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138.本気で殺意を持ってもらわねば

「俺だけが上に……!?」


 まさかの提案に目を見開けば、スレンはしっかりとした肯定を返した。


「うん、そうだ。色々と試してみたがどうしてもこのフロアから離れられそうにない……やはりスキルとは厄介な力だね。これを解除するにはナキリくんの剣の能力を頼るか、あの先生くんを倒すか。それ以外に方法はないだろう」


 そしてそのどちらにせよ、とスレンは手袋をぎゅっと嵌め直した。


「私も戦闘に参加するしかあるまいよ。見たところ先生くんにはまだまだ奥の手がありそうだ。逢魔四天を前に消耗は避けたいところだが、魔下三将……おそらくは新しい幹部級だろうが。それを自称する彼には手を抜くことができそうにない」


 委員長と共闘して、ナガミンの撃破ないしはスキルの解除を手早く行うというのがスレンの出した結論。


 最も早くエニシの下へ向かうための策……だがその間、エニシがただのんびりと待っていてくれる保証はどこにもねえ。


「だから恥を忍んで君にお願いしているんだよ。――十分。どうにかエニシの足止めをしてはくれないか」


「十分……」


 インガ級の相手をたった一人で相手取る。

 それがどんだけ危険なことかは、あの日あの拳でぶち抜かれた腹が今でも覚えてる。


 どう考えったって無茶だ。考えなくたって無茶だ。それはわかってる。


 スレンの目には俺を死地へ送り出すバツの悪さってもんが浮かんでる。――おそらく死ぬ。スレンは俺の死ってもんを予感してるんだ。


 俺自身がそう考えてるのと同じようにな……へっ。


「ああ、いいぜ。十分と言わず二十分でも三十分でもお任せあれだ。スレンさんが来るまで絶対にエニシは逃がさねえ」


 ナガミンを十分こっきりで倒せるっつー保証だってねえ。

 その時間は現実と理想をどちらも見据えたスレンなりの俺へ希望を持たせるための数字でしかない。


 もしかすっと五分で片が付くかもしれねえし、その逆に一時間立とうと決着はつかないかもしれない。そもそも来訪者相手に予測を立てろってのが無理な話だ。


 そんで、だからこそ。


 スレンがちゃんとナガミンと向き合えるようにするには、誰かがエニシの気を引いてなきゃならねえ。


 その役目をやらせてもらえるってんなら……俺ぁどんなに危険だろうが喜んで引き受ける。


「うん……ありがとう。なるべく急ぐ。君はどうか死なない立ち回りを意識してくれ。決して気を急いてはいけないよ、会話でもなんでもいいからできるだけ長引かせて、とにかく私たちの到着を待つんだ」


「了解だぜ。そんじゃあさっそく上へ……」


「もし先生くんが邪魔をしようとしても私が背中を守ろう。何も気にせずに階段を上ってくれ」


「それは杞憂だ! 俺とて柴の邪魔はしないとも。ただしスレンティティヌス――お前を行かせるつもりは毛頭ないがな!」


 委員長と戦っている最中だってのに、耳がいいのかそういうスキルでもあんのか、ナガミンにはこっちの会話が筒抜けだったみてーだ。


 しかも、いよいよ一番の実力者が出てくるとあって何やら猛っていやがるぜ。


「『恒久宮殿アーバンパレス』の特級構成員エンタシス! 逢魔四天の方々でも危険視するほどの戦力――ならば俺も真の力を解放しよう! これぞエニシ様より授かった素晴らしき力だ!」


 体に力を込めたナガミン。するとその全身から赤黒いオーラが噴出した。


「はっ!」


 それを隙と見た委員長が後ろから雪剣を振るうが、ナガミンはそれを上体を下げて躱しながら流れるような体捌きで蹴りを放った。「ぐぅ!」となんとか剣の柄で受けた委員長だが衝撃は受け止めきれず、大きく押される。


「……明らかに膂力と動きのキレが増してるねぇ。やれやれ、面倒だ」


 ナガミンのほうへ歩き出しながら、ちらりとスレンが俺を見る。早く上へ行けってこったろう。


 ナガミンと委員長のことも気にはなるが、今は先へ行くっきゃねえ!


