望まねえ、だがその代わりに! 確実にここで仕留めさせてもらうぜ、エニシ!!」
「ふふ――お馬鹿さん」
はらり、とエニシが白衣を脱ぐ。
タイトな服装は奴のスタイルの良さを際立たせている。
美貌と合わさって男にはとんだ目の毒だ。
だが戦闘中の俺にとってはエニシの胸やくびれなんかよりも、その手に持たれたとある物のほうがよほど強く目を引いた。
「その僅かな人間性さえ捨てていれば、もしかしたら。貴方もこっち側だったかもしれないのに」
――残念ね。
本当に惜しそうにそう呟いたエニシの腕が、消えた。
衝撃。
「がはっ……!」
一瞬で壁に叩き付けられた俺は、ただ呻くことしかできなかった。
『シバ・ゼンタ LV29+7
ネクロマンサー
HP:151+41
SP:110+45
Str:136+48
Agi:109+44
Dex:95+40
Int:1+0
Vit:91+39
Arm:87+38
Res:50+24
スキル
【悪運】
【血の簒奪】
【補填】
【SP常時回復】
【隠密:LV3】
【活性:LV3】+1
【心血】
【集中:LV2】+1
【察知:LV2】+1
【EXP取得量微増】
【EXP取得範囲拡大】New!
クラススキル
【武装:LV5】
【召喚:LV5】
【接触:LV3】+1
【契約召喚】
【血の喝采】
【偽界:LV1】+1
【死活】
【死の祝福】
【死の逢瀬:1】
【黒雷:LV1】New!』




