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133.スレンティティヌス・ポセドーと申します

 逢魔四天。

 それは魔皇という絶対者に仕える最高幹部の名称。

 アーバンパレスが目下最大の脅威と見做している邪悪な強者たち――。


「この建物内に、いやがるのかよ……! まさかインガなのか!?」


「いえ、おそらく違う。エンタシスが動いたのは、仮に教団の疑惑が真実だった場合……その手口が私たちで把握している逢魔四天の三名のうちの一人、『エニシ』という女のものに酷似していたからよ。腕力だけが自慢のインガじゃこんなまだるっこしい真似はしないでしょう……というより、できないはず。良くも悪くもね」


 エニシ。それがインガと同格な女の名前。

 ぐっと手に力が入る。俺の中で戦意が増した。


 そして合点もいったぜ。そんなのがいるならエンタシスも出張ってくるってもんだ。


「それで、エニシはこの建物のどこにいやがるんだ?」


「観察した限りでは上のフロアでしょうね。ここ数日ハンナマラでさえも上階には一度しか訪れていない。鍵と合言葉が必要らしい、ということは判明しているんだけど、鍵はハンナマラが厳重に管理しているうえ合言葉も一日ごとに変更される。だから上の階に何があるのか調べるのに手間取ってしまったわ……でも信徒たちの会話を盗み聞くに、やはりそこにはハンナマラを超える地位の何者かがいることは確定的よ」


 司祭であるハンナマラはユニフェア教団の教祖とされている、事実上のトップのはず。


 そんな男より地位が上の存在など普通に考えたらいるはずがない。

 とすればやはり、信徒を操るハンナマラすらも意のままとする上位の何某が最上階で陣取っていることは疑いようもねえだろう。


「で、そこまでわかっててエンタシスは今何をしてるんだ」

「ある程度調べがついたのはいいんだけど、今朝からまた彼が一人で消えてしまったのよね」


 ため息混じりのレヴィの言葉に、こっちは目を白黒させちまう。


「ま、また消えただぁ? この局面でか? ひょっとして――」


「いえ、やられているなんてことはないわ。いくらあの人でもこの状況を自分一人の力だけでどうにかできるなんて思っていない……はずよ。それに一応、消える前に私たちに待機命令を出していったしね」


「だから気配を潜めてこの秘密の部屋で隠れてたってことか」


 その通りだとレヴィは頷くが、エンタシスへの信頼があったとしても不安は拭えないらしく、あまり顔色は芳しくないように見えた。


「なんのための時間かわからないと精神的にくるものがあるわ。いえ、あの人のことだからきっちりと仕事をしているだろうってことだけは確かなんだけど――」


「それはそれは。部下からの信頼が厚くて嬉しいね」


「「「「「!」」」」」


 俺たちは揃っておったまげた――いつの間にか、おっさんが部屋の中にいて会話の輪に加わっていた!


 ど、どうやって誰にも気付かれずに部屋へ入った? 

 絶賛情報の擦り合わせ中とはいえ全員が気を張って油断なんかなかったんだ。

 それなのにおっさんが声を出すまで誰一人とて接近を察知できなかったなんて……これが。


「うん。たった今お話にあった特級構成員エンタシスの一人。スレンティティヌス・ポセドーと申します。スレンと呼んでくれていいよ」


 よろしく、と気安く手を出してくるおっさん……スレンと握手を交わす。ボリュームのあるもじゃもじゃの髪はところどころ白い毛が混じってる。そのせいでもっと年寄りにも見えるが、顔自体はそこまで歳のいってる感じはしない。たぶんだが三十代の、後半ぐらいか。


 人の良さそうな温和な顔立ちをしちゃいるが、俺はその雰囲気から強者特有の絶対的な自負心ってもんを確かに嗅ぎつけたぜ。


「君らが話題の『葬儀屋アンダーテイカー』君だね。どうやら情報交換も一通り終わっているようだし、今から一緒に来てくれるかな」


「えっ?」


「うん? 協力する流れだったんじゃないのかな? 君たちが手を貸してくれるなら私は大歓迎だよ……勿論、強制するつもりはないけどね」


「あ、いや。協力はさせてもらう。ただ話がやけに早ぇもんで驚いちまって」


「はは、時間を無駄にするのは私のもっとも嫌うことでね。そうでなくとも今は時間との勝負だ。うん――ここは電撃作戦でいこうじゃないか」


 電撃作戦。そのワードが何を意味するか薄々察した俺たちに、スレンはにっこりと微笑んだ。


「うん、そうだ。私たちは今から一塊になって、特攻する。目指すは頂上、逢魔四天の居所とその命。立ち塞がる敵は排除して進む。教団を潰し、魔皇の幹部も磨り潰す。この上なくシンプルで合理的な作戦だよ……それを遂行するための備えは整えてきたところだ。皆も、戦う準備はいいね?」



