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140.殺し尽くしてみなさいな

 『不浄の大鎌』を持って俺は突っ込む。しかしまだそれを振るいはしない。


 むざむざやられに飛び込んできた獲物を前に、エニシのペットはそれぞれがうるせぇ声を喉奥からかき鳴らしながら攻撃してくる。数が数だ、避けられやしねえ。


 だが俺は被弾覚悟でこんなことをしてんだぜ。

 ちょいとと言うには割と多めにHPを削られたがんなことは大した問題じゃねー。


 俺がまずやらなきゃなんねーのは……!


「こいつだぁ!」


 近場のペットたちを突っ切り、脇目もふらずに向かったのは鳥の化け物の下だ。ぐわっと翼を広げて俺に威嚇めいた行動を取ってくるが、どうでもいい。俺はとにかく大鎌を振り上げて怪鳥の脳天に突き刺した。


「グッギィ!?」


「不浄のオーラで死に腐れ!」 


 改めて説明するがこの大鎌は物を斬れない代わりに、こうして刃から出てる不浄のオーラを流し込むことでその部位を駄目にするって代物だ。


 身体の一部くらいならしばらく時間が経てばオーラも抜けるんだろうが、小動物程度ならどこに食らっても一発アウトだし、こいつみてーにデカくても急所に食らえばかすり傷でも致命傷になる。それが頭の中身ともなれば余計だ。


「ク、ケ……、」


 引き攣ったか細い声と痙攣を最後に、鳥の化け物は目から光を失って倒れた。

 へっ、これでこいつに乗ってエニシが逃げることはできなくなったわけだ!


 死んだペットを見てエニシは頬に手を当てた。


「あらぁ、空を飛べる子は貴重なのに……嫌な武器を持っているわね。でもそこで足を止めるのは迂闊が過ぎるんじゃないかしら?」


「ウロロロロ!」


 エニシの言葉に応えるように、ムキムキマントヒヒが俺に殴りかかってきた。

 巨腕の殴打は見た目通りに重い……!


「ぐぅおっ!?」


 腕を折りたたんで受けたがとても抑えきれはしなかった。

 ミシミシと俺の体が鳴って、そしてぶっ飛ばされる。


 来訪者として過度な痛みは抑制されるものの、それでも腕がオシャカになったんじゃねえかと錯覚したぜ……!


「カァゥッ!」

「ちっ、こんにゃろ!」


 宙を舞いながらも『不浄の大鎌』からは根性で手を離さなかったが、俺が落ちてくんのを待ち構えてたワニと人間をアンバランスに混ぜたような無駄にデカい口を持つペットにばくりと咥えられちまって、どうにも武器を振るえない。


 メキメキ、とそのまま顎の力で俺を噛み砕こうとしてきやがる……HPもじわじわと減っていく。こうなったら仕方ねえ。SPは勿体ねえが一旦【武装】を解除するとしよう。


「ちょっと力ぁ抜いてもらおうか。【接触】!」


「カウッ……、」


 しめた。狙い通りに咥える力が弱まった――これで腕が動かせる。


「【黒雷】!」


 手に入れたての攻撃スキルを発動させながらぶん殴ると、そこから生じた黒い閃光によってワニ野郎の上顎は吹っ飛んだ。


 ごっそりと顔の上半分をなくしたそいつが既に事切れてるのは言うまでもねえ。


「! 素手でも一撃ですって……?」


 鎌なしでも自分のペットが瞬殺されたことにエニシが目を見開いているが、俺だって驚いてる。委員長を相手には鎧に防がれて本領発揮できなかったが、そうか。ちゃんと通ればこんだけの威力があるのか。


 万全どころかまったく力の乗らねえ体勢で殴ったのに、まるで大砲にでも撃ち抜かれたのかってような傷痕だ。


 これが死属性によるダメージなのか? 

 しかもワニの体からはぶすぶすと黒い煙が上がってる……委員長の解説通り雷属性もおまけで入ってるなこれは。


「少し評価を改めなくっちゃねぇ――そら、一斉に叩きなさい」


「【武装】、『不浄の大鎌』!」


 女王のように命令を下すエニシ。

 それに従ってペットたちが取り囲んでくるのを俺は大鎌を振って牽制する。


 ――こいつらの見た目は多種多様だ。特徴的な部分がそれぞれ異なっている。ひとつしかない目玉をぎょろりと向けてくる奴、鋭利なギザ歯をガチガチと打ち鳴らす奴、腕全体が爪のようになってる日常生活が不便そうな奴。


