103.たんまりと稼げる話
「いやー食った食った、ごっそさんじゃ! 生き返ったわい!」
空腹で倒れちまった爺さんに、ひとまず飯を奢った。そしたらまあよく食うったら。とても高齢とは思えねえ食べっぷりだったぜ。たぶん、軽く五人前はいったな。
ガンズと名乗った爺さんは満たされて太鼓みたいになった腹をぽんぽんと上機嫌に叩いている。
「危うく本気でくたっばちまうところだったわい。お前さんたちは命の恩人じゃな! そんな心優しき人らに、とーっても良い話があるんじゃが……ぐふふ、そうとも。たんまりと稼げる話じゃよ」
「詐欺師みてーな口調だな、爺さん」
あまりの怪しさに猜疑心全開でそう言ってやれば「とんでもない!」とガンズは激しく頭を振った。
「騙そうなどとはしておらん、これはアンダーテイカーへのクエスト依頼なんじゃ。ワシについてきておくれ。ある未開拓の地にて、ちょいと手伝いをしてもらいたいんじゃ」
「……説明はそれだけか? 何をしたらいいのかわかんねーんだが」
「目的地までワシを守る。それだけでいいぞ」
俺たちは顔を見合わせた。護衛任務だ。それ自体は別にいいんだが、この爺さんの目的がどういったものか把握しないことにはYESともNOとも答えづらい。
「あんた、何者だ? そんな人のいねー場所なんかで何をしようとしてる?」
「言ったろう、ワシは夢追い人。何十年も前からたったひとつの夢を追い続けておるナイスガイじゃよ」
「あっそう……」
なんかまともに取り合うのが馬鹿みたいになってくんな。
「あそこは人里離れた場所で、ワシが見つけた人類未踏の山じゃ。内部がどうなっとるかはワシにもまだわからん。魔物や魔獣もおるだろうし、当然少なからぬ危険が待っとる」
「ガンズさんが目的地に辿り着くには護衛役が必須ということですね。それで、その目的とはいったい?」
サラの問いに、ガンズはにっかりと笑った。
「秘密じゃ!」
「はーっ?」
「それは目的地にて教えよう。お前さんたちにはただワシを守ってもらいたいんじゃ。ああ! もちろん、それだけじゃあないぞ。このクエストの素晴らしいところは特別報酬にある!」
特別報酬。
この言葉は冒険者が使う場合、クエスト達成で組合から貰える報酬とは別に、そのクエストに付随して得られたそれ以外の金品のことを指す。
例えば特殊な魔物の素材だとか、偶然発見したレアアイテムだとかな。それを懐に入れるか手に余るとして組合に買い取ってもらうかはその冒険者次第だが、いずれにせよより高額なギャラに繋がることは間違いない。
それが特別報酬ってもんだ。
「で、何が貰えるってんだ?」
「ワシの調べでは、あの山には魔鉱石がゴロゴロと眠っておる! ワシの護衛でついてくる傍ら、採掘も楽しめばいい。それだけでお前さんらは大富豪じゃぞ!」
「大富豪か、そりゃいいな! ……ところで魔鉱石ってなんだ?」
「知らんのか!?」
ゼンタさんは来訪者ですから、と一言置いたサラが説明をしてくれる。
「魔鉱石というのは、特定条件下で自然発生する特殊な鉱石全般のことを指します。つまりは、魔力を帯びた不思議な石ですね。どういった環境でそれが生まれるのか未だに解明されていませんが、魔具の生産……とりわけ武器においては重宝されるとても貴重な素材でもあります。普通の鋼の剣と魔鉱石素材の剣ではまったく運泥の差、らしいですからね」
「高いのか」
「高いですよ」
真剣な顔で頷くサラ。指でマネーマークさえ出してなければ絵になるんだが。
「なるほどな。魔鉱石をがっぽががっぽと手に入れて売っ払えば、相当な稼ぎになるってわけだ。通常の報酬と合わせりゃかなりの……」
「ああスマン、通常報酬の用意はないんじゃ」
「あ? どういうことだ爺さん」
「恥ずかしい話、自分の食う金にも困っとるぐらいじゃ。冒険者組合に出す依頼料も報酬金もワシにはない。故にギャラは全部、魔鉱石の入手量に関わってくるのう」
「お、おいおい……正気かよあんた」
俺ぁてっきり、組合からうちを紹介されたか、自分で指名希望を出してうちに直接説得へ来たのかと思ったんだが……どうやらガンズは組合を通さずに報酬もなしで俺たちにクエストを頼むつもりらしい。
「なんでそんなことを。金がねーにしても組合に相談くらいはするべきだろうが」
「実はそれがのう……組合にも五年ほど前に同じような依頼をしたんじゃ。そんときも金はなかったが、親切なパーティが引き受けてくれてな……しかし前の場所は残念ながら空振りじゃった。魔鉱石もなければワシの目的のもんも見つからず、タダ働きをさせてしまったんじゃよ」
「おいおいおいおいおい!」
そんじゃあ俺たちもタダ働きになる可能性が大じゃねーか!
