135.魔下三将
「とても強い光の力を感じますよ、ゼンタさん! ハンナマラは信徒たちを強化しているようです!」
サラの言葉に、俺たちの傍へと来ながら委員長が「その通りだ」と頷いた。
「彼のクラスは立場通りの司祭だ。単体での戦闘能力は低いが味方全員へ一律のバフをかけられる特徴がある。大勢の中に混ざると強いクラスだね」
「全体バフだと!?」
それは厄介すぎる。奴が奥で控えてるだけでただでさえ不死身の化け物どもがより強くなって暴れるってことだ。
しかもこれだけの数を一斉に強化できるとかインチキくせぇぞ!
「そうだ! 委員長、俺にやったみたいにハンナマラごと奴らの動きを止めちまえばいいんじゃねえか?」
「無理だ。奴のバフ効果にはデバフの無効もついている。バッドステータスにもならない。僕の魔法の大半は拘束能力を持っているが、そのせいで今の彼らには尽く無効化されてしまう。……今更だけどさっきはごめんね、柴くん。ハンナマラにもエニシにも勘付かれないためにはああするしかなかったんだ」
「ああ、いいよ。日頃の恨みまでついでに晴らされた気がしないでもねーけど、委員長には苦労かけっぱなしだからそれも甘んじて受け入れようじゃねえか……んで今はそんなことより! こいつらをどうするかってことが先決だぜ!?」
活力に満ちた状態で異形の信徒たちが押し寄せてくる。だが思った通りハンナマラだけは動こうとしない。直接戦うことなく支援のみに徹するつもりなんだ。
「スレンさん!」
「うん。ここは君たちに任せたてもいいかな。私は上に行こう」
「ええ、是非そうしてください!」
言いながらレヴィは信徒の群れに突っ込んでいった。レヴィが拳を打てば信徒の体に穴が開き、脚を振るえばざっくりと切れる。全身凶器かよあいつ!? だがそれだけ圧倒的な攻撃力を持っていても、傷付いたそばから信徒は回復していく。
「じ、自分もやります……幻影魔法『ミラージュデコイ』」
アルメンザが魔法を唱えると、一部の信徒が同士討ちを始めた。レヴィへの援護だ。幻を見せて敵を自在に惑わせているんだろう。惑わされてる信徒はそのことにまったく気づいてねえ。
さすがはアーバンパレスの一級構成員、二人ともべらぼうに強い……が、これじゃいくらなんでも多勢に無勢だ。なんせ向こうは百人ばかりいる、二人だけじゃさすがに無理だろう。
「私たちも援護に回ります!」
「……あなたは彼らとともに、上へ」
クロスハーツとネクロノミコンを構えてそれだけを言うと、サラとメモリもレヴィたちと一緒に戦い始めた。議論する気はねーってことだな。こりゃあきっと俺の気持ちを汲んでくれたに違いねえ。
この場に二人を残していくのは不安でもあるが、ここは仲間を信じて先へ進ませてもらおう。
「スレンさん、ナキリ。エニシと戦るなら俺も混ぜてくれ。別の相手だが逢魔四天には借りがあってな」
「構わないよ。というか、私は元からそのつもりだったんだ。むしろ来てくれとお願いする立場だね」
「僕も柴くんがいてくれたら心強い。ただし、エニシと戦うとき君はあくまでもサポートに徹してほしい」
「そんなのわかってらぁ。俺だけレベルが低いって自覚もある。無茶はしねえさ」
「うん、いい心がけだ。なら行こう。エニシの気が変わらないうちに叩くとしようじゃないか」
そう言ってスレンは上りの階段を目指して走り出す。当然、行く手を遮ろうとする信徒たちは滅多切りにしてだ。
これだけの数を前に快進撃と言っていいくらいの速度で包囲を抜けた俺たちに、離れた位置からハンナマラの嘲笑の声がかかった。
「愚物どもめ! 先へ進んだとて扉は封じられているぞ! これより上は私の持つキーと合言葉がなければ上がれないのだ!」
「合言葉の周期なら僕が把握済みですよ。そしてキーもここに」
カードタイプの鍵をちらりと見せる委員長に、遠目でもハンナマラの顔色が変わったのがわかった。
比喩じゃなく、怒って真っ赤だったのが蒼白になったのだ。
「そ、それは私がエニシ様より下賜されたキー……貴様いつの間に!?」
「つい先ほど、あなたが鎮圧隊を呼ぶように命じたときに失敬しました。僕だってスリのような真似を好んでしたかったわけじゃありませんが、これも作戦のうちでしたので」
「す、すっただと……あのとき、私の懐から……?」
まったく気付いてなかったようだな。ますます愕然としたハンナマラを尻目に俺たちはそのまま階段を駆け上がった。
「万事よくやってくれたねナキリくん。君がいてくれてよかったよ。そうでないともっとここまで来るのに時間がかかっていただろうな」
「こちらこそあなたが来てくれて非常に助かりました。一人のままなら潜入はもっと長期に渡っていたはず。……いざとなって柴くんまで来たときはこれが吉と出るか凶と出るか戦々恐々でしたが、結果としては最上だ」
「うん、確かにそうだ。エニシは一筋縄では勝てない相手だからね。来訪者が二人も戦列に加わってくれるのは本当にありがたいことだ……おっと、アレが司祭の言っていた扉かな」
「今開けます」
階段が終わってすぐにデカくていかにも頑丈そうな大扉があった。しかもただ硬いだけじゃなく、何かしら特殊な力を感じるぜ。
たぶんここを開く以外の手段じゃ入ることはできねえな。
いや、それでもスレンや委員長ともなれば時間をかければ力尽くで突破可能かもしれんが、強敵と戦う前にそんなことで消耗するなんていただけねえからな。
「我らが身命を感謝とともにエニシ様へ捧ぐ」
カードをピッと通しながら委員長が扉へそんなことを言った。
これが今日の合言葉だってか?
