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122.火達磨テッカ

「ふわ~あ……」


 ギルドハウス完成の翌日。朝食を目当てに食堂へ向かえば、そこではサラとメモリも席についてぱくぱくメシを食っていた。


 口に運ぶスプーンを動かしていた手を止めて、サラが俺のほうを見た。


「あ、ゼンタさん。今日はずいぶんとゆっくり起きてきましたね」

「クエストのねー日くらい寝坊させろって。何を食ってんだ?」


 白っぽいもんが皿に入ってることくらいしかわからねーんでそう訊ねれば、


「遅めの朝ごはん頂いてまーす。バナナチップをまぶしたヨーグルト、とても美味しいですよ」


「美味そうではあるけどよ……そんな軽くて昼まで持つのか?」


「朝だから軽くていいんですよー」


「燃費いいのな。俺がそんだけしか食わなかったらすぐガス欠だぜ」


 今もがっつり腹が鳴ってるしな。

 空きっ腹を叩いてそう言うと、サラは食堂から覗けるキッチンのほうを指差した。


「しっかりとした食事がしたいならもう少し待つといいですよ。今、テッカさんがみんなのお昼を用意してくれてますから」


 テッカが? とそちらを見てみると、確かに見慣れた着ぐるみみてーな猫の獣人が勢いよく鍋を振るっている姿があった。その横にはビートとファンクもいて、どうやら料理を手伝っているようだ。


「ヨーゼンタ、よく眠れたみたいネ?」

「おはようございます、兄貴!」

「食事はもうしばしお待ちください!」


 おはよう、と返しつつも俺はそちらへ近づかなかった。何せキッチンからの熱気が凄い。ビートとファンクは舎弟ムーブが暑苦しいし、テッカは鍋から火を吹かせているんでマジで熱い。炎の料理人の異名は伊達じゃない。


 厨房の様子を見ながら、にこにこしてサラが言った。


「今朝、メモリちゃんと一緒にマーケットへ食材を買い出しに行ったんですよ。ビートさんとファンクさんが荷物持ちを買って出てくれて、重たい物を全部運んでもらっちゃいました」


「へー」


 朝っぱらから労働をしたうえに、食事の準備までやってんのか。聞けばそちらも自分たちから言い出したらしいし、二人ともすげー働き者だな。ずっと寝てたのがちょい恥ずかしくなってくるぜ。


「いやそんな! 姉御たちに荷物を持たせるわけにはいきませんから!」

「そういう仕事はいつだって自分たちにお任せください!」


「口動かすのは自由だけど、手のほう動かすことも忘れるなヨー」


「「はい、すみませんテッカさん!」」


 うお、小言に対し息の合った返答……すっかりキッチン内での上下関係が出来上がっているようだ。俺よりもよっぽどテッカのほうが師匠っぽい貫禄あるじゃねーか。


「ゼンタ、ごはん食べるならしばし待つがよろし。すぐにできるヨ」


「ああ、そうさせてもらうぜ。朝からテッカさんのメシが食えるなんて最高だ」


「ハハ! いつも口上手ネ、ゼンタは!」


 お世辞を言ったつもりはねーが、とにかく料理人がもう少し待てと言うんで待つことにする。トーストを食べているメモリの横に座ろう。


「おはようメモリ」

「……おはよう」


 いつものもそもそとした口調で挨拶を返してくるメモリ。いやまあ、今はトーストを齧ってるせいもあるんだけどな。塗ってるジャムの種類はなんだろうと確認すると、瓶に黒酢ブルーベリーと書かれていた……酢にベリー? 酸っぱそうな組み合わせだが、美味いのかこれ?


「美味。体にもいい……はず」


「ふーん? お前、そういうの気にすんだな」


「……健康には、気遣っているつもり」


 その言い方はメモリ自身の性分というよりは、どこか義務的なもんに感じた。


 もしかするともういないという両親からの言いつけだったりするのかもしれんな……。繊細なとこを刺激したら悪い。今は深く聞くのはやめておこう。


「で……なんでテッカさんがうちにいんだよ!?」


 あまりに馴染んでるんでスルーしちまったし、このまま流そうかとも思ったがやっぱり無理だ! 気になり過ぎる! この人はマーケットに露店だが広い店を持ってただろ!?


