128.来るなら来い
「力の差がわかっただろう。文字通り、その身に染みてね。君じゃ僕には勝てない。思い知ったからにはどこへなりとも去ってくれ柴くん。司祭様が命令を下されば僕は何度でも君を打ちのめす。……なんて、言うまでもなくここまでボロボロにされればもう、馬鹿なことは考えないだろうけれどね。さよならだ。僕は司祭様お付きの警護、本来の業務に戻るとしよう」
暴剣になすすべなくやられて仰向けに倒れている俺に、そんな捨て台詞を吐いて委員長は去って行った。サラたちの横を通り過ぎたが、二人には目もくれない。一度も振り返ることなくユニフェア教団の本部へ帰った。
「………………」
「ゼンタさん……」
「……、」
倒れたままの俺のところにサラとメモリがやってきた。だが二人に元気はない。それは確実に俺のせいだ。なんと声をかければいいのかわからないんだろう。
気の毒そうな顔をしている二人を見て、俺は体を起こして地面に座り込んだ。
「なんも言うな。自分でよーくわかってるさ……完敗だぜ」
インガ以来、か。ここまで何もできなかったのは。
あのあとも強ぇ奴とは何度か戦ってきたが、ガチ勝負でこうも一方的に敗北を喫したのはインガに遊ばれたあの日以来のことだ。
「あんなに強くなりやがって……」
元々は喧嘩のけの字も知らなかったようなやつだ。だがあることを切っ掛けに自分の非力さを悔やんだあいつは、武術を習うようになった。才能豊かなあいつはそっちの面でもメキメキと成長したが、こと強さにおいては俺に一目置いているところがあった。
試合形式ならわからんが、喧嘩ってのは格式ばったもんじゃねえしルールらしいルールもない。路上でやれば勝つのは俺。それが委員長と俺の共通認識でもあった。
だがこの世界じゃ……どうやら俺たちの立場は逆転しちまったらしい。
「……悪ぃな。二人とも。大見得を切ったってのにこんな体たらくでよ」
どうしても愚痴っぽくなっちまう俺の謝罪に、二人は揃って首を振った。
「そんな! 来訪者さんが一筋縄じゃいかないというのは、ゼンタさんのお傍にいる私たちこそが一番よく知っていますから」
「それに……三人がかりでも彼に敵わない可能性を踏まえてあなたは一騎打ちに持ち込んだ。つまり、わたしとサラを庇った。……謝るべきはこちらのほう」
来訪者の持つスキルってのは突拍子もない力だ。どんな効果が及ぶかは未知数……しかもメモリに関しては術を打ち消された時点で委員長との相性が悪いってことも判明していた。
それもあってサラもメモリも俺のサシ宣言に従ってくれたんだろうが、従うしかなかったという状態そのものを悔しく思ってるんだろう。だから逆に謝罪を返してきてんだ。
「……馬鹿言うなよ。無理して三人ともボコられたって得することねーだろ? つか、来訪者の相手は来訪者がするってのがいっちゃん理に適ってんだ。悪いのは手も足も出なかった俺なんだぜ」
「わたしたちが戦力になるなら状況は違っていた」
「そりゃ結果論だろ? 委員長がどんなスキルを持ってるかわからんうちはどうにもならなかったんだから」
「でも……」
「はい、そこまでですよ!」
言い合い、ってほどでもねえが言い分の別れる俺とメモリの間に割って入ったサラが、まるで教師か保育士のように手を叩いた。
「ゼンタさんは勝負に負けました。メモリちゃんは術の関係で手出ししたくてもできなかった。私も『サンドリヨンの聖剣』という武器に対しては何もできなかったことでしょう……三人ともに力不足だった、ということです。全員がそうなんですから、誰が悪いとかどこの判断が間違っていたとか、そんなことはありません。そうは思いませんか?」
む……正論だ。ここで自分が悪い、いや自分のほうが、なんていう擦り付け合いの逆みたいなことをしたって意味はねえもんな。
サラめ、普段はおかしいくせにこういうときだけまともになりやがる。
「だな。つーことでメモリ、全員の責任ってことでいいか」
「……わかった」
結局のところメモリが言いたかったのは、俺だけが敗北の責任を背負う必要はないってことなんだろう。余計な気遣いをさせちまったぜ。それに気付いた俺は、バシンと両頬を叩いて気を引き締め直した。
落ち込むのはもう終わりだ。
そもそも俺は一度や二度の失敗をくよくよ引き摺るタイプでもねーんでね。
俺たちの様子を見てサラは安心したように微笑みを浮かべたが、すぐに苦笑の表情に変わった。
