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118.ボチツーとボチスリー

 ガードの人に頼んで中庭を貸してもらった。テミーネとガンズはまだ話し中なんでちょっくら席を外しても大丈夫だろう。


「ここで何をするの?」


 ついてきたヤチが不思議そうに、保護者のような雰囲気で訊ねてくる。退屈になった俺が遊ぶために庭に出たとでも考えているようだ。


 そんな休み時間の小学生じゃあるまいし……とは言えんな。

 暇が過ぎればマジでそうしてたかもしんねーし。


「ちょっとスキルの実験をしときたくてよ」

「実験って、今?」

「おうよ。こういうのはちゃんと本番前に試さねーとな。【召喚】、『ゾンビドッグ』!」


「わう!」


 俺の声に応えてボチが姿を現した。今日も元気いっぱいだな。足元に寄って甘えてくるんで、俺はしゃがんで頭を撫でてやった。


「わう~」


 尻尾を振って喜ぶボチを見て、ヤチが口に手を当てた。何かと思えば、どうもボチの出現に感激しているようだった。


「か、かわいい……! この子、どこから来たの?」


 ん? そういやヤチはまだボチを見たことなかったか。


「スキルで呼んだんだよ。ドラッゾとかモルグと同じだな」


「それじゃあ、この子もモンスターなの?」


「はは、戸惑うのも無理ねーな。ところどころ紫色ってこと以外にはただのコーギーにしか見えないもんな」


 一応はこれでもれっきとしたゾンビ……魔物なんだが、この愛くるしさから恐怖なんて感じられるはずもない。怖がるのは犬そのものが苦手なサラくらいだ。


 現に、臆病なヤチでも駆け寄ってきたボチを恐れることなく抱き上げている。


「わふう……」

「ふふ、なんだか眠そうにしてるよ」


 いや、それは眠いんじゃねーな。俺にはすぐピンときたぜ……どこの部分とは言わねーが、ふっかふかのクッションに身を包まれたことで気持ちよく安らいでいるんだろう。


 くっ、なんて羨ましいやつだ……! 

 俺も小型犬なら遠慮なくそこへダイブするんだがな。


「おーい、本気で寝るなよ。今からスキルの成長具合を確かめるんだから」


「あ、そうだったね。ごめんねボチちゃん、起きてくれるかな?」

「わう!」

「いい子だね」


 モルグを見たときとの反応の違いに泣けてくるぜ。見た目が如何にもホラーチック(それもスプラッター)なモルグに原因があるんだが、最初は露骨に距離を取ってたもんな。


 それでもクエストを通して慣れ始めてはいたようだが、ボチに関しては最初っから甘々。ボチのほうも甘えられるとわかれば遠慮がないな。


「だけどボチはただかわいいだけじゃねえんだ。ヤチにも変態を見せてやれ!」


「へ、変態?」


「わうわう――バウル!」


「わっ!? ボチちゃんがおっきくなった……!?」


 小型犬が狼に。何度見ても意味のわからん変化だ。俺でもそうなんだから初めて目にするヤチはますます困惑するだろう。


「ボチちゃん、なんだよね?」


「そうさ、別のモンスターじゃねえぜ? 言うなりゃボチの戦闘モードってところか」


「スキルでこんなこともできるんだ……」


 大型犬くらいになったボチの背中を撫でるヤチ。

 その感心した様子にボチも誇らしげな顔で立っている。

 勝負の最中でもねーってのに、いつもより張り切ってる感があるな。


「肝心の実験はこっからだ」


 一旦ヤチに離れてもらって、俺は新しい力を試してみる。


「よーし。そんじゃボチ、分裂しろ!」


「バウル――」


「「「バウバウ!」」」


「うぉおっ!?」

「ボ、ボチちゃんが三匹に増えた!」


 こいつはおったまげた、ヤチの言う通りボチが三体に数を増やした!