「それがテッカさん、またお店を全焼させてしまったようなんです。買い物中に道の隅で膝を抱えているのを見つけて、不憫なのでつい連れ帰ってきちゃいました」


「ついってお前な。捨て猫拾うのとはわけが違うんだぞ」


「でもゼンタさんだって同じ状況なら同じことをしたんじゃないですか?」


「む……」


 否定はできんな。伝聞だから深刻さを感じないだけで、実際にテッカが道端で蹲ってるところを見たら放ってはおけねえ気がする……。


 俺たちの会話を聞いてテッカは猛火の奥からちろちろと顔を覗かせながら言った。


「いやー実際助かたネ! とうとう営業停止処分を食らってお天道様仰いでたとこだったヨ!」


 相次ぐボヤ騒ぎと、時折自分を火だるまにしてしまうことで料理の腕前以上に有名なテッカだが、そのたびに警団ガードからは注意を受けていたようだ。そんで今回の火事でついに店を持てなくなっちまった、と。本格的にガードを怒らせちまったんだな。堪忍袋の緒が切れたってやつだ。


「他のバイトたちはどうした?」


「人を雇えなくなったせいでみんな辞めちゃったヨ。元から流動は激しかたが悪いことしたネ……」


 珍しくしおらしい。

 さすがのテッカでも営業停止処分ともなれば反省するんだな。


 その常識があるなら何故もっと早くに料理の仕方を改めねえんだ。


「自分の城だと思うと火の欲求が止まらなくてネー。設備もどんどん火力重視にさせてたんだが、それがマズかたネ。この厨房ではやらないヨ、そもそもできそうにないしナ!」


「たりめーだ。ここまで燃やしたらいくらテッカさんでもぶん殴るからな」


 ヨル、ヤチ、ガンズ。この家は三人の想いが詰まったギルドハウスだ。ここでも火事騒ぎなんて起こすようならそれこそ俺の手でガードに突き出すしかねえ。


「料理できないなら死んでるも同じネ。もう職場を失わないよう、火達磨テッカの異名は卒業するネ!」


「そんな異名でも呼ばれてたのかよ!? 炎の料理人が伊達じゃなさすぎるだろ……」


「でも今はただ料理するだけ違うヨ。仕事を手伝ってくれるビートとファンクには、このテッカが修行をつけたげるヨ!」


 どうやってビートたちを鍛えたらいいか悩んでいるということが既にテッカにも伝わっていたらしい。それならば、と凄腕料理人かつ凄腕魔法使いでもあるテッカは己が面倒を見ると志願したんだと。


「俺ぁ助かるけど、任せちまっていいのか?」


「いいヨー。料理しながら修行つけて、テッカがいいと思ったらクエストの実戦で仕上がりを確かめる! そしてまた修行して、を繰り返すネ! すぐ強くなるヨ!」


 ほほう、なかなかよさそうだ。

 テッカは本気で師匠になるつもりだったんだな。

 大ムカデ相手に放った爆発する火球の魔法はとんでもない威力だったし、実力としても申し分なしだろう。


 ビートとファンクも教わることに不満はないようなんで、それで決まり……と思ったらサラが「ですが」と口を挟んできた。


「ビートさんたちだけでクエストを受けさせたいなら、ギルドの結成を組合に申し出なければなりません。お二人は冒険者資格を持っていませんからね」


「んーっと? つまりギルドに所属さえしてれば資格なしでもクエストを受けていいのか?」


「はい! これはアーバンパレスでもガレオンズでも同じですよ。以前にも言いましたが、組合所属かギルド所属が冒険者の二大スタイルですからね」


 俺とサラのときはどこのギルドともパイプがねーもんで組合から資格を貰うしか選択肢がなかったが、ビートとファンクは事情が違う。


 アンダーテイカーがギルドとして認められれば、二人も冒険者学校に通う二年をスキップして仕事ができるってわけだ。


「そんじゃあちょっくら組合に出向いて申請してくっかね。トードさんがいればいいけどな」


「……私も同行する」


「お、いいのかメモリ?」


 他にすることがあるんじゃないかと気遣ったが、メモリは静かに首を横に振る。

 これは特にないということなのか、あるけど申請を優先するということなのかどっちだ?


「メモリちゃんは冒険者の先輩ですし、ルールにも詳しいですからね。ぜひお供してもらったほうがいいと思いますよ!」


 サラの言うことももっともだ。俺一人じゃ不安があると思われてるのは癪だが、俺自身まだ冒険者のいろはに精通しているとは言えねーからな。


「じゃあメモリ、メシ食ったら一緒に行こうぜ。ってもう食い切ってるか……悪いけど俺が食い終わるまで待っててくれ」


「……わかった。急がなくていい」


 そう言ってメモリは支度のために席を離れた。その入れ違いにテッカが来て、俺の前に出来立てほやほやの料理を置いてくれたぜ。


「オマタセ! テッカ特製ホイコーロー、おあがりヨ!」

「おおー!」


 めっちゃ美味そうだ。美味そう、なんだが……いくらがっつり食いたいと言っても寝起きから中華は少し重たいと思わなくもなかった。


 全部平らげたけどな!


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