127.【黒雷】
委員長の剣にやられた俺は、思わず膝をついた。
「ぐ、う……っ」
「ゼンタさん!」
サラが俺の名を呼ぶが、答えられねえ。急速に力が抜けていく。これは斬られたからじゃない……そもそも刃物にやられたって来訪者の体は斬られやしない。けれど委員長の剣は、確かに俺と『非業の戦斧』をまとめて切り裂いたんだ。
「慌てなくていい。『サンドリヨンの聖剣』は斬るものくらい選ぶ……今回は柴くんの武器とスキルを斬ったまでだよ」
「スキルを、斬っただと……?」
そういうことか。頑丈なはずの戦斧は確かに破壊されて消えている。まだ効果時間が残っていた【活性】もクールタイムに入っているし、それに伴って【活性】そのものを強化していた【死活】も解除されている。
これは全部、委員長の剣に斬られたせいか!
HPは減っていないが、その代わりにスキルを強制的に無効化された……!
くそっ、こんなの反則だろ!
「強化スキルを使ったところで、今の君では僕に及ばない。それでも君は関係ないさと挑むんだろうけど……残念。どのみち僕にはこの剣がある。スキルでの強化なんてなんの意味もないんだ」
「くっ……!」
「これでようやく、本当の意味でレベル差に気付いてくれたみたいだね。だけど……僕の役目は侵入者を痛めつけて深い後悔に苛ませることだ。二度とユニフェア教団に近づこうなんて思わないように」
用無しとばかりに剣を消した委員長は、俺を蹴りつけた。吹っ飛ばされて地面を転がる。軽く蹴っただけって感じだったのに、かなりの威力だ。HPも一割くらい持っていかれた……【奮闘】とか言ったか。ありゃ確実に委員長の強化スキルだろう。
「ちっ……うんざりするくらい力の差がありやがる」
あるいは12というレベル差以上に、か。強化込みの俺の一撃を、強化込みの委員長は指だけで止めた。同じ土俵でもこの差だ。そして今の俺は虎の子の【活性】を使えない……。
今思えばさっきの一撃は誘い込まれたも同然だ。作戦からして誘導されてたんだ。まったく、なんてこったよ。
だが、それで折れちまうような俺じゃねえ。
どうにかして委員長の予想を覆してやらなくっちゃあな。
「立ち上がるか。ああそうだ、君ならそうするだろう。だから僕も容赦はしない――重力魔法『グラビティベール』」
「ぐおっ……!?」
突然、体が重くなった。それも立っていられねえほどに強烈な重み。まるで超重力を発生させる布が全身にかけられたような感覚だ……! しかもこりゃあスキルじゃなく、魔法だっていうじゃねえか!
「こ、の野郎! そんだけ強ぇのに魔法まで完備だってのか!」
「僕の職業は『聖騎士』。こちらの世界で言うところの光属性が付与されたスキルが特徴だね。だけど習得する魔法は不思議と光属性とは別のもので……そうだ。君を屈服させるのにちょうどいいものがある。見せよう」
「……!」
委員長の指先が俺を捉える。銃口を向けられた気分だ。そしてそれは錯覚なんかじゃなかった……あいつの指からは弾丸よりも恐ろしいもんが飛び出してきた!
「雷魔法『サンダーパニッシュメント』」
「ぐっ、ぅうぅおあああああああぁっ!!」
雷だ。委員長の手から線状になって飛んできた雷が、俺の体を灼く。度の過ぎた痛みは沈静化されるはずだがそれでも、耐えがたい激烈な苦痛が俺を襲う。
「……っ! 今助けます!」
「だ、めだ! そこを動くなっ、サラ! メモリも、だ!」
雷撃に焼かれながらもサラの声は聞こえた。だから俺ぁ勝負に割り込もうとする二人を止めたぜ。そんなことをされちゃたまったもんじゃねえからな。
「手ぇ、出すなっつったろうが……! 何があっても、黙って見てろ! 俺を男として殺したくなかったらな……ぐああぁあっ!」
痛みに藻掻く俺を見て、居てもたってもいられなくなるのはわかる。逆なら俺もなんと言われようと割り込んだかもしれん。
だが俺は男なんだ。
やると言ったからにはやり通すのが男。
サシの勝負と宣言したからには、最後まで俺一人でやらねえとな……!