 真ん中はいつものボチだが、その右に垂れ目で温和そうな顔付きの二匹目のボチ、そして左には吊り目でイカつ目の顔付きをした三匹目がいる。


 三頭並んだボチsを見て、俺は感嘆する。


「分裂可能ってのは文字通りの意味だったってわけだ……訳わかんねーからいっちょ試してみたが、まさか本当に三倍に増えるとはな!」


 ヤチと一緒に増えたボチたちを可愛がる。


 顔立ちは多少違っても恰好は似たようなもんだし、性格もそう変わりはねーみたいだ。


 強いて言うなら垂れ目なほうはより甘えん坊で、吊り目のほうはそこまで甘えないっていう微妙な差があるけどよ。


「この子たちの名前は?」


「え、名前……名前か」


 言われて気付いたが、確かに全員をボチと呼ぶんじゃ俺もボチたちも混乱することになりそうだな……それを避けるためにはそれぞれ呼び方を変えるべきだ。


 と言ってもボチはボチだし、まったく違う名前にするのもな。


「わかりやすくボチ二号とかボチ三号……ってのはしょっぱいか。よし、だったらボチツーとボチスリー! これでいこうじゃねえか」


 垂れ目がツーで、吊り目がスリーだ。

 この名付け方にヤチはなんだか少し苦笑っぽい表情を見せたが、反対はしなかった。


「これからよろしくな、ボチツー、ボチスリー! もちろんボチもだ!」


「「「バウ!」」」


 走るのが速く、噛む力も強いボチが三匹になった。三倍だぜ、三倍。これはかなりの戦力増強と言っていい。


 ただし、SPの減り方を見るに消費量もおそらく三倍……しかも召喚と変態を合わせての三倍という決して少なくはねーポイントを使うようだが、今やSPだって100を超えてるんだ。


 これくらいならなんとかなるだろう。

 なるといいな。


「ね、ねえゼンタくん! ちょっとだけでいいから、この子たちと遊んでもいいかな?」


「おめーひょっとして無類の犬好きか? いいぜ、まだ時間もあることだしな。俺も混ざるぞ」


 俺はどっちかと言えば猫派なんだが、それは好き嫌いの話じゃなく、猫に恩義があるってだけの話だ。昔に犬に襲われたからと言って犬が嫌いなわけじゃない……だからこうやって犬好きが夢中になる気持ちもわかる。


 今のボチは犬じゃなくて狼なんだが、まあほぼ一緒みてーなもんだろ。


「あはは、くすぐったいよー」

「バウバウ~」

「ほーれ、先にキャッチしたほうの勝ちだぞ!」

「バウッ!」

「バウル!」


 俺が放り投げた枝を一目散に追っかけるボチとボチスリー。

 こういうとこはなんとも犬らしいな。


 だがボチツーはヤチに甘えるのに忙しくてこちらには見向きもしない。

 やっぱり、ほんのちょっとずつ違いがあるっぽいな? 


 そんで、枝をキャッチしたのはボチスリーだった。ボチツーとは逆に、こいつは闘争心が他より強いのかもな。


「あー、こんなとこにいた」

「おうい、もう終わったぞーい」


 ボチたちの個性を確かめながら遊んでいるうちに、思いのほか時間が経っていたらしい。早めに戻ろうと思っていたんだがもう事情聴取が終わってたみてーだ。探させちまって悪いことをしたぜ。


「叱られたか?」


「そらーこってりとな。ワシも今思えば闇ギルドへ依頼するなんぞどうかしとったわい」


「反省したならそれでいいと思うよ。おかげで一斉逮捕につながったわけだし、塞翁が馬ってね」


「庇ってもらってスマンな、テミーネの嬢ちゃん」


「いいのいいの。本心を言っただけだしさ」


 にひひと笑いながら歩くテミーネを先頭に警団署を出た俺たちは、そこで別れることになった。

 そのときにはもう夕暮れ時だった……朝早くからクエストに出たってのに、あっという間にこんな時刻だ。

「じゃ、私はこれで。プーカで一晩明かしてポレロへ戻るつもりなら、宿はここからすぐの『ミステイク』がオススメだよ」


「オススメとは思えねえ名前だな?」


「あはは! 私もそう思う。でもいいとこだよ、私が保証する」


「そうかい。お前がそう言うならそこに決めたぜ」


「ん。また縁があったら会おうね」


 そう言ってテミーネは自分とこのギルドへと帰っていった。雰囲気通り、別れ方までさっぱりしているやつだぜ。あっさり塩味って感じの人柄だ。


「先に宿取って、それからドラッゾであいつら迎えに行くわ」


「あ、それなら私も行くよ。全員を乗せるのは難しいよね?」


「ギリいけるとは思うが……でもそうだな、そっちのが楽だ。一緒に来てくれるか」


「かしこまりました、ご主人様。……あ、あれ。また私変なこと……」


 またのメイド化に戸惑ってるヤチは置いといて、ガンズには留守番を頼んどこう。


「ガンズさんの宿代も俺が出すから、待っててもらえるか? 一応護衛にボチを置いとくぜ」


「何から何まで悪いのう、ゼンタ」


「悪いこたーねぇよ、依頼主を家に送り届けるまでが護衛任務ってもんだ」


「ゆーてもワシは家なき子じゃがな」


「家ねーのかよ!? それじゃあ子じゃなくて家なき爺じゃねえか」


 ありゃ孤児の少年の話だろ、と施設にあった本を思い出しながら言ったが、そういやここは異世界だったぜ。俺の知ってる本とは関係ねーよな。


 なんかついつい忘れちまうんだよな、ここが元の世界とは違う場所だってことを……。


 色々と刺激的な体験をしてるってのに、これはなんでだろうな?


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