◇◇◇



 調査とともに仕込みも終えた、という意味深なスレンの発言に押されるように俺たちは部屋を飛び出し、本部の上階を目指すべく進撃を開始した。


 ついでに似合わないと言われた変装も解いたぜ。メガネはもううんざりだ。


「って、こんな目立ちようで大丈夫なのか!?」


 さすがにこの人数でドタバタ走ってちゃ隠密もクソもない。

 案の定すぐに信徒に見つかって追われ始めたが、それよりも懸念すべきはエニシだ。

 こんな騒ぎになってる知ったが最後、奴はとっとと逃げてしまうんじゃないか。


 スレンにそう疑問をぶつけると。


「だからこその電撃作戦だとも。このままノンストップでエニシの下まで急ぐ。なに、インガと同じくエニシも過剰なまでの自信家らしいよ。最後の最後までここから離れるという選択はしないだろう。そこを捕える。いや、塵ひとつ残さず滅するんだ」


 絶対に逃がさない。

 淡々と紡がれるスレンのセリフだがしかし、そこには俺以上に強い闘志が見え隠れしてる。


 そういや、アーバンパレスはインガの手で仲間をやられてるんだったな。

 もしかするとエニシにもそういった恨みがあってのものか? 


 それくらい、スレンは人となりの雰囲気とは似つかわしくないだけの強い殺意を漲らせている。


「あの、スレンさん。この先に敵がいるようです」

「うん。先回り組だね」


 とっくに気付いていたようでアルメンザからの報告にもまったく走る速度を変えず、スレンは部屋に進む。

 その背中に続いて俺たちも飛び込めば、そこには何人もの信徒たちが行く手を阻むように並んでいた。


 ……後ろからも追手が迫って来てる。こりゃ狙って挟み撃ちをされちまったな。


「人の身じゃなくなっても高い組織力があるのは厄介だね……できれば彼らに乱暴はしたくないが、邪魔するのなら仕方ない」


 薄手の手袋を嵌めながらスレンが言う。戦る気のようだ。


 下手に戦闘を避けるよりもぶっ飛ばして突破したほうがかかる時間は少なくて済む。その判断にゃ俺も賛成だが、それには相手がぶっ飛ばせるのが前提になる。


「ギギイッ……」

「ギィッギー……」


 受付にいた女と同じだ。ぐちゃぐちゃと気色悪い変身を行なう信徒を見て、俺はスレンに言った。


「ダメだスレンさん、こいつらは不死身だ! いちいち相手してたら切りがねえぜ!」


「うん、そのようだね。だがどこまでの不死性か試してみるのも手だ」


 ひゅん、とスレンが腕を振る。


 その軌道に沿って伸びたのは――水。薄く高圧で射出されたそれはまるで鞭のようにのたうち、信徒たちの間を駆け巡った。その途端、ポロリと。敵全員の首が呆気なく落ちやがった……!


「なっ……!」


「ふーむ。首を斬っても動くのか。これは間を置かず再生してしまうな」


 早業に驚く俺とは反対に、スレンは冷静に信徒の再生力を確かめている。

 そこに追っ手の信徒たちが追いついて部屋へ侵入してきた。


「スレンさん、あちらは私が――」


「いやいいよ。どうすればいいかこれでわかったから」


 構えを取ろうとするレヴィを遮り、スレンが連続で腕を振るう。シュパパパッ! と鋭い音を立てて水が暴れる。


 すると新しく入ってきた連中も待ち伏せていた連中も、全員まとめて体が細切れになった。


「どうせ元に戻るだろうが、細かく分割してやればそれだけ時間もかかるみたいだ。対処としてはこれがベストだろう。マクラレンくんなら一撃で再生も許さなかっただろうけど、今は時間がないからね。向かってくる再生誕を受けた信徒は全て私がこうして切り分けよう。それでいいね?」


 他の者に任せると時間と労力が勿体ないからね、と。

 温和に、けれど絶対の自尊心とそれに見合った実力を示しながらスレンは俺たちに告げてすぐに走り出した。


 慌ててそのあとを追いつつ、頼もしそうにしてるアルメンザと、妙に複雑そうにしてるレヴィを見る。同組織の仲間でもエンタシスの強さは本当に特別だってのがよくわかる。


「凄いですねぇ。メイルさんとどっちが強いんでしょうかね」

「……今のわたしたちでは推し量れない」


 こそこそとサラたちもそんな風に話してるしな。


 あ? 俺の感想はどうかって?

 もしもスレンと戦うことになるなら、せめて今の倍ぐらいはレベルが欲しいと感じたね。


 ただし。


 インガと再戦すんなら、勝つにゃあ今の倍でもまだ足りねえだろうとも思っているがな。


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