113.相応しき者たちへ
世界にたった三つしかない紅蓮石……そのうちのひとつが目の前にあるこれだって!?
あまりの稀少さにおったまげた。
あんましピンと来ていなかったが、ようやく俺にもこの石の価値の高さってのがわかってきたぞ。
「ガンズさんの夢ってのはつまり、紅蓮石を見つけることだったのか」
「ああ、そうじゃ。まだ若かった頃に、中央で紅蓮石を目にする機会があってな。一目見た途端ワシは虜になったよ。紅蓮石の持つ神秘に魅入られたんじゃ。呼ばれている……そうとまで確信できたほどにのう」
「それ以来、ずっと紅蓮石を探し続けてきたんですか?」
「そうとも、誰の手も借りずにな。危険地区に出向く際には冒険者を頼ったが、調査はすべて独自に行った……どうしてもワシだけの力で成し遂げたかったんじゃ。紅蓮石が発見されたふたつのパターンを参考にして、あらゆる文献を紐解き、少しでも怪しいと思える地には必ず出向いた。苦節五十年……何度となく外れを引いてはきたが、これでようやく実を結んだ。ワシを魅了したあの真紅が、今ここにある……!」
ガンズさんは感極まった顔つきで、そっと紅蓮石へと手を伸ばした。まるで赤子を慈しむような優しい手付きで両手を添わせると、誰より間近で紅蓮石の輝きを感じ取っていた。いや、享受しているとでも言うべきか……とにかく彼は今、幸せを噛み締めているところなんだ。
紅蓮石の強烈ながらも暖かな紅色が、触れた手を介してガンズさんにも移っていくように見えた。なんだか紅蓮石のほうも見つけてもらえて嬉しそうにしているみてーだな。
こんな光景を見せられたら何も知らねー俺でも、なんつーかこう……込み上げてくるものがあるぜ。
「パーティを代表して……おめでとうって言わせてもらうぜ。これはきっとガンズさんだからできたことだ。世界三番目の紅蓮魔鉱石発見者ガンズ。格好いい響きじゃねーか」
「おぉ、ゼンタよ……この喜びをどう表現したものか。とても言葉では言い表せそうにない。人生が報われた至上の幸福はのう……しかしそれでも、感謝はきちんと伝えたい」
「感謝?」
紅蓮石へ何か感謝することがあるのか、と疑問に思ったがそうではなかった。石から手を離したガンズはこちらへと向き直って、
「お前さん方にじゃよ。今日という日は良き出会いの日じゃ。悲願の達成を、アンダーテイカーと共有できたこと。ワシはそれもまた嬉しい……だから」
――これをどうか受け取ってほしい。
と、ガンズはなんの未練も感じさせない態度で言った。
「「「えぇ――――っ!?」」」
当然、こちらはびっくりだ。
こんだけ情熱と喜びを語っておきながら、人に譲っちまうのかよ!?
「どういうこった! 紅蓮石が欲しくて今まで苦労してきたんじゃねーのか!?」
「そうですよ、私たちへの報酬はあくまで魔鉱石ですから!」
「……報酬金を気にしているのなら、無用の心遣い。形はどうあれ、クエストが発生しているなら問題はない」
「依頼内容が不明確だったのは確かだからグレーはグレーだけど……まあ受けたパーティがこう言ってるんだから、素直に依頼者が貰っていいと思うけどな」
「そうだぜ爺さん! それは見つけたあんたの物だ! なあ後輩!」
「こればっかりは先輩に同意です。ガンズさん、兄貴たちだって貴方にそれを持っていてほしいんですよ!」
「ゴアッ、ゴアゴア!」
俺たちは口々にガンズの説得にかかる。冷静に考えるとなんの説得なんだかよくわからんし、モルグに関しては何を言ってんのかすらさっぱりだが、とにかくだ。
人生の大半を費やしてやっとこさ手に入った夢の結晶を他人に譲渡そうとする判断。
その過ちを正してやろうっていう、ある意味じゃ偉そうなことをしようとしていたわけだ。
だが、たった一人だけはそうじゃなかった。
「待って!」
やいのやいのと言う俺たちに困ったように笑うガンズ。
彼の側に立って俺たちを止めたのは、ヤチだった。
「みんな、少し勘違いしていると思うの……」
「勘違い?」
なんのことかと顔を見合わせるが、誰もわからねーみたいだ。するとヤチは少し迷ってから、決意したように口を開いた。
「ガンズさんは、紅蓮石が欲しくて探してたんじゃないと思う。自分の手で見つけ出すことがガンズさんの目標で、夢だった。……そうじゃないですか?」
「……、」
