115.いっぺん死ね
「歯向かったからには命が惜しくねえってことだよなぁ!」
「ガキだからって容赦すると思うなよ!」
吠えながら斬りかかる斧持ち二人に対し。
「思ってねーよ。容赦しないのはこっちのセリフだ」
と答えたのは俺じゃなくアップルだ。
吐き捨てるように言った直後に彼女はもう斧持ちの背後へと回り込んでいた。速い。あれじゃあ男たちからすると突然目の前から獲物が消失したように見えたことだろう。
斧が空を切り、ポカンとした二人の頭がガシッと鷲掴みにされる。そのままアップルは二人の頭同士をぶつけて気絶させた。
「このクソガキ! くたばれぇ!」
背後からメイス持ちが迫るが、アップルはまったく慌てない。倒れようとしている斧持ちたちの肩を使って跳躍するとメイス持ちの頭上を取った。
「んなっ!?」
「ほいっと」
「ぐべっ、」
真上からの蹴りに対応できなかったメイス持ちは延髄への衝撃でがくっと膝から崩れ落ちた。その傍に降り立ったアップルは男の体を持ち上げて、
「よいさー」
「「うおぉぉぉ!?」」
新たに迫っていた棍棒持ちの男二人へ気絶したメイス持ちをぶん投げることで戦闘不能にさせた。仲間を使い捨ての武器にされるとは思ってなかったんだろう、連中が少しざわついているぜ。
「どうしたの? こんなガキ一人にどれだけ手こずるのさ」
「調子に乗りやがって……! おい、フクロにするぞ! 一斉にかかれ!」
舐められた怒りで男たちはより大勢でアップルへ襲いかかろうとするが……ぶっちゃけあいつらが勝てるヴィジョンがまったく浮かばねえんすわ。
すげーなぁ、アップルのあの強さ。
とんでもなく戦い慣れてるうえに、あれでもぜんぜん本気じゃねえってのが見ていてわかるぜ。
宿屋の店主の娘のくせしてどこでこんだけの戦闘技術を身に着けたんだ?
パインはどうも昔冒険者だったっぽいが、当然そんときはアップルは生まれてねえだろうし……。
「ふんっ」
「がばぁっ!」
考え事をしつつ、男の脇腹へ『恨み骨髄』を叩き込んで沈める。
まだ誰からも攻撃を食らってないんで恨みパワーは一切溜まってねえが、それなしでも打撃武器としちゃ十分だ。
つか、こいつら相手に『恨み骨髄』の能力を使うと過剰攻撃になっちまうわな。
やっつけたのはこれで五人目。アップルの暴れっぷりが凄いんで大半があっちに行ってて、俺は本当に楽ができちまってる。たぶんそれ狙ってあんな派手に戦ってるんだろうな、アップルは。ありがてえこったぜ。
ま、もうちょいこっちに回してもらっても問題はないんだが――。
「死ねえぇっ!」
「おっと!」
ただならぬ気迫とともに蛮族にしては珍しい両手剣が振り下ろされるのを、『恨み骨髄』を横にして受け止める。例の喧嘩で打ち負かした男だ。
元冒険者として使い慣れた武器なのか、慣れた動作で剣を離すと近距離からでも構わず斬り込んできた。だがその程度に反応できない俺じゃねえ。こっちも骨の剣を振って奴の剣にぶつけてやったぜ。
「ちぃっ! この野郎めが……!」
蛮族たちはみんな殺意を持って襲ってきているが、こいつだけはちょいとその種類が違うな。
ただの獲物を見る目じゃないんだ。
俺っていう個人を深く恨み、確実に殺してやろうとする執念めいた殺気がヒシヒシと伝わってくる。
「けっ、そんなに俺が憎いかよ」
「俺を虚仮にしやがっただろうが! てめえが有名になったせいで俺の悪評も広まっちまった……才能アリの新人にあっさり負けた能無し冒険者だってなぁ!」
「本当のことじゃねえか。喧嘩だってお前から売ったんだし、元のパーティを辞めさせられたのだって素行不良が原因だろ? 全部自分のせいだろうが……自業自得って言葉を知らねえのかよ」
「そうさ、だから俺ははみ出した! おかげで今は好き放題やれていい気分だぜ! 『廃れ屋敷』でなら! こうしてムカつく野郎を自分の手でぶっ殺せるんだからなぁーっ!」
渾身の気合……というより渾身の殺意が乗った剣を、また受け止める。
逆恨み男は砕けるんじゃねえかってくらいに歯を噛み締めて俺のガードを崩そうとしているが、本音を言っちまうとだ。
「軽すぎるぜあんた。この剣も、その殺意もな」
「あぁっ!?」
「力も思いも足りてねえんだよ。――インガの殺意は色が無くて、なのにあり得ねえほど重かった。濁っていて黒いのに軽いお前とは正反対だぜ。そんで力のほうは、比べるのも馬鹿らしいくらいだしな……!」
「う、ぐぅう!?」
男の剣を押し返していく。どうにか対抗しようとしてくるが、全力を込めてもまったく敵わないってことに気付いて男の顔には驚愕と焦りが滲んでいる……いやいや遅すぎるだろ。冒険者だった割には危機管理能力ゼロかよ。
「前の喧嘩じゃだいたい互角くらいだったがよ……悪いな。今の俺とお前じゃ喧嘩なんざできやしねえ。成立しねえんだよ、実力差がありすぎて」
「て、めえ……!」
「勝てねえって知ったなら――こいつでちったあ反省しやがれ!」
一撃だ。
それだけで逆恨み男の剣は圧し折れ、男自身も顔に『恨み骨髄』を食らって吹っ飛んだ。
倒れ込んだ奴が起き上がることはもうない……や、殺しちゃいねえぞ。きちんと加減はした。
だが加減したってのにこれか。改めて、前のときとはステータスが違いすぎるんだと実感する。【活性】も【集中】もまったく使う必要がねーもんな。
本気を出す相手は選ばねえとうっかり死なせちまいかねない。
そういう段階にまできているんだ、俺は。
――ガガガァァッッ!!
