119.私は戦う職人だよ!
プーカで夜を明かした俺たちは、観光もなしですぐポレロへ戻ることにした。なーに、街中を見て回りたければまた来りゃいいんだ。クエストとは関係なくな。
つーことでサラとメモリは『リターン』で。俺はビート、ファンクを連れてドラッゾで帰り、着いてから【従順】のスキルでヤチをアップルとガンズと一緒に瞬間移動させる。
これだけの人数での長距離移動も三度目ともなればスムーズだ。
「ありがとよドラッゾ。休んでくれ」
リンゴの木が見えたところで降りれば、辺りを見回してビートが言った。
「あれ? 姉御たちがいませんね」
本当だ。ポイントはリンゴの木の前にしてあるとサラが言ってたんで、『リターン』で確かにここへ来たはずなんだが……先に部屋に上がって休んでんのかね。プーカからポレロまではさすがに距離があるんで、ドラッゾに乗ってもちょいと時間かかるからな。
「まずはヤチたちも呼ぶか。おーい、いいならこっちに来ーい」
もう遠くからヤチを呼ぶのにも慣れたもんだ。感覚的には【召喚】に近い。
サラが召喚には遠方から呼び寄せるタイプもあると言ってたが、そのスキルがあればこんな感じなのかもな。
「ただいま、パイン」
「お帰りアップル……って呼び捨てにすんなって言ってんだろうが。お父様と呼べ」
アップルと一緒にリンゴの木へ入れば、いつもの調子でパインが娘を出迎えた。「誰が呼ぶかよ」なんて悪態つきながら定位置のカウンターの隅っこへアップルが座れば、ぶつくさと言いながらもパインはジュースを用意してやっている。
やー、仲のいい親子だよな。
「戻ったぜ、パインさん」
「おう、お帰り……と言いてーところだが、お前たちが帰るのはもうここじゃねえ。その様子だとクエストは達成できたらしいな? トードには俺から報告しといてやるから、自分たちのホームへ行け。サラとメモリもそっちにいるからよ」
「自分たちのホームって……何を言ってんだパインさん? それを持てねーからこうして宿住まいを続けてんだろうよ」
「だから、それももう終わりだってことだ。いいから隣へ行ってみろ。吸血鬼だっつー嬢ちゃんがお前のことを待ってるぜ。ついでに、例の天子様も一緒にな」
◇◇◇
「マジか!? ここを買い取ったって、俺たちのためにかよ!?」
「そーだよ!」
えっへん、と胸を張りながらヨルは頷く。
パインに言われるがままリンゴの木の隣にある空き家を訪ねてみれば、中では確かにサラとメモリが寛いでいて、パヴァヌで別れて以来のヨルとカスカも揃っていた。
少々かび臭く、あちこち傷んでいるようだが、掃除さえすれば住むのには困らなさそうなところだ。二階もあって広いうえに、家具も前の住人たちである解散したパーティが使っていたのがそのまま残されていて、条件としちゃかなりいい物件だろう。
その割には安く買えた、とヨルは自慢げに言う。
「なんでもここ、誰が住んでも数年と持たずに去っていくそうなんです。前のパーティの人たちがギルドハウスにしてからはけっこう長く使われていたらしいんですが、結局はそこも離散してしまって……」
「つまり、曰く付き物件ってことか?」
「ですです」
神妙に肯定するサラだが、ヨルのほうは「ゼンタたちならそんなの気にしないでしょ?」とあっけらかんと言った。
「ま、俺は別に曰くなんざどうでもいいタイプではあるが……にしたって高いもんは高いだろ? 家なんだから。なんでそう迷いなく買えちまうかね」
自分で住むためならともかく、俺たち用にだからな。
普通ならありえねーぞこんな買い物は。
「だってゼンタたちがギルドハウスを欲しがってるって隣のパインから――おほん。そこな宿屋の店主から教えられたのでな。聞けば、妾がやった金貨にも手を付けておらんそうだな? それでは報酬を支払った意味がない。であれば、金ではなく品を押し付けるまでよ。こうすればお前たちも妾からの施しに預からざるを得まい?」
あー。勿体なくて旧金貨を崩してねーのがバレたのか。
ヨルはそれを聞いて、実質俺たちへの報酬が酒代を奢っただけになってると気付き、どうにも気に食わなかったようだ。
なんともまあ貴族的精神の強いやつだ。
だからって家を買い与えるのはちょいと行き過ぎてる気がしないでもないが……。
ちなみに途中から口調が王女モードになったのは、内装を見ていたヤチたちがヨルに注目し始めたからだ。今更威厳を出したってもう遅いと思うがな。さっきは「おかえりー!」ってめっちゃいい笑顔で俺たちを迎えてたし。
