141.命を奪う感触
誤字報告感謝ァ!
「あら……その綺麗な殺気に相応しい顔付きになったわねぇ」
俺の雰囲気が変わったことにエニシも気付いたようだ。
まだ何もしちゃいないってのに、さすが逢魔四天ともなれば鋭いな。
「そうだろうよ。俺ってやつは血に酔うタイプなんでね……」
太鼓腹のペットが大量の血で濡らしてくれたもんで、既に【血の喝采】による興奮はマックスになってる。今の俺はギンギンに戦闘意欲が上がってる、言わば戦うのに最適なコンディションだ。
さらにこのスキルには血を使ってHPを回復させる効果もあるが、そっちは機能してない。何故なら。
『レベルアップしました』
十体ばかしペットをやったことでレベルが上がり、HPもSPも全回復してっからだ。ついでに疲労も取り除かれた。
この仕様はマジでありがてぇ。エニシは物量で攻めてくる。一人だけではどうしたってそれにやられちまうだろうが、一匹一匹確実に倒しさえすれば経験値増加のスキルもあって、俺は無限に戦える。いくらでも戦い続けられるんだ。
そしてこいつは絶好のチャンスだと、興奮状態でも冷静な打算が頭ん中で組み立っていく。
「後続もどうせまだいるんだろ? 好きなだけペットを出してこい……お望み通り殺し尽くしてやっからよ!」
「あら。そんな強気な言葉は、まず今いる子たちを全滅させてからにしてほしいわね」
パチンと指を鳴らすエニシ。
すると残りのペットどもが一斉に殺気立った。
目の色が変わっている。無機質だったのがまるで俺に強い憎しみでも抱いてるかのような瞳になってんだ。
腕の痛みで倒れていたマントヒヒも素早く起き上がり、他のペット同様に血走った目で睨んでくる……いやこいつだけは単に焼かれた腕の恨みなのかもしれねーが。
「そうか。洗脳がお手の物ってことは、こういうパワーアップのさせかたも手軽にできるってか」
「うふふ、パワーアップ……いい表現だわ。そうよご明察。この子たちは各種合図で脳への刺激が変化するようになっているの。パターン化ね。より狂暴にしたければコレ。目の前の相手を積年の恨みが積もった不倶戴天の仇だと誤認するのよ。単純だけど、効果は劇的。人間ベースだろうが魔獣ベースだろうが怒りのパワーは凄まじいわ。自分の身体が壊れることなんて少しも厭わずにリミッターを振り切ってくれるんですもの」
「で、そんだけか」
「なんですって?」
「他にもパワーアップ手段があるなら早くやっとけ。それで終わりだってんならちゃっちゃと殺すぜ」
「……ふふ。どこまでも生意気な坊やだこと。ならばやってみなさい」
一斉にペットたちが群がってくる。特にムキムキマントヒヒの突撃は速くて力がある……そんだけ俺への殺意に、怒りに満ち溢れてるってこったろう。
だが、これだけは言わせてもらう。
「――盛大に怒ってんのはこっちもなんだぜっ!」
突進に合わせて拳を叩き付ける。【黒雷】。死属性と雷属性の混合攻撃がマントヒヒの顔面を打ち抜いて焼く。
「ウロォッ……!!」
「まだだろ? もう一発いくぜ――【黒雷】!」
「……ッ、、」
そんときには他のペットどもが怒涛の攻撃を俺に浴びせていたが、無視する。【血の喝采】の効果で痛みらしい痛みも感じねえ。まずはマントヒヒをぶっ殺す。その想いで放った【黒雷】はようやくマントヒヒにも十全に通用してくれた。
くの字に折れ曲がったマントヒヒは全身から煙を燻らせながら吹っ飛んでいった。
ドガンと壁にめり込む勢いでぶつかって、ずるずると奴の体が力なく落ちていく。
――死んだ。
手応えでそれがはっきりとわかる。
はは、【黒雷】で命を奪う感触は癖になるな。さっきまではそう思わなかったからこれはおそらく【血の喝采】の影響だろう。悪いほうのな。
興奮作用は強敵相手にはそれなりに役立つが、こういう面もあるからこのスキルは危うい……ただまあ、今だけは存分に酔わせてもらおう。
ここから俺は、嫌というほど死に塗れることになるんだからな。
