131.幻影魔法と気配消し
どこに逃げればいいかもわからず、とにかく来た道を戻る俺たち。
このままじゃ外に出ちまうことになるが、それじゃ意味がねえ。
逃げるだけじゃなく教団の闇を解き明かさなくちゃならねえんだから――しかしそのためにどうすればいいのかがちっともわからん!
「! 止まって。前に何かいる」
「「!」」
メモリの鋭い制止に急ブレーキをかければ、曲がり角からぬっと姿を現す奴がいた。
あれは受付の女だ! 司祭から命令でも入ったか、そいつはのっそりと出てくると俺たちを通せんぼするようにして立ち塞がった。
メモリが事前に気付かなかったらおそらく不意を打たれてな、こりゃ……。後ろばっかり気にしてたもんで前への注意が疎かになっちまってたぜ。反省だ。
「あれぇ~、お客様方……どこへお行きですかぁ~?」
わかってるだろうに気味の悪い笑顔を浮かべながら訊ねてくる女に、俺も笑みを返してやった。
「いやあ、ちょいとこの中を探索したくなってよ。司祭様から許可は貰ったぜ?」
「下らない嘘をつかないでください~。私はちゃんと報告を受けてますから~」
「へん、だったら四の五の言わずにかかってこいよ。殺気が駄々漏れだぜあんた」
「ふふ……後悔を~、したって遅いですよぉー!」
女が動く。応戦しようとするサラとメモリを手で制し、俺は一人で前に出た。
こいつが操られてるのかそれとも司祭と同じような立場かは知らんが、その見分けがつかん以上ぶん殴るのも気が引ける。
狙うは【接触】。それでさっきの連中みたく戦意を削ごうと考えていた俺だが。
「なにっ……?」
メコメコッ、と女の全身が急激な変貌を遂げる。
顔が尖り、手足が伸びたうえに関節まで増えて、手先からは鋭利な爪が伸びた。皮膚はドロドロとしていて、いくらでも形を変えられそうな……そう、まるで不格好な粘土の化け物。そういう見た目になっちまったんだ!
「うえっ、なんだよこれ……!?」
「クゥアァアアアッ!」
「っ……、」
殺気が猛烈に膨れ上がり人間離れした挙動で女が飛びかかってくる。
もはや女と呼んでいいのか、どころか人間と称すべきなのかすら判然としないその妖怪めいた姿は、俺の頭から手加減つー三文字を消し去るのに十分な迫力と不気味さを持っていた。
「【武装】、『恨み骨髄』!」
やらねばやられる。そう悟った俺は女との接触を避けて武器を手に取った。
骨の剣。切れ味もなくまだ恨みパワーも発動してないそれはただの棍棒も同然だが、向かってくる化け物に叩き付けるのにはよく適していた。
「おっらぁ!」
「グゲェッ!」
長い手から繰り出される爪の攻撃を掻い潜り、フルスイングする。ド頭にぶち当たった『恨み骨髄』は女の首の向きを百八十度変えた。
メキョリ! という耳障りな音。
そしてそれ以上に不快な感触が伝わってくる。
殺っちまったということよりも、今の今まで普通の人間にしか見えなかった女の奇怪な変身にこそ俺は得体の知れない悍ましいもんを感じていた。
「ちっ、なんだってんだ! これも魔法の一種か!?」
「……魔法を使っている様子はなかった。正体は不明……ただ、この女がそうだということは、他の信徒も同じである可能性は高い」
眉をひそめながらメモリが言う。その視線の先で首が折れたまま立ち尽くしている女の死体は、趣味の悪いオブジェか何かみてーだった。
……他もこう、だって? それが本当だとすれば、いよいよユニフェア教団のヤバさってのが浮き彫りになってきたな。
「む、向こうから大勢の足音がします。ここにいたら追いつかれちゃいますよ!」
サラの言う通りで、逃げてきた方向からバタバタとたくさんの人間が走ってる音が響いてくる。【接触】から回復した奴らだろう。思ったより復帰が早い。これじゃゆっくり話してる暇はねえな!
「とにかく先へ行くぞ――は?」
場を離れるために仁王立ちする女の横を通ろうとしたとき、グギギ、と骨の軋むような音がして。聞き間違いかと確認したがそうじゃなかった。
ゆっくりと女の首が動き出してやがる……!
元の向きに少しずつ戻っていくその様を見て、俺はゾッとする。サラとメモリも絶句してる。それも当たり前だ、首を折られてもこいつはまだ死んでねえんだから!