「任務は失敗ですね。初めてのクエスト未達成です……残念ですけど、あんなに強い人がいるんじゃ仕方ありませんよね」
いかにもポレロへ帰る気満々のその言葉に俺は首を傾げた。
「は? 何言ってんだサラ。クエストはこれからだろ?」
「えっ?」
「委員長がなんつってたか思い出せ。俺たちが追い払われたのはドラッゾに乗って目立ってたせいだ。もっと言えば、司祭様ってのに見つかっちまったから。戦ってるところもどうやってか見ているような口振りだったから……たぶんここらを監視するような力があるんだろうな」
「えっと、その……?」
「わからねえか? 俺たちは委員長に負けて追い払われたってことになってる。つまりチャンスだぜ。負けたその足ですぐ潜入するなんて普通は思わねーだろ? どこへなりとも去れ、つってもいたしな……だったらありがたく本部のほうへ進路を取らせてもらおうじゃねえか」
幸い、俺には【隠密】のスキルもある。
しかも今回のレベルアップでスキルLVが上がってる。
まさにお誂え向きだ。慎重に進めば潜入のし直しだってできるはず。
「……司祭に気付かれずとも、委員長という人には露呈するかもしれない。彼はあなたのことをよく知っているようだった。思考パターンを読まれて待ち構えられている可能性もある……【隠密】スキルの利便性はよく理解している、だけど、上手の来訪者を相手にその優位が活かせるとは限らない」
「思考パターンね……あぁ、確かにそうだ。あいつは俺のやりそうなことはわかってるだろうな」
「だったら――」
「だからこそ、なんだぜメモリ。あいつは俺がどう動くかってのをわかっていながら見逃した。司祭からの命令通りに痛めつけるだけで終わらせたんだ……あの堅物真面目優等生の委員長がだぜ? そりゃつまりこう言ってんだ――『来るなら来い』ってな」
司祭からの命令、司祭からの注目、司祭への忠誠……態度はまさに模範的な信徒って感じの委員長だったが、あいつが本当にその司祭とやらを信奉してんならこんな中途半端な仕事のしかたはありえねえ。そりゃ俺がテストでオール百点を取るくらいにありえねえことだ。
きっちりと命令をこなしてるように見せつつ、あいつは俺を完全には突き放さなかった。
これにはきっと何かわけがある。
「し、信じられるんですか? あんなにボッコボコにされていたのに」
「ボッコボコ言うなや、お前はもうちょい気を使え。たぶん【天眼】でHPバーも見えてたんだろうな。全体の二割ぐらいにまで減らされたぜ……いかにも事務的だろ? あいつはな、自分の仕事にはもっと情熱を持って臨むタイプなんだぜ」
そしてあくどいことなんて間違ってもしねえし、そういう奴の味方にもならねえ。そんな委員長が何かしらの思惑を隠しながら従っている、例の司祭様とかいう奴にゃあ……絶対によろしくない裏がある。
俺はそう確信した。
「それを暴くぜ。そうすりゃルチアとカロリーナの依頼も果たせる」
「だけど、そのためには……また彼と戦うことになるかもしれない。そしてそのときには勝たねばならない」
「ああ、かなりヘビーな仕事になる。だがAランクを目指す俺たちには相応しいクエストでもあるぜ」
それに手がまったくないわけでもない。
実力が離れていればいるほど、そいつと戦ったときに得られる経験値もデカくなる。しかも今の俺には経験値取得を手助けするスキルがふたつもある……レベルアップが狙いやすいんだ。
そしてレベルが上がれば、また新たなスキルが手に入る可能性も出てくる。
そうじゃなくても既存のスキルが育つだけで恩恵はあるが、やっぱ新顔に期待を寄せたくなるよな。
「この【黒雷】みたいな単純に使える有用スキルがまた欲しいところだぜ」
「委員長さんも褒めてましたけど、それってそんなに強いんですか?」
「打った感じ、かなりな。委員長の鎧には通りが悪かったがそこらの相手にならこれ一発でケリがつくぐらいだ。それに……これでいてまだLV1なんだよ」
ついでに強いのにSP消費量はそこまで多くねえっていうおまけつき。
総じてただでさえ強力なこいつが、使い続けるともっと強く育つ。【武装】以外で初めて直接的な攻撃スキルを入手できたことで、負けたあとでも俺の戦意はちっとも萎えちゃいなかった。
「【補填】発動……よし、ひとまずこれでHPも戻った。下手こいちまったがへこたれずに行こうぜ、二人とも。クエスト再開だ!」
「わかりました!」
「了解」
全員で気合を入れ直し、アンダーテイカーは改めてユニフェア教団を目指すことになった。




