12.おっさんvs女子
森の外に出ること。
それはホームルーム直前に教室から大自然の中へ飛ばされた俺の、当初からの目標にしていたものだった。
それがついに叶うってんで、そりゃあもう意気込んだね。
キョロが偵察済みの小高い丘にまでボチと一緒にさっさと進んで、教えられた方角を確かめてみる。
「おー! 確かにすぐそこが森の端だな……しかもその向こうにあるあれは、明らかに道じゃねえか!」
道。これまでも獣道なら何度も目にしてきたが。
いま俺が見ているのはどう見たって人が通るための道だ。
つまりちゃんと人がいる世界なんだな、ここは。
「いやー動物だけの世界ってんじゃなくて一安心だぜ」
森からはまあまあ距離があるように見えるが、活力の漲ってる今の俺にとっちゃそんなのなんてことはない。狩猟生活で鍛えられたこともあって距離ほど遠くにあるようには感じられなかった。
「……ん? なんだ?」
感慨深く景色を眺めていると、あるものが目に留まった。
道の途中に、馬車っぽいのが見える。馬車っつーか、馬に引かせるための荷台かな? そんでその前に、人が二人いる。
いるじゃん! 人間!
とテンション爆上がりしたがすぐに冷静になる。
どうもあの二人、遠目でわかりづらいが揉めてるように見えるな。
よくよく見れば、おっさんと女の子っぽいぞ。
これはちと、マズい現場を目撃しちまってるんじゃねえか?
「人を見つけた途端イベント発生ってか……!? やったろうじゃねえか!」
おっさん同士の喧嘩とかならともかく、女子を見捨ててはおけねえ。
「ボチ!」
しゃがみながら呼べばボチも慣れたもんで、「わう!」とすぐに俺の背中に掴まった。俺がどうするつもりか察しているらしい。
「【活性】!」
SPを12ポイントフルに支払って身体強化を施す。
そして俺は韋駄天のように駆けた。
いくらすぐそこが森の出口だからってこんな派手な移動は本来厳禁なんだが、窮地の女子を思えばグズグズしてられん。
とにかく大急ぎで、速さだけを優先させて、森を抜けて。
「! いた!」
目的の場所につく頃にはとっくに【活性】も切れていたが、どうにかまだ女子は無事なようだった。
そのことにホッとしながら、俺は息を整えてまだこちらに気付いていないおっさんと女子へ声を張り上げた。
「ちょっと待ったぁ!」
「え? な、なんですか?」
「今度はなんだぁ!?」
急に飛び込んできた俺に、女子もおっさんも目を白黒させている。
なんか思ったのとは違う反応だが、まあちょうどいい。この隙に言いたいことを言わせてもらおう。
「おいおっさん! いい歳して女子に何しようとしてやがる!」
近くで見ると女子は、すげえ可愛い見た目だった。
さらっさらの金髪に碧い目の、なんかアニメにでも出てきそうな美少女っぷりだ。
これはおっさんが手を出そうとするのも正直わかるな……。
対するおっさんはおっさんで、こっちもけっこうカッコいい。
ごついし髭も生やしてて、イケメンっていう面ではないが、ワイルドではある。
男に好かれそうな男って感じだが、こういうのが好きっていう女も一定数はいるんじゃないか。
「襲わなくたって女に困りはしねえだろうに……どうしてもっていうんなら俺が相手になるぜ」
どういう意味での「相手」かは、ナイフを突き出しながら言ったんで伝わっているだろう。
その証拠におっさんはみるみる顔色を変えていった。
「ば、バッカ野郎! 誰がそんなこと! 逆だ、俺のほうが襲われてんだ!」
「は?」
思いもよらぬ言葉に、俺は振り返って金髪女子のほうを見た。
目が合うと金髪女子は露骨に視線を逸らして、
「ぴゅ、ぴゅー♪」
なんて下手くそな口笛で誤魔化そうとしやがる。つか吹けてねえし。こいつ口で言ってやがるぞ。
おいおい、まさかだろ?