「や、ヤバすぎんだろ……、走れ! こんなのの相手なんざしてられねえぞ!」
「は、はい!」
「……、」
今や手を使って自分の顔の向きを整えようとしている女を背後に、俺たちは一目散に駆け出した。奴が本格的に動けるようになる前にここを離れねえとマジで後続に追いつかれちまう。
さっき潜ったばっかの建物の入口を横目に過ぎて、別の通路へと飛び込む。
そっから先はカンペキ未知のゾーンだ。
どこへ行ったらいいのかまるでわからない。
くそ、ノープランだと逃げるのもままならねえな……!
「ど、どうしましょう。このままじゃ私たち、いずれ袋のネズミなんじゃ……ひょっとしてもうそうなってますか?」
「それを見越して追ってきている……地の利は向こうにある」
「けっ、そーだろうな……!」
司祭も俺たちが逃げられるなんて思ってねえだろう。そもそも逃げ場がないんだからな。
今通り過ぎた玄関だって、おそらくはもう閉ざされているはずだ。本気でやりゃあぶち破れねえことはねえだろうが、そんなことしてる間に取っ捕まるのがオチだ。
「……っ?」
どうしたらいいか本格的に頭を悩ませたところで、ふと声が聞こえた気がした。それはひどくぼんやりとしたもんではあったが、確かに俺たちを呼ぶような声がどこかから――あっ!?
本物かそれとも幻聴か、と戸惑う俺の目が捉えた通路の壁、その一角。
そちらへ視線をやったのに明確な理由はないが、きっとそれはなるべくしてのことだったんだろう。
俺が見つめた途端そこにすーっと、さっきまではなかったはずの扉が出現した!
「……! そこだ、そこの部屋に入るぞ!」
「え、ゼンタさん!?」
「いいから来い!」
進路を変更し、そのまま走っていこうとするサラとメモリを止めて俺は扉を急いで開いた。
迷わす中へ入り、二人も続いてきたのを確認してぱっと閉める。
念のために鍵をかけてから乱れた息を整えていると、廊下の向こうから聞こえてくる足音の群れ。
それは段々と近づいてきて、やがて扉の前にまで差し掛かったが、まったくこちらに意識を向ける気配もなくそのまま遠ざかっていった。
「ふう~……なんとか見つからずに済んだか」
「た、助かりましたね。まだ心臓がバクバク言ってます」
「俺も俺も」
「……ここは?」
胸を撫でおろす俺とサラとは対称に、メモリは用心深く部屋を見回す。
と言っても灯りひとつない真っ暗な空間じゃなんも見えやしない。
しかし、見える物はなくても返ってくる声はあった。
「ここは私たちの隠れ家よ。暫定の、だけれどね」
覚えのある声がした。それに驚く俺たちの前で、暗闇に浮かび上がるようにそいつは現れた。
「お前は――レヴィ! レヴィ・マーシャルじゃねえか!」
「久しぶりね、ゼンタにサラ。そして新顔の子も……それとも初めましてが正しいのかしら?」
アンダーテイカーというパーティに対してそう言ってるんだろうが、こっちは驚きのあまりそれどころじゃない。
なんつってもこんなところで顔見知りに会うなんてまさか思いもしてねえからな!
「なんだってこんなとこにアーバンパレスのお前が? しかもたった一人で……」
「一人じゃないわ。というか、ウチは基本的に単独じゃ動かない。どんな任務もツーマンセルがセオリーだもの」
「へ、そうなのか? じゃあもう一人はどこに……」
「ここにいます」
「うわぁっ!?」
レヴィよりも近い位置に別のやつがぬぼっと出てきた。び、ビビったぜ。こんな近距離なのに喋り出すまでちっとも気付けなかったぞ。
「影の薄さが見事なものでしょう? 彼はアルメンザ。アルメンザ・ルカニよ。私と同じ一級構成員」
「ど、どうも……」
線が細く、どことなく自信なさげな雰囲気のそいつがレヴィの紹介に合わせておどおどと頭を下げた。こ、これでレヴィと同じ一級かよ? 態度だけならよっぽどジョニーのほうが一級らしいぜ。
だが人は印象だけじゃ決まらねえか……俺がアルメンザの気配を感じ取れなかったのも事実だしな。
「ひょっとして、この部屋もあんたが?」
「は、はい。隠してます」
大したことじゃないようにアルメンザが頷く。しかし隠すと言っても、どうやってだろう。
部屋そのものを隠すっつーのは息を潜めて自分が見つからないようにするのとはわけが違うはずだが……。
「幻影魔法と気配消しの合わせ技よ。これがアルメンザの特技。そのままにしていたらあなたたちも通り過ぎたでしょうね」
「そうだな、呼ばれなかったら絶対気付かなかっただろうぜ。するとさっきの声はレヴィのものだったのか」
「ええ。お困りのようだったから」
それで、とレヴィは改めて俺たち三人の顔を順に眺めて言った。
「私たちの任務地を、どうしてアンダーテイカーが元気いっぱいに走り回っているのかしら?」