 どいつもこいつもバラバラだが、泥みたいな肌をしてるって点は同じ。


 そんでもう一個共通してんのが……全員にどこかしら人を思わせる部位があるってことだ。


「まさか……こいつらも元は人間なのか?」


「うふ。だい・せー・かい♪ 弱くて出来が悪いのは全部そうよ。ルーちゃんとヒンちゃんは魔獣ベースだから強くて優秀……なんだけど、育てるのは難しかったわ。知能の差故か細かな指示を理解できるのは人間ベースのほうなのよねぇ。魔獣が元だとどうしてもただ暴れるだけの子になりやすくって。人間素材でも度々そういう子は生まれるんだけど、泣く泣く殺処分してるわ。私の言うことが聞けない子なんていらないもの」


 泣く泣く、なんて言いながらもエニシの表情に罪悪感はない。

 そこにあるのは無駄な手間がかかって悲しい、というどこまでも自分本位な感情だけだ。


「けっ。マジもんの糞野郎が」


「罵倒はお手頃だけど、これからどうするのかしら? ふふ、その元人間たちを助けられるように頑張ってみる……?」


「ああ。言われなくたって助けてやるさ――こうやって!」


 どうせ元には戻らない。

 怖気の走るような笑みを浮かべるエニシからそれを悟った俺は、勢いよく大鎌を振り抜いて目の前にいる二匹の首をまとめて掻っ切った。


 不浄のオーラが浸食し二匹は同時に崩れ落ちる。


「あらあら……! 躊躇なく殺すじゃないの」


「これが俺流の助け方だ。てめえみてーな屑の下から解放してやんのさ」


「うふふ! 本当に気持ちのいい殺気ね、坊や。人間側なのが不思議なくらいよ――いいでしょう! ならば殺し尽くしてみなさいな! そうしなければ貴方は私に届かない!」


「だからそいつは――言われるまでもねえっつってんだろうが!」


 振るわれる爪をしゃがんで躱し、下から大鎌を掬い上げる。下顎から頭部を貫かれてそいつは死ぬ。

 だが刃を引き抜く間もなく後ろから噛み付き攻撃が来る。


 仕方なく俺は鎌を手放し、たった今死んだ爪野郎の体を盾にする。ガブリ、と仲間の死骸を噛み千切ったそいつと目が合う――無の目。


 辛うじてエニシからの命令だけを理解する以外は何も考えてない、昆虫を思わせるような瞳だ。


「【黒雷】……っらぁ!」


 とめどなく溢れる怒り。

 それを糧に黒い雷を拳に乗せて振り抜く。


 もう一度噛もうとしてきた牙野郎と、それに便乗して飛びかかってきた他二匹もまとめて顔面が吹き飛んで死ぬ。真っ赤な血が弾けた。


 人と同じ色をした三体分の返り血が俺を汚す。


「ウロロロロォ!」

「!」


 いつの間にか接近していたムキムキマントヒヒがまた殴りつけてくる。

 血の汚れで若干視界を悪くしていた俺だが【察知】の危険信号が働いてくれたおかげで対応が間に合った。


「【黒雷】!」


 繰り出される拳に対してこちらも拳をぶつける。


 打ち合った瞬間はパワーに押されて俺の拳のほうが嫌な音を立てたが、その次には黒の閃光がマントヒヒのぶっとい腕を黒焦げにしていた。


「ウロォッ!」


 結果的に打ち負けたマントヒヒが倒れる。エニシが優秀と言うだけあって【黒雷】でも一撃死はないか。

 腕が吹き飛ぶこともなく形を保っているしな……だがあの炭化したように真っ黒な具合を見るに、たぶんもう左腕は使い物にならねーだろう。


「キラァ!」

「キシュゥ!」

「クラゥッ!」


 俺に隙ができたとでも思ったか立て続けにペットが襲ってくるが、んなもんはとっくに読めてる。転がるように躱して、爪野郎に刺さったまんまの大鎌を引き抜いて構える。


「うっらぁ!」


 持ち手を回転させて刃の届く位置にいるペットどもを切り刻む。

 急所を狙えないぶんは数でカバーだ。

 あちこちを不浄のオーラに侵されたペットはあっさりと全滅した。


「ヌゥオオォ……」


 と、そこで影が俺を覆った。振り向けばペットの中でも一際でかい、ぶよぶよとした太鼓腹の目立つ生きたゴム風船みたいなのがこっちに倒れ込もうとしていやがった。


 この見るからに分厚い腹を刺したって、脂肪に阻まれて不浄のオーラはろくに働かねえだろう。


 こいつもそれを計算して一気に俺を押し潰そうとしてんだ。


「だがこっちを耐え切る自信もあんのかよ? ――【黒雷】!」


 ズドン、と拳から出る衝撃。

 太鼓腹の中を駆け巡った黒い雷はやがて背中を突き破って飛び出し、風船野郎に大きな風穴を開けた。


 その穴から零れる血を浴びることで、とうとうあのスキルの発動条件が満たされた。


 さあ――俺の本気はこっからだ。


「【血の喝采】を発動するぜ……!」


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