129.生まれ変わりなさい
「入館希望ですね~? お一人様二万リルいただきまーす」
「二万!? 高っ!」
と、俺は思わずユニフェア教団本部の門前で叫んじまった。
おもっきし本音をぶっちゃけた形だが、大きめの電話ボックスみたいなもんの中からガラス越しにこちらを見る受付役の女は、表情をまるで変えずにニコニコとしたままだ。
けど心なしか俺を見る目の温度が下がった気がするぜ。
【隠密】を発動させながらの建物への最接近は、拍子抜けなほどあっさり達成できた。
それはいいんだが、問題はそこからどうするかだった――やり過ぎだろってくらいに高い塀。他者を拒絶するようなそれにぐるっと周囲を囲まれている本部は隠れたままでの侵入を許してくれそうにゃなかった。
派手に動いたり、ましてや塀を壊したりするのは論外だ。【隠密】は静かに目立たずにいることが発動条件だからな。成長してるし今ならもっと融通が利くって線もワンチャンあるかもだが、不確かな憶測を頼りにするようじゃとても今回のクエストは手に負えねえ。
そこで俺たちは仕方なく、受付を通して入館を果たすことにした。堂々と正面突破するというわけだ。だがもちろん、なんの策もなしにそんなことはしねえぞ。
俺たちが取った手段とは、ずばり変装だ!
一度は委員長とのバトルの様子を観察しただろう司祭の目が万が一にも受付場にも及んだとき、どうにか同一人物ではないと誤魔化すための策がそれだった。つーかそれくらいしか思い浮かばなかった。
俺はサラのオシャレ用の伊達メガネを借りて、髪形も七三分けにした。革ジャンも脱いで一枚しかないシャツを着込み真面目くんをイメージした恰好になる。
メモリはいつでもどこでも羽織っている黒いローブを仕舞った。その下はサラの趣味によって可愛らしい服装になっているんで、重たい前髪を一時的にでも上げておけばどこにでもいる普通の少女の出来上がりだ。
そして俺たちの変装にあれこれと指示を出したサラ自身はと言えば、なんと腰にも届くような長い金髪をばっさりと切っちまった。毛先が不揃いのショートになったサラはすげー印象が変わったが、元々の顔立ちの良さと性格的なものもあってそちらもよく似合ってる。
三人ともさっきまでとは別人のようだ。これなら司祭の目も騙せるだろう。
それはいいんだが、ちょっとしたアレンジで済んでる俺とメモリに対してサラの払った代償が大きすぎる気もする。
俗に髪は女の命とも言うよな……根はずぼらなあの姉貴だって身だしなみ、特に髪のケアに関してはけっこう気を使っていたくらいだ。
それを捧げちまってよかったのかと聞いた俺に、サラはいたずらっぽく「責任取ってくださいね」なんて笑ってた。
かっけー女だ、こいつは。
いくらでも取ってやると俺も軽口に乗っかれば、何故かメモリに服の裾を引っ張られた。お、どうしたどうした? わけを訊ねたがメモリは何も答えなかった。
そんなわけで別人トリオに生まれ変わった俺たちは【隠密】を解除した状態で受付へと挑み、今に至るっつーこった。
今んとこ司祭の命令で警護が飛んでくるような気配はない。順調だ。
入館料がべらぼうに高いこと以外はな!
「お支払いにならないのでしたら残念ですが~……」
「いえ、払いますよ。私たちはこう見えてリッチなんです。ですが真の救済とはお金でもたらされるものではありません。そう、私たちは心の平穏を求めてユニフェア教団に慈悲を頂くべくここに参ったのです!」
「それは素晴らしいことですね~。我が教団の司祭様の深い慈悲の御心を知り、敬虔なる信徒と認められれば、必ずやあなたたちも救済されることでしょう~」
受付の女は俺の漏らした不満で下ろしかけた心のシャッターをサラの言葉を聞くことで開き直したみてーだ。
さすがサラ、所属は違えど宗教的なもんに浸かっていただけのことはある。やり取りが堂に入ってるぜ……これならこの女も疑わねーな。
案の定サラの出した六万リルを恭しい手付きで受け取った女は、箱の中で何かを操作して門を開けた。こいつが開閉までしてんのか。入れる入れないを決めてるとなると、ただの受付よりは上の立場なのかもしれん。
「それではどうぞ~本館へ~。入ってすぐに順路の案内がございますので、それに沿って奥へとお進みくださ~い」
沿わなかったらどうなるか、なんてことは口にしなかったが女だが、その口調は柔らかくも有無を言わせないもんがあった。指定された通路や部屋以外には絶対入るなってことだろう。
へっ、なんともわかりやすく怪しいオーラを漂わせてくるじゃねえか。
そんな考えはおくびにも出さず、俺たちはにこやかに礼を言って門から進み、ピラミッドめいた巨大施設の本部へと入った。
いよいよ潜入開始だぜ!
