102.舎弟を募集しているって聞いて
「な、中沢ヤチです! よろしくおねがい、します……」
「ヤチちゃん! ゼンタさんと同じところから来たんですよね? こちらこそよろしくお願いします!」
「……、」
朗らかに挨拶するサラと無言でぺこりと頭を下げたメモリ。ベタに陽気な外国人と、こちらもベタに内気な日本人って感じの正反対の態度だが、歓迎してることに違いはない。それでヤチの緊張も多少はほぐれたみてーだった。
「うっす! 自分、ゼンタさんとこで弟子をやらせてもらってます! ビートです、ヤチの姉御!」
「あ、姉御ですか……!?」
明らかに自分より年上の男から姉呼ばわりされて戸惑わんわけがない。ヤチじゃなくたってあたふたすんのは当然だ。
「ビートさんは凝り性なんですよねー。ゼンタさんのことは兄貴って呼びますし、私たちのことも姉御って呼んできますよ」
「……慣れない」
「そりゃあそうですよ、姉御たち! 自分は弟子なんですから、呼称にも敬意を表さないとなりません! そうじゃなきゃ弟子失格です!」
そういうところが凝り性なんです、と微妙な顔をするサラ。そこでおずおずと手を