 階段を目指すが、本当にナガミンは邪魔しようとしなかった。スレンが射線に立ってるってのもあるが、そもそもナガミンにそんな意思がないって感じだ。


「…………」


 最後にもう一度ナガミンの姿を見る。あのいかにもヤバそうなオーラ……前に見た『あれ』とよく似てやがるじゃねえか。


 ――もしかすると、そうなのか?


 その疑念を確かめるためにも、俺は最上階へ続く階段を駆け上がった。



◇◇◇



 逢魔四天という強大な敵へ単身挑むべく上へ向かった勇敢な少年。

 その背中を最後まで見送ったスレンは、シャツの首元を開けた。


「さて……やりますか。合わせてくれるかなナキリくん」

「わかりました」


「ふ。いいな、どちらも戦意が研ぎ澄まされている。特にスレンティティヌス。やはりエニシ様が一応の警戒を示すだけのことはありそうだ……だが、いいのか? 敵地で戦力の分散は愚策になりかねん。柴も残して三対一。そういう選択肢もあったはずだが?」


 二対一でも負ける気はない。

 という挑発も含まれた問いに、なんてことはないようにスレンが答える。


「なに、すぐに追いつくさ。確かに三対一で当たれるならそれがベストではあったが、それよりも誰もエニシを見ていない状況のほうが怖いからね」

「ふん」


「僕としては……」

 と、ナキリが油断なく剣を構えながら言った。


「柴くんがこの場にいないほうがやりやすい。彼はきっと、あなたを救おうとしたはずだから」


「ほう。お前はそうじゃないのか、新条」


「ええ。もはや僕はあなたを見限った」


 再生誕という名の改造手術。洗脳混じりのそれを担任が受けている様子はない。つまり彼は自らの意思でエニシという極悪の女に仕えている。


 そしてそのうえで悪事に加担し、自身の教え子まで手にかけようとしている。


 一考の余地もなく死刑が相応しい。


 新条ナキリは長嶺ケンゴに対し――否。シュルストーを名乗る見ず知らずの男に対し一切の情を切り捨てていた。


「柴くんには、先生はどこか遠くへ逃げ去ったと伝えておきます」


「くっくっく。俺好みの答えだ、委員長。それでこそエニシ様の手駒に相応しい。かの御方は手元に聖騎士パラディン暗黒騎士ダークナイトが揃うのを楽しみにしておられる……ついでに言えば俺たちが殺し合うことショーも見たがっておいでだ。本気で殺意を持ってもらわねばエニシ様の興が覚めてしまう」


「つくづく悪趣味な……反吐が出る。やはりろくでもないな。エニシも、そしてあなたも」


 嫌悪も顕に吐き捨てるナキリに、あくまでシュルストーは楽し気だった。


「そう言うな。お前とて自らの思う正義をなせる機会だ、喜ばしいことじゃないか? だが果たしてお前にそれが実現できるかな? ……いいやできない。お前も、柴も! エニシ様に歯向かうのであれば、今日ここで息絶えることになるからだ! 【武装】発動、『魔槍カーモシラス』!」


 鎧と同じく純黒の長槍を装備したシュルストーは目にも止まらぬ早業でナキリへ突きを繰り出す。


「我が槍を食らえ――ぐおっ!?」


「おっとっと。見た目通りに硬いね、その鎧は」


「スレンティティヌス……!」


 しかし横合いから何かに強く弾かれることでシュルストーの突撃は中断された。彼が己の鎧に伝ったものを確かめれば、その正体はただの水。


「水魔法! この一瞬で俺を狙い撃ったか……!」

「撃つ? それは少し表現が間違っているね」


 ナキリの氷を纏った斬撃を大きく飛び退いて躱しながらシュルストーはまずスレンへと狙いをつけた。


「『アバター・ダーク』」


「ふっ――」


 小さく呼気を漏らし、スレンが右腕を振るう。

 そこから伸びた水は刃となってシュルストーから別たれた闇の分身体をあたかも空間ごと裂くかのように粉微塵に切り分けた。


「水の刃だと――ふん、なるほどな。それがお前の得意魔法か」


「その通り。『アクアカッター』……鋭く触れる水は名剣にも劣らぬ切れ味を発揮する。私はこの魔法のみに特化し詠唱の高速化を可能としているんだ。そして……、」


 遠距離攻撃は防がれると考えたシュルストーが飛び込むように左わき腹の懐へ、つまりは右腕を避けて入ってきたのをスレンは静かに見下ろした。


「がっ……!」


「私はこれを両手で出せる」


 左手から噴射された水刃に顎を打たれシュルストーは呻くが、彼の鎧の硬さは先ほど証明された通りだ。大したダメージはないようで、すぐに姿勢を正して槍を振り回した――が。