◇◇◇
本部の中はどこも妙に薄暗く、どこまで進んでも物音ひとつ聞こえない奇妙な場所だった。まるで閉館後の美術館や博物館を歩いてるみてーな気分だったぜ。
だが、ここにいるのは物言わぬ芸術品や出土品なんかじゃなく、委員長を始めとした多くの信徒たちのはずだ。なのにこうまでシンとしていると、どうしても不気味に思えてならない。なんだか建物全体が墓場のような気すらしてくる。
行けるところは多そうだったが、どこへ行けば正解なのかはわからない。
なんで俺たちは一旦順路通りに進むことにしたんだ。
入信希望者を通す道だ、この先でユニフェア教団の本当の顔ってもんが待っている可能性は大いにある。そうでなくともそれを感じさせる何かヒントのようなものを見つけられるかもしれないからな。
意気込んで照明も賑やかさもまったく足りてねー廊下を行けば、しばらくして一人の男が俺たちを出迎えた。
「よくぞいらしてくださいました。ここからは私が案内いたしましょう」
キレーな禿げ頭だが、これは剃髪だろう。男はまだ若い。そして自信に満ちている。受付の女に続く案内役の特別な信徒か、と思いきや。
「いえ、信徒ではなく。私こそがユニフェア教団が開祖のハンナマラです」
「あんたが!?」
まさかいきなりトップが出てくるとは誰も思わねえだろ? だからついつい入信希望者にゃあ似つかわしくねー態度が出ちまったが、ハゲのハンナマラはそれを気にした様子もなくにっこりと笑って頷いた。
「そうです。司祭として皆を導くのが私の使命。ここに新たな仲間が加わったことを心より嬉しく思います。それでは、こちらへ。あなた方にも信徒の儀を受けてもらいます……なに、そう畏まったものでも大層なものでもありませんよ。仲間としての証を手に入れてもらうだけですから」
優しい笑顔で語られる言葉は、声音の良さと合わさって聞き心地がいいもんでついつい信じちまいそうになる。
人によっちゃこれだけでがっつり心を掴まれて離れられなくなるかもな。
だが、俺はこういう何かを隠してる奴には敏感だ。
悪い人間ってのは見てるだけでなんとなくわかるもんさ。
もしもユニフェア教団が怪しいっていう前知識がなくても、こいつからは胡散臭さしか感じ取れなかっただろうよ。
当然ここが普通じゃないってことをとっくに確信しているサラとメモリも警戒はバリバリだったが、それを態度には出さなかった。さっきから二人とも演技がうまい。足を引っ張ってんのは俺だな。既にボロが出ちまってる気もするが、ハンナマラは背中を見せて先を歩き出した。
ついてこいってことだろう。
こちら同様に警戒してるようには見えんが……おそらくはこれも演技。
この男、ハンナマラは俺たちに何かをしようと企んでやがるに違いねえ。そういう予感がする。
こりゃあ俺たちの素性もバレてるもんだと覚悟したほうがいいか……?
「行こう」
サラとメモリが頷いたのを見て、俺は先頭に立ってハンナマラの後ろを歩いた。
もしも俺たちが委員長に負けていながら潜入を敢行した冒険者だと見抜かれているのなら、いつどのタイミングで排除のために動き出すかわからねえ。こうして案内される先で罠が待ち構えていることだってありえる。
いきなり戦闘がおっ始まってもいいように気構えしとかねーとな……【察知】のスキルもあるとはいえ万能じゃねえ。
俺はともかく、クロスハーツやネクロノミコンを手に持たず完全無防備なサラとメモリのためにも、十分目を光らせとくべきだ。
そんな感じで不意打ちを想定しながらついていって、とある部屋に通されて。
入室した途端に扉がバタンと閉められたとき、俺は自分たちの素性がバレているわけではないことを悟った……いや、より正確には。
バレていようがいなかろうが、こいつのすることに関係はないってことに気が付いたんだ。
「な、これは……!」
「ふふ……怯えなくて結構。さあ、生まれ変わりなさい。そうしてあなた方も我が教団の仲間になるのです」
扉側にも、ハンナマラ側にも、そして右にも左にも。
危ねえ目付きをした信徒と思わしき連中がずらりと立ち並び、俺たちのことをじっと見つめていた……!