「!?」
しみじみしている横で、閃光と一緒にとんでもない轟音が響いた。これは、雷だ! 男たちとアップルが戦ってる場所に雷が落ちてきた……! こんな晴天なのに!?
「へっははは、もう一発!」
奇怪な落雷にも慌てない親玉野郎、と思ったがそうじゃなかった。針みてーなのが上に飛び出した円盤をそいつが落雷跡に投げ込むのを見て、雷の元凶が他ならぬこいつであることを知った。
その証拠に、まるで避雷針かのようにその円盤目掛けてもう一度雷が落ちてきた。
――ガガゴガァッ!!
「ぐぅ……!」
至近距離に落ちる雷ってのは、強烈だ……! 目が眩むし耳がキンキンして足までふらつく。だが余波だけの俺よりも、明らかに狙われて落とされたアップルのほうが問題だ!
「俺の投擲は精確だ! ちょうど足元に落としてやったぜ……それも二発! 貴重な魔武具を失くしたが背に腹は代えられねえ。こいつを食らってくたばらねえ奴はいねえ! へっははは!」
こいつ、確実にアップルを仕留めるために部下ごとやりやがったのか! まさに使い捨ての道具って感じか……しかも男たちよりも円盤のほうを惜しんでやがる始末だ。救いようのねえ男だぜ!
「アップル……!」
「無駄だ、黒焦げのオブジェが出来上がってるだけだぜぇ!」
あんなのが二回も直撃して無事で済むはずがない。
それは奴と俺の共通認識だったが、死を確信してる奴と違い、俺はアップルならまだ息はあるだろうと願望込みで推測していた。
だからこそ親分をやる前にアップルを助けようとしたんだが……。
俺たちの予測は、二人ともに見事に外れた。
「集団戦を想定していながらこんなのを隠し玉にしてたのか……」
「なぁっ!? い、生きて……!?」
熱と土の煙が立ち昇る中から聞こえてきた声。
親分は顔を引き攣らせたが、そこからひとつの影が飛び出してきたことでもはや何も喋れなくなった。
「あんたみたいな下らない奴は――」
「ひ、ひいーっ!」
「いっぺん死ね」
上空で身を翻したアップルは親分に向かって凄まじい速度で落下し、腹のど真ん中に飛び蹴りをぶち当てた! 「カッ……!」と親分は声もなく地面にめり込み、白目を剥いたまま意識を失った。
おいおい、なんて技だ。どうやったらあんな蹴りができんだ? なんか一瞬、アップルの体にピンクっぽいオーラが浮かんだようにも見えたが……蹴りが速すぎてよくわからんかった。
「いけね。ムカついてちょっと本気出しちゃった」
「おい……死んでねえよな? そいつ」
「一応ね。治っても戦えなくさせたけど、命までは取らないようにした」
戦えなくさせた、ねえ。
そんな器用な倒し方までできんのかよ。
マジでなんでこうも強いんだろうか。無性に気になるが、アップルは自分のことをちっとも話さねえやつだからなぁ。今は考えたって意味ねーか。
「ま、これにて一件落着だな」
「いや、まだでしょ。こいつらを警団に引き渡さなきゃ」
「え……これを全員?」
「もち、全員」
数えると、親分含めて二十六名。これだけの伸びた大の男たちを、どうやら俺は今から街まで運ばなくっちゃならないようだった……。
ドラッゾがへとへとになって機嫌を損ねねーといいんだが、と俺はため息をついた。
本当に迷惑な奴らだ、アバンダンドってのは。