「あくまで一対一に納めようというんだね。とても立派だ。……だけど実力が追いついていない。もう君は詰みだ。僕はこのまま、君のHPを焼き尽くすだけでいい。それでこの勝負もお終いだ――ん?」
滔々とした語り口が、ふと止まる。委員長は首を傾げるような仕草を見せた。
そりゃつまり、やつの【天眼】がきちんと機能してるってことだ。
『レベルアップしました』
「気付いたかよ、委員長……! 俺はまだ詰んじゃいねえ! ――【黒雷】発動!」
「【黒雷】……!? くっ!」
ドガン、と激しく迸った黒い閃光。俺の全身を叩いたそれは、HPを減らした代わりに委員長の雷魔法も消し去ってくれた。
「レベルアップだって……! この土壇場で、それも『サンダーパニッシュメント』を打ち消せるスキルまで手に入れたのか! ――なんてことだ、柴くん。これは幸運なんかじゃないんだろう? こちらの世界でも、君はやはり強い」
「今更お世辞なんざ嬉しくもなんともねえぜぇ!」
激痛から解放されて体の自由が戻ってきた。ついでに重てぇ魔法も解除されたみてーだ……だったらここで攻め込むしかねえ!
「【死活】発動! 対象はボチだ!」
「バウルッ!」
実はこっそりと委員長の背後を陣取っていたボチ。だがその奇襲はまるで予見されていたかのようにあっさりと躱されちまった。
「柴くん。僕と戦うのは君だけなんじゃなかったのかい?」
「ボチと俺は一心同体だぜ!」
「なんだかずるいな。でも、いいよ。まとめてお相手しよう」
ボチと同時に委員長へと迫る。今の委員長はさっきと違って武器を持ってねえ。いっぺんに俺たちを対処すんのは難しいはず……!
「『ワイドブレイク』」
「ギャイン!」
「ぐはぁ!?」
不可視の衝撃波によって俺もボチも勢いを止められた。もう一歩で攻撃圏だったってのに、委員長は少しも動かずに俺たちを弾きやがった!
「無属性の攻撃魔法だ。単純だが出も速くて便利だよ。――【武装】発動」
「! ボチ!」
「バウッ!」
「『ジャバウォックの暴剣』」
スキル発動の瞬間に合わせてボチを飛びかからせたが、間に合わなかった。最初に持っていた輝く剣を出現させた委員長の腕は滑らかに動き、ボチを簡単に両断した。
今のは、剣そのものが獲物へ襲い掛かったようにも見える。スキルを斬っちまう剣もヤバいがこっちもヤバい! レベルアップで俺のHPは全快してるが、それでも二、三撃食らっただけでアウトになりかねん……! だがなぁ!
ボチが先に気を引いてくれたおかげで、俺はここまで近づけたぜ!
「【集中】発動――【黒雷】!」
「!」
ギリギリ、委員長の剣が届かない距離。しかし俺の新スキルの射程圏……そこで感覚強化のスキルを使ったのは、確実にこいつをぶち当てるためだ。
咄嗟の回避やスキルでの防御にも対応できるように。
そういうつもりで研ぎ澄ました俺の感覚器官は、確かに委員長が黒い閃光に目を奪われたのを確認した。
ほんの僅かな身じろぎ、意志の揺らぎ。まばたきも始まらねえうちに消えるような一瞬のものとはいえ、それは【集中】状態の俺にとっちゃ十分な隙だった。
「がっ……!」
漆黒の雷撃が俺の拳から放たれ、委員長を捉えた。
白鎧に黒雷が瞬く。
戦斧の一撃が通ったときよりも委員長は大きく後退したが……腹の立つことに踏みとどまりやがった。
「……驚いた。闇属性かと思えば、死属性か。耐性がなければ一撃死だね。来訪者に限らず強者は抵抗を持っているから通じないことも多いだろうけど、抵抗されても追加ダメージが乗るのは優秀だ。しかも雷属性との混合でもある……高威力かつ防ぎ辛い。文句なしに強力なスキルだよ」
「……けっ」
冷静に解説しやがるかよ。こっちは勝負を決めるつもりで打ったんだぜ……しかも経験則か【天眼】の力か知らねえが、新スキルの効果を俺より遥かに理解してもいるじゃねえか。
今、わかった。
現状、どんだけ奇跡的な何かが何度起ころうとも。
一対一じゃあこいつに勝てねえってことがな。
「ダメージはどんくらいだ」
「いや、実のところ殆どない。【聖鎧】で生み出したこの鎧は特別製でね、僕自身のResとは別に五つの属性への抵抗を持っている。特に闇と死の属性には高い抵抗をね……職業が『死霊術師』の君にとっては最悪の装備だと思う」
「…………」
「だけど最悪の相性とレベル差を越えて、君は僕にダメージを与えた。ああ、やっぱり君は凄いよ。僕は柴くんを尊敬する……元の世界じゃ逆立ちしたって君には敵わないだろう」
だけど、と委員長は剣を構えた。
その兜の中でどんな顔をしてんのかは……ちっともわからねえ。
「この世界では、僕が上だ」
輝く暴剣が、俺の視界を裂くように閃いた。