エニシって奴の趣味の悪さが前面に出てやがんな。
「そうさ、エニシとはそういう奴だ。絶対に野放しにしてはいけない。既に多くの犠牲者が出てしまっているが……故にこそ、今日ここで絶対に討ち取る」
「まったくもって同意だな。私もまた、何があろうとエニシを滅する覚悟でここにいるからね」
二人が決意を語る間に扉が開き切った。
「! まだ上があるのか……」
先のほうにある階段が目に飛び込んできた。ここも下の階同様、フロア全体がひとつの部屋になってる。
「この上が最上階だよ。僕も一度だけ招かれたことがある」
「ならエニシはそこだな。いつまでも待たせてしまっては忍びない。さっさと上がろうじゃないか」
部屋へ足を踏み入れた俺たちはそのフロアを素通りするつもりでいたが……そうは問屋が卸してくれなかった。
そこにはエニシとは違う何者かが待っていたんだ。
「「「――!」」」
鋭い闘気。抜き身の刀みてーなプレッシャーを感じたぜ。それはスレンもナキリも同じようで、警戒して闘気の放たれる方向を確認した。
明らかな敵意を持ってこちらを睨んでいるのは、一人の男だった。
「……いったい誰だ? エニシは女のはずだけどね」
ここに来て情報のない敵の出現に困惑を見せるスレン。
だが俺たちは、その男が誰であるかを知っていた。
そして知っているからこそスレン以上に戸惑ったんだ!
「せ、先生……? 先生なんですか!」
「ナガミン! ナガミンせんせーだよな!」
「――柴に、新条。久しぶりだな。無事でいて何よりだ」
見慣れたスーツ姿の細身の男。俺たちの名も知ってる。間違いねえ、あれはうちのクラスの担任の長嶺だ!
「知り合いかい? ……とすると、彼も来訪者か。面倒だな」
俺たちの知人であることよりも、敵としての能力に注目して眉をひそめるスレン。それも当然だ、ナガミンはどう見たって敵。こんだけ敵意をぶつけられてそれがわからねえ俺じゃねえ……だけど!
「ま、待ってくれスレンさん! これは何かの間違いだ! なあ委員長!」
「……うん。僕たちの知る長嶺先生はエニシなんかに協力するような人じゃない。もしかしたら信徒同様に洗脳されているのかもしれない」
再生誕とかいう、要は脳と体の改造手術を受けた人間は化け物に作り替えられたうえ、ハンナマラに絶対服従となるよう洗脳される。
だがハンナマラは司祭とはいえただの人間、そんなことを可能にする力は元々ない。
再生誕の力の源とは即ち、エニシが持つ能力なんだ。
その能力の脅威と奴自身の悪辣さを怪しい教団に潜入してからまざまざと目の当たりにした委員長は、教団壊滅とエニシ撲滅を目標に今日まで雌伏のときを過ごしてきたらしい。
「エニシとは何度か直に会っているけど、先生の姿は今まで見たことがない。きっと最近になって奴の力の餌食になってしまったんだ」
「そうに違いねぇぜ! スレンさん、戦う前に少し説得をさせて――」
「不正解だ。柴も新条も少し希望に依りすぎているな……自分の見たいものだけを見て、信じたいものを信じる。とかく人が陥りがちな視野狭窄だ。気を付けなさい」
俺たちの希望的観測ってやつを他ならぬ本人が――ナガミン自身がにべもなく否定する。
「名乗ろう。俺の新しい名と立場を。偉大なりし魔皇様に仕える逢魔四天が直下『魔下三将』。その一角を与りし『堕落』のシュルストー……それが今の俺だ」