ますます正気じゃないぞこの爺さん!
「いいや! 今回は絶対に間違いないんじゃ、その確信を持っておる! 前回は調査不足が祟って徒労に終わったが、あそこにこそ必ず魔鉱石が存在しておるとな! ……と、トードにも言ったんじゃがな。前のこともあってもう聞く耳持たなんだ」
そりゃそうだ、としか言えんな。
組合長としちゃあ所属冒険者たちに無益な仕事をさせたがるはずもねえ。
ガンズは魔鉱石で報酬を賄えると確信しているが、聞いてる側はそれを信じていいものかどうか判断つかねえ……つか普通に信用ならんしな。
「調査の精度はどれくらいなんでしょうか?」
「うむ……前回の反省から、そこはしっかりとやったぞ。なけなしの金をはたいて雇った護衛とともに、採掘に向きそうな洞窟の手前まで行った。ワシの目的を知らせないためにそこまでで打ち切ったが、それでも確かじゃ。何十年と培った知識と経験が、あそこには確実にワシの目標があるのだと教えてくれておる! これでもしまた外れたなら! ワシは生涯懸けたこの夢をすっぱりと諦めてもいい……! それくらいに覚悟がある!」
「……!」
その一瞬だけ、やせ細った体躯の爺さんがそうとは見えなくなった。小さな目には爛々とした光が宿り、意志の強さがどれほどのものかをしかと訴えてくるようだった……こりゃあ、詐欺師の瞳とは違うな。
この爺さんには確かな夢があって、本気でそれを追いかけている。そのための助けを真剣に欲しているんだ。
そんで、今んとこ助けになってやれるのは俺たちしかいないってか。
「……受けてやりたいと思わなくもねえ」
「そ、そうか!」
嬉しそうにするガンズに、「だけど」と俺は釘を刺した。
「俺たちゃ組合所属の冒険者なんだ。組合を介さずに依頼を受けるってのは品がいい行為とは言えねえ……だよな、メモリ」
「……そう。規則に則っていない。組合長には、とてもお世話になっている……だから、わたしたちのほうから裏切る真似は、すべきではない」
「むう……」
淡々と否定の言葉を吐かれては、さしものガンズも勢いが削がれたようだ。熱意だけじゃ覆せないもんだってある……ただしそれは、熱意を持ってるのがガンズ一人だけならの話だ。
「なら私に任せてください!」
そこで胸に手を当てて堂々と立ち上がったのは、我らが暴走特急サラである。
「どうするつもりだ?」
「今から組合へ行ってトードさんを説得してきます!」
「そんなことできんのかよ」
「ご安心を、私の情熱でトードさんの冷え切って凍り付いた心を溶かしてご覧にいれましょう」
そう言ったサラの表情は自信に満ち溢れている。
セリフに根拠は皆無だが、何故だかサラなら簡単にトードを丸め込めちまう気がしてくるな……あの人も別に心が凍ってるってんじゃなく、至極まっとうなことをしてるだけなんだがな。
「じゃーそこはサラに任せるってことで。とりま、もしも説得できたら受けるってことでいいか?」
「わかりました、ご期待に添えてみせますから楽しみに待っていてください。さあ、行きますよガンズさん! 私たちの燃える魂をトードさんにぶつけに!」
「お、おう……! なんとも頼もしい嬢ちゃんじゃて!」
戦に駆り出すのかってくらいに張り切ってリンゴの木を出ていったサラとガンズ。
二人が戻ってきたのはそれから三十分くらいしてからだった。
えらく早いのであっさり断られでもしたのかと思えば……サラもガンズもホクホク顔をしている。
「無事にクエスト発生です! アンダーテイカーでの受注も終わらせてきましたよ」
「これでワシも正式な依頼人じゃ! いやぁサラ嬢ちゃん様様じゃの!」
いえーい! とハイタッチする二人に俺は思わず笑っちまった。いったいどんな説得の仕方をしたんだかな……頭痛がしそうなんで考えるのはやめとこう。
次にトードに会うのが少し怖くなっちまったぜ、まったく。




