114.泣く子も黙る『廃れ屋敷』
「誰だ!?」
第三者の声に警戒してそう呼びかければ、がさっと茂みから生えてくるかのように三人の男が姿を現した。
「お、お前さんたちは……!」
ガンズはその男どもの顔に見覚えがあるらしい。
「知り合いか?」
「う、うむ。ここの下調べの際に護衛を頼んだギルドの構成員じゃ。しかし、言ったようにとっくに依頼は終わっとるんじゃが……報酬もきちんと支払った。それでワシは文無しになったんじゃ」
なのになぜ男がまだここにいるのか、それもこんな待ち伏せるような隠れ方をしていたのかがわからない。
そう戸惑うガンズに男の一人は「げはは!」と笑った。なんつー下種そうな声だ。
「あれっぽちの金で俺たちを顎で使おうってのは虫がいいぜ、ジジイ! ちゃーんとわかってたんだぜぇ? てめえが隠し事をしてるってことくらいはなぁ!」
「そうだ! あんな臭い芝居で『何もなかったわい』なんて言われて信じるわきゃねえだろうがよ! 俺たちには教えたくねえ何かがあるってすぐ見抜けたぜ」
「だが痛めつけたところで変人ジジイが素直に吐くとも思えねえ。だから俺たちは待つことにしたのさ。てめえがまたここに戻ってくるのをな! ここいらに何かしらお宝が眠ってるんだろうと踏んでのことだったが、大正解だったぜ。でしょう、親分!」
お、親分だと?
その言葉に訝しめば、また新たに別の男がそいつらの後ろから出てきた。それだけじゃない、他の草むらや木の影からもわらわらと、まるで虫のように湧いてくるじゃねえか。
ざっと二十人以上はいるか? 全員が下卑た笑みとともに不穏な気配を放っている。
こいつら、俺たちを囲んで何をしようってんだ?
「決まってるだろ、お宝を奪うのさ! おめえらお手柄だぜ、こいつらは魔鉱石に加え、紅蓮石まで見つけてきたらしい! へっへ、当然その全部が俺たちのもんだ!」
親分と呼ばれた男の言葉に、周囲の連中は大いに盛り上がった。やっぱ強盗目的かよ。だが、こいつらが何者なのかがいまいちわからねえ。
「ガンズさんよ、どこでこいつらと知り合った?」
「実は……冒険者組合にはもう頼めんからには致し方なしと、闇ギルドへと依頼しちまったんじゃ。そっちには規則なんてないからのう。ワシの端金では正面の三人しか雇えんかったが……どうやらそれでも金が足りとらんかったようじゃの」
すまん、とこんな事態を招いたことを謝るガンズ。それを男たちは大声で嘲笑った。
「その通りさ、高くついたなぁ爺さん! 泣く子も黙る『廃れ屋敷』を安く使おうなんざ考えたのが運の尽きだ!」
「アバンダンドだぁ……? んだそりゃ」
初耳のワードに首を傾げると、いつものようにサラの解説が入った。
「闇ギルドでも一、二を争うほどの勢力を持つ悪名高い一団ですよ。色んな街に傘下の集団がいて、あくどい方法で稼いで私服を肥やしつついくらかは首領に上納しているとかなんとか……闇ギルドとしては珍しく組織立っていて、言うなれば闇界の『恒久宮殿』と言ったところでしょうか」
なるほどねえ。ガンズはそんな有名どころの違法者集団へ頼っちまったのかよ。
小さな闇ギルドのほうがかえって危ないと思ったのかもしれんが……そしてそれはその通りかもだが、今回は組織として一応成り立っているらしいアバンダンドの阿漕さがモロに出たって感じか。
「何を他人事みてえに話してやがる! お宝だけじゃねえ、てめえら全員の身ぐるみを剥がさせてもらうぜ! それから、女もだ! そっちとそっちの二人を置いていきな!」
女も、と親分が言った瞬間にいっそう男どもが興奮し始めた。
「俺ぁ黒髪のほうだ! 地味だが胸がデカい! 俺好みだぜぇ!」
「だったら俺は金髪を相手するぜ! なんせ顔がいい、こんな上玉は滅多にいねぇぞ!」
「顔なんかより体だぜ! 楽しめるのはなんと言っても肉付きのいい女だからな!」
「いーや顔が一番さ! お上品な顔立ちが恐怖と屈辱で歪むのがたまんねえんだよ!」
「ひう……!」
「むむ……私もスタイルには自信ありますけどね!」
男どもの視線から隠すように胸を腕で覆ったヤチ。それとは逆に、胸を張って隠れ巨乳をアピールするサラ。おいおい、どういう状況かわかってのかこいつは? 思考回路が常人とかけ離れすぎだろ。
「サラはいいとして……おうコラ。ヤチを怖がらせてんじゃねえよクズども。金玉でしか物を考えられねえなら脳みそなんざ捨てたらどうだ? いや、もうとっくにゴミ箱に入ってんのか。お前らの頭の中っつーきったねえ場所になぁ!」
「んだとぉ!?」
「ぶち殺されてぇかガキが!」
「私はいいとしてってどーいうことですか!」
俺の挑発に男たち(+サラ)が激昂するが、親分だけは据わった目をしながらも笑っていた。
「へはは、活きがいいな小僧。だが利口じゃねえ。俺たちゃてめえらの倍以上の数を揃えてんだ。そして殺しだってちっとも厭わねえ……この意味がわかるな? そっちには足手纏いだっていることだ、ここは素直に出すもん出して一人でも多く助かったほうが賢明じゃねえか? ん?」
「口臭そうだなあんた」
「ようし殺す! こりゃてめえの自殺だぞ小僧!」
「だったら親分、トドメは俺に刺させてくださいよ! そいつには個人的な恨みがあるんだ!」
急に男どもの一人がそんなことを言って俺を指差した。確かに恨みを感じさせる目付きで睨んでくるが……はて。
「は? 誰だよテメー。絶対知り合いじゃないだろ」
「この野郎……!」
これは挑発とかじゃなく本気で覚えてないから聞いただけだが、めちゃくちゃ怒ってる。いやマジで誰なんだよこいつ。
「ゼンタさんゼンタさん」
「なんだいサラさん」
「あの人、初めてリンゴの木を訪れたときにゼンタさんと喧嘩した人ですよ」
「……あー! あの酒に逃げてたどうしようもねえ奴か! どうでもよすぎてとっくに記憶から消してたぜ」
「こ、この野郎がぁ……!」
男は怒りがマックスになったようで、心配になるくらい顔を真っ赤にさせてプルプルしている。だが今の状況を思い出したのか「へっ」と急に余裕を取り戻した。まだ顔は赤いままだがな。
「今のうちに好きなだけ強がってるといいぜ。そのぶん徹底的に痛めつけてやるからなぁ!」
「はーっ、どこまでも三下なんだな。こんなしょうもねー奴ならもっと徹底的にぶちのめしとくんだったぜ」
どっかのパーティから追放されて、飲んだくれて、中坊に喧嘩ふっかけて負けて、リンゴの木からも出禁になって。それ以降は一回も見かけなかったが、ポレロを離れてアバンダンドの一員になっていたらしい。
はぐれのチンピラがヤクザの下っ端になったってところか……ガチでしょうもねー。それでいいのかお前の人生。
「今からでも遅くはねーか。責任もってもう一度叩きのめしてやるよ」
「どこまでも口の減らねえ坊主だな。いいぜ新入り、最後はてめえにやらせてやるよ。だが弄るのは俺だ!」
やっちまえ、お前たち! と親分の号令で男どもは各々の武器を構えて戦闘態勢を取った。手斧に棘のついた棍棒、メイスっぽいのもある。全体的に破壊力重視って感じの装備だな。ただし服装は軽装で、どっちかってーと動きやすさ重視に思えるが。
「奇襲、それも対人メインだね。蛮族極まれりだな」
「お? アップル、手伝ってくれんのか?」
「まーね。実はあんまり働いてないこと気にしてたりして……魔鉱石だけ貰って帰るのも悪いから、ちょっとはやろっかな」
俺はレベルアップで回復できてるからいいが、他はみんな洞窟探検で体力を消耗しているからな。まだ十分に余力を残してそうなのはアップルくらいだ。
サラとメモリも戦えはするだろうが、あいつらまで前にでるとガンズたちを守るのがモルグしかいなくなっちまう。
「ゼンタの兄貴にアップル……!」
「自分たちも戦いますよ!」
「まあまあ、ちょいとお控えなさって。お二人にお任せしてもいいですかー?」
「私とゼンタだけで十分でしょ。お釣りがくるよ」
今にも飛び出そうとするビートとファンクを諫めつつ訊ねてくるサラにそれだけを答えると、アップルは特に気負いもなく歩を進めていく。
「頼りになるなぁ、アップル。俺だけで二十人相手すんのは厳しかっただろうからな。助かるぜ」
【武装】で『不浄の大鎌』を装備しながらそう声をかけると、アップルは「何言ってんのさ」とニヒルに笑った。
「あんた一人でも手は足りてるくせに」
「だけど、楽させてくれるんだろ?」
「ま、少しくらいは」
「いい度胸だ……! まずはこの二人からズタボロにしてやれぇ!」
二対二十以上という圧倒的な戦力差がある勝負が始まった――俺ぁちっともピンチだとは思わなかったがな!