「あぁあああああっ!」
気合を入れて拳を握り直す。
一番殴りやすい位置にいた奴の頭を【黒雷】で潰し、ついでにその横にいた奴もぶっ飛ばす。背後からどつかれたんでそれに任せて倒れ床を転がり、何匹かに足払いをしてすっ転ばす。ちょうど足元にあった『不浄の大鎌』を拾いながら立ち、畑を耕すみてーに倒れたペットたちの喉や顔に突き刺していった。
そこに飛び込んでくる脚が発達した二匹のペットたち。
外見通りに脚力自慢なんだろう、左右から飛び蹴りをかましてくるそいつらに合わせて俺も跳び上がり、両脚を開きながら振り下ろした。
「プゲッ!」
「ウゲッ!」
腹を蹴られて似たような苦悶の声を漏らす二匹だが、おそらくこいつらにも再生能力はあるだろう。普通の攻撃じゃ死には至らないはずだ。
だから俺は着地しながら右手に【黒雷】を纏い、倒れたそいつらへ連続で打ち付けた。
どぱん、と殴られた箇所が弾けて脚自慢は絶命する。
この時点で残ってるのはあと二体だけだった。
比較的人間らしさが強く残るフォルムのそいつらは怒りに支配された脳でもコンビネーションを意識したかのように同じタイミングで殴りかかってきたが――まったくもって遅すぎる。
「うおらっ!」
「ギモッ……、」
「せいやぁ!」
「ガボッ……、」
躱しざまに引っ掛けた大鎌の刃で一体の首を落とすように切る。持ち手を入れ替えて短く構えながら近距離にいるもう一体の首にも刃を通してやった。
不浄のオーラに首をやられて生きていられるはずもない。
これで最後の二体も仲良く即死した。
『レベルアップしました』
二度目のレベルアップ。ばかすか打った【黒雷】のぶんのSPを取り戻したぜ。
それを確認した俺は、一息つきながらこきりと首を鳴らした。
「ほらな……俺だって簡単なんだ。てめえの玩具をぶっ壊すくらいのことはよ」
死んだペットは形を崩して泥そのもののようになったあと、急速に風化したように塵になって消えていく。
そんな残骸に囲まれながら鎌をエニシへ向けてやれば……思った通り、奴はまた悍ましい笑みを見せながら白衣を広げた。
「うふ、うふふふ! ならば私も貴方の要望通り、もっと人間を殺させてあげましょう。そうよだってまだまだ――それこそ掃いて捨てるほどに! ペットのストックはあるんですもの……!」
ドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボ!
「……っ!」
おいおいマジかよこいつ……! そりゃあまだ出てくるだろうとは予測してたが、ここまでか!
その白衣のどこにそんだけの物が入ってたんだってツッコみたくなるくれー、もう数えるのも馬鹿らしいだけの泥の塊が辺り一面に散らばった。
ちっ、考えるだけでも恐ろしいことだがそうとしか考えられねえ! これだけの量の泥が全部――。
「そう、これら全部が! 私の可愛いペットたちよ!」
狂気の笑顔で宣言するエニシ。
その言葉に反応しボゴボゴと泥たちが変化を始める。
さっきと同じ光景……だがさっきの五倍はいるかっつー圧倒的な頭数!
こいつぁ少しでも気ぃ抜いたりミスったりしたら、一気にHPをゼロにされちまうな……!
いくらレベルアップを見越してるとはいえこの戦力差はもはや笑えてくるくらいの窮地だ。
けど俺の口元に浮かぶ笑みは、単にヤケクソになってるってだけじゃねえぞ。
――こいつら全員から経験値っつー力を貰ってよぉ。その力で、奥でふんぞり返ってるあのクソ女をぶっ飛ばすってのが……楽しみで楽しみで仕方ねーのさ!
「へっ、【血の喝采】の維持にも丁度いいな……本命前のウォームアップ! 相手役を頼むぜ、てめえらぁ!」
「ほら、獲物がお呼びよあなたたち……やってしまいなさい!」
エニシの号令で百近くはいるだろう異形のペットたちが全方位から押し寄せてくる。
俺はぐっと拳を握る。
「みんな派手にぶっ飛べや――【黒雷】!!」