「金を払った以上、形式上は妾が世帯主となっているが、使用の権利はアンダーテイカーにある。そのため妾もアンダーテイカーの一員ということになった。ふ……よしなに頼むぞ」
などと言ってヨルは初顔合わせの面々へ名乗りを上げる。
はー、なるほどな。形としてはヨルがポレロに家を持って、俺たちが間借りさせてもらってると思えばいいのか。家を貰ったというよりはそっちのが落ち着けていいな、うん。そう思うことにしよう。
皆と話すヨルを見ながら、カスカが俺に話しかけてきた。
「あらら。思ったより人数が増えてるわね? それなりに部屋数はあるけど、これじゃすぐに足りなくなるかもね」
「あー、家があってもそういう問題が出てくるか。相部屋方式にして数を稼ぐしかないな。サラとメモリ、ビートとファンクあたりは同じ部屋でいいか。ヤチは……おっとそうだった、カスカ! 俺、ヤチを見つけたんだぜ!」
「そんなの見ればわかるわよ。ヤチー! ちょっとこっち来てちょうだい」
カスカが呼べば、会話の輪から抜け出してヤチはいそいそと近寄ってきた。
「ひ、久しぶりだね、白羽さん……元気そうでよかった」
「久しぶり。私のことはカスカでいいわよ、こんな状況だし。ヤチも無事で何より……そこで、ぜひあなたに会わせたい人がいるんだけど」
「会わせたい人……?」
「ふっふ、びっくりするわよー」
ほくそ笑んだカスカの顔でなんとなくわかった。どうしてポレロに……具体的には俺たちのところへ戻ってきたのかもだ。
「そう、ちょうどあんたたちと入れ違いになっちゃったみたいだけど、パインさんからヤチのことを聞いて笑ったわ。あまりにもタイミングがいいものだから。やっぱりあなたたちはお似合いのコンビってことね」
「それじゃ、もしかして……!?」
「ええ。これだけ騒いでることだし、うるさくってそろそろ起きてくると思うわよ」
仲良しコンビというワードでヤチもようやく、カスカが誰を連れてきたのか検討がついたようだった。
目に見えて瞳が輝いたそのとき、カスカの言う通りのタイミングの良さで二階からパジャマ姿の女子が降りてきた。
「ふわぁ~あ。なーに、カスカっちにヨルっち……随分と賑やかみたいだけど……、」
「……! ユマちゃんっ!」
「わあっ! って、ヤッチー! ヤッチーなんだね!?」
ショートカットで、快活な雰囲気のその女子は最初こそ寝ぼけていたようだが、ヤチに抱き着かれるとすぐに目も覚めたみてーだった。
「そうだよ、ユマちゃん! 会いたかった……!」
「私も会いたかったよー! 良かった無事で! もう心配で心配でどうにかなっちゃいそうだったんだから! ヤッチーってば私がいないと何もできないし!」
ヤチのことを愛称で呼び、強く抱きしめ合って再会を喜んでいるのは浅倉ユマ。元の世界じゃいつでもヤチの傍にいた相方的な存在だ。
二人が揃って俺的にもしっくりくるぜ。あるべきものが収まったっていうか、いつもの光景って感じでよ。
「すごく心細かったけど、冒険者のガレルさんって人に拾ってもらって……それからゼンタくんに見つけてもらったんだ。ユマちゃんは?」
「私もそんな感じ、ヤッチーを探してふらふらしてたら一昨日、カスカっちと会えてさ! 行くとこないなら一緒に行こうってこの街まで来たんだ。そしたらヤッチーもここにいるらしいって聞いたから、こうして待ってたんだよ!」
そうなのか、とカスカを見ればこくりと頷き、
「ゼンタもプーカから来たって? 実は私がユマを見つけたのもあそこなのよ。ヤチはプーカを拠点にしてる『巨船団』にいたんでしょ? たぶん、あんたや私が関わらなくてもユマは遠からずヤチを探し当ててたでしょうね。【道標】もないのに大したもんだわ」
確かに、勘頼りで異世界を単身うろつきながらも確実にヤチの居場所へ近づいていたとなるとすげーことだ。恐るべきは仲良しコンビの絆の深さってところか。捕らわれ(?)のヤチをユマが探し出すってのもいかにもこの二人らしいぜ。
素直に感心してると、近況を話し終えたユマがヤチのことを抱きしめたままで俺のことを見た。
「……ゼンタっち! ヤッチーを見つけてくれたのは本当にありがとう。またお礼しなくちゃね。でも、これからヤッチーのことは私が守るから!」
「守るってお前……」
戦えるのか、という疑問が顔に出てたらしい。ユマはその手にどこからともなく金槌……ハンマーを出現させて宣言した。
「レベルは十七、職業は『職人』! 私は戦う職人だよ!」
「お、おうそうか……」
職人って家政婦並みに戦闘とは無縁そうに聞こえるんだが……とは言わなかったさ。
ユマの自信満々さからするとおそらく英断だったと思うぜ。