「む!?」

「速いね。だが単調だ」


 槍の穂先を躱し、蹴りつける。シュルストーがナキリへやった動きをそっくり再現するスレン。


「ぐぁ、っ、流石にやる……! だがこれで!」


 腹へ叩き付けられたスレンの脚を掴んだ。槍を引く。それは当然敵へ向けて強く突き出すためだ。


 今度こそ当たる、という確信は止めたはずの脚から発生した衝撃にかき消えた。


「なにぃっ……!」

「ああ、足先からでも『アクアカッター』は出せるんだ。両手だけ、とは言っていないから嘘じゃないよ」

「こいつっ……!」


 まさかそんな器用な真似までできるとは想定していなかった……いやそれ以前に魔法を放つ気配がまったく読めなかった。


 両手足のどこからでも無詠唱かつ高威力、そして素早く静かに放たれる形なき刃。

 それを自由自在に操るうえに、この男は体術も一流の領域にいる。


「『ライトニングスピア』!」


「っ、ふん!」


 スレンの実力に戦慄にも似たものを感じるシュルストーへ雷鳴を轟かせながら迫る槍。それを魔槍で迎撃すれば、その隙を突いてナキリの雪剣が伸びてくる。魔法を駆使した時間差攻撃。


 敵ながら見事なものだがシュルストーにとってそれは対処しきれないものではない――スレンさえいなければ。


「ちぃっ!」


 カウンターを合わせようと向けた槍がブレる。目を凝らせばそこに水が糸のようになって巻き付いていた。スレンの細工だ。先程蹴り足を掴んだ際に仕込まれていたのだろう。


 シュルストーの膂力そのものはスレンより上だが、武器にこんな真似をされては十全に振るえはしない。


「『白戸張』!」

「『ダークレギュレーション』!」


 雪崩の勢いで太刀筋に沿って落ちてくる銀雪。

 その勢いを鎧に纏わせた闇の魔力で弱めつつ水糸を断ち切り、距離を取る。


 逃げる最中にも左右から水の刃が挟み込むように襲ってきたが、紙一重で跳躍し回避する。


「うーん。勘がいいし反応もいい。悪いナキリくん、仕留められなかった」

「いえ。あの妙なオーラを出してから僕一人では追いつけなくなりました。スレンさんがいてくれて助かっています。……それより、僕こそ申し訳ない。どうしても彼の力が読み切れないんです」


 言いながらも職業クラスと各種数値を見抜くスキル【天眼】で彼のステータスを覗き見ようと試みるが、やはりどれだけ目を凝らしてもなんの情報も見えてこない……おそらくだがシュルストーは看破系を防ぐスキルを有しているものと思われた。


 事前に自分にできることを同作戦に当たる仲間としてスレンに伝えているナキリは、せっかくの敵の力を詳細に見抜く眼の効力が出ていないことを謝ったのだ。


「気にすることはないよ。鑑定士でもない限り人のステータスなんてわからないのが普通さ。ましてや実戦中ともなれば尚更ね」

「……そうですね。少しスキルに慣れ、頼りすぎていたようだ。こうして切り結ぶことでも強さのほどは十分に計れる……」


「はは、新条よ。お前に油断はないが、予断が過ぎるな。柴とは違った甘さがある。クラスメートから頼られる委員長とはいえやはりまだまだ子供……いいだろう。これが俺からの最後の講義だ。責任を捨てた大人の恐ろしさというものをその身に教えてやる!」


 ――【激戦】発動。


「「!?」」

 突如増したシュルストーのプレッシャーに、ナキリとスレンは己が武器を構え直した。


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