「マジでお前のほうが賊か?」
「ち、違いますよ! 私はただ、ちょっとしたお願いがしたくて!」
「何がお願いだ、とんでもねえガキだこいつは!」
「まー待て待て! どっちの主張もちゃんと聞かせてくれや」
俺も施設では、一方的に悪者にされて苦い思いをしたことが何度もある。
それと同じことを見た目だけでおっさんにしてしまったことを反省しつつも、どうしてもこのか弱そうな金髪女子が、見るからに逞しいワイルドおっさんを襲ったなんて信じ切れない。
ここは落ち着いて、両方の話を詳しく聞かねえといかんだろう。
「まずは女子! 名前は」
「サラです」
「さらっさらのサラだな」
「はい?」
「なんでもない。で、サラの言うお願いってのはなんだ」
実はですね……とさも大層なことを語るような雰囲気を出しながら言うので、こちらも真剣に耳を傾ければ。
「私、お腹がぺこぺこなんです」
「はあ。それで?」
「ですから、ちょっと荷台から食料でもいただけないかと思って」
「強盗じゃねえか」
「違いますってば! 私はお腹がぺこぺこなんですよ!?」
「それはもう聞いた」
まさか腹が減ってるなら何してもいいと思ってんのか。
そりゃあ、空腹は辛かろうが……だからって襲われたおっさんからすると堪ったもんじゃねえわな。
「なあおっさん、どんな風に襲われたんだ?」
「見ての通り馬で移動してたところに、こいつが急に進路を塞ぎやがったんだ。向きを変えてもその度に真ん前に立つもんで、進むと轢いちまうだろ? 仕方なく直接どかすために御者台から降りたら、おもっきしぶん殴ってきやがってよ。『お覚悟!』とか叫びながら」
「確定じゃねーか」
こりゃあやっぱサラのほうが賊で決まりだな。
女子が襲う側で、おっさんが襲われる側って、普通そんなのあり得るか?
疑ってかかったことをおっさんに詫びつつ、さてどうしたもんかとサラに向きなおれば、なんか顔色が悪い。
「おい、どうした。腹減りでマジで死にかけなのか?」
「いえ……それもあるんですけど、あなたの背中の、その……」
「ああ、ボチってんだ。こいつがどうかしたか? 見ての通り無害な奴だぜ?」
「わおん!」
肩から顔を出して、挨拶するようにボチも鳴いた。
最高にかわいい仕草だと思うんだが、なんでかサラはもっと顔色を悪くさせた。
「ひえっ。あ、あんまり近づかないで……。私、犬は苦手なんです……」
「おっとそうだったか、そりゃすまんな。ボチ、引っ込んでてくれるか」
すっと背中の重みが消える。これで呼び出すにはまた【召喚】でSPを使うことになるが、今更それくらいはちっとも痛くない。さっきの【活性】のぶんだってもうほとんど戻ってきてるしな。
いやー【SP常時回復】様様だぜ……って、それはともかく。
「はあ……落ち着きました。ありがとうございます。あなたは召喚士の方ですか? すごいですね。私の前で犬は二度と出さないでくださいね」
「情緒がイカれてんのかお前は」
「だからヤベーんだよこのガキ。そもそも荷台が空っぽなことくらい見りゃすぐにわかるだろうに、そんなことも確認しねーでありもしない荷物を奪おうとしてたんだからな」
おっさんのその言葉に「え?」となった俺とサラは一緒になって荷台を見て、確かにそこには何も載っていないことを確認した。
「…………」
「…………」
俺はきっと信じられないものを見る目をサラに向けていたことだろう。
それを受けてバツが悪かったのか、サラは顔を真っ赤にさせて逆切れしだした。
「おかしいじゃないですかー! 空の荷台を馬に運ばせるなんて異常者のすることですよ!」
「運び終わってこれから帰るとこだったんだよ! もう付き合い切れねえ、俺は行かせてもらうぞ!」
「待ってください!」
「今度はなんだ!?」
「これ、頬をぶったお詫びです。この軟膏よく効くんですよ」
「おぉこりゃ丁寧にどうも……じゃねえわ! こんなの寄越すくらいならまず殴るな!」
という正論すぎる正論を吐いておっさんは御者台に乗り込み、馬を走らせた。
荷台……荷馬車? が見えなくなって、残された俺はサラに言う。
「どう考えても異常者はお前だわな」
「だから私はお腹がぺこぺこなんですってば」
「それ以外言えねえのかよ……」
マジでどうしたもんかね、こいつは。