おずおずと訊ねるヤチをガンズはじっと見て、それから「うむ」と深く頷いた。
「わかってもらえて嬉しいぞ、ヤチの嬢ちゃん。その通り、ワシは紅蓮石を自分の物にしたくて世界中を探し回っていたわけではない。所有者ではなくあくまで発見者になりたかったのじゃ! あの日、真紅に呼ばれた身として、まだ日の目を浴びていない紅蓮石を世に出す使命があった――そういう意味ではワシの悲願もまだ成就されてはおらなんだ!」
紅蓮石へと振り向いたガンズは「ぬん!」と凄い力でそれを引き抜いた。老人とは思えないパワーだ。だがそれ以前に、紅蓮石のほうが自分で壁から抜け出したようにも感じられたぜ。
「発見するだけではなーんの意味もない! 然るべき者へ、相応しき者たちへ! ワシが譲りたいと思える者たちの下へ紅蓮石はすぐにも渡るべきなのじゃ――言わずもがな! アンダーテイカーにこそこれは相応しい、ワシはそう思っとる!」
「……!」
ヤチの言う通りだった。俺たちはガンズの願いってもんを読み違えていたらしい。だけど普通は、見つけたもんは自分の懐に納めたいと思うもんだろ? 協力してくれたからって他の奴に渡したいとは考えもしないはずだ……だがそれは俺のちっぽけな欲のなせること。
この歳まで頑張ってこられたガンズの動機ってのは、きっとそんな小さなものじゃあないんだろうな。
それこそ、俺なんかじゃ理解も及ばないくらいによ。
「貰ってあげて、ゼンタくん。それで本当にガンズさんの夢が叶うから」
俺の躊躇を見て取ったらしく、ヤチがそう言ってくる。優しい顔だ。俺のこともガンズのことも包み込むような雰囲気がある。それで俺も心を決められた。
「――いいんだな?」
「良いも悪いもない。ワシがやりたくてこうしてるんじゃ」
ニカッと年齢を感じさせない、少年めいた笑みを見せるガンズ。
それに俺も思わず笑っちまって、だったらと頷いた。
「わかったぜガンズさん。世界三番目の発見者から、アンダーテイカーのリーダーとして……紅蓮石を貰い受ける」
大切に扱っとくれとガンズは言った。
もちろんと返した俺の手に、真紅の石が乗った。
◇◇◇
「なんだ、みんなもメシは済ませてたか」
「うん、【奉仕】でご飯を出して食べたんだ。ゼンタくんが許可を出しててくれたおかげだよ」
「別にそんな覚えもねーんだが……まあ食えたならよかったぜ。腹を空かせてんじゃないかと気になってたからよ」
「ゼンタくんたちはどうしたの?」
「そこらにいた亀の胆をガブッとな」
「え……」
すっげえシンプルにヤチが引いたところで、外の光が見えてきた。
魔鉱石や紅蓮石の光量はなかなかだったが、やっぱ太陽のそれは違うな。
ちょっと見えただけでこんなにも安心感が湧いてくる。
それはもちろん、洞窟探検の終わりと相まってのもんだけどな。
「ガンズさんの案内が正確過ぎます。すごくないですか?」
「がっはっは! 何度こういうところに潜ってきたと思っとる! もう慣れたもんじゃよ!」
「この抜群のナビゲートがあったのと、ヤチがゼンタたちの位置を把握してたのとで、はぐれてもあんま慌てなかったよ。あんまっていうか、全然だね」
慌てられて二次被害が起きるのは絶対避けたいことだが、慌ててもらえないってのはそれはそれでちょっと複雑だな。
つか、位置を把握だって?
「そんなこともできたのか、ヤチ」
「なんとなく、大まかにだけどね。ご主人様がどの方角にどのくらいの距離でいるのか伝わってくるの」
「それも【滅私】の効果か?」
「うん、そうだね。……これで、ゼンタくんがどこにいても私にはわかるよ」
「はは、便利でいいな。また迷子になったときはよろしく頼むぜ」
「そこは迷子にならないようにお願いしますよー」
「一緒に迷ったおめーが言えたことじゃねえだろ!」
「ゴアッゴアッゴアッ」
「……モルグが笑ってる」
「こ、こいつこんな笑い方なんですね……」
なんて話すうちに、俺たちは洞窟を出た。六、七時間ぶりの陽の光を体で味わって、一息をつける。なんとかクエスト完了ってな。
「ワシの夢は叶い、お前さんたちは魔鉱石と紅蓮石を手に入れた。今日はほんに素晴らしい日じゃの!」
かっかっか、と愉快そうなガンズだったが。
「ああそうだな。俺たちにとってもそりゃあもう愉快な日になりそうだぜ……!」
突然、誰とも知らぬ声がそう返事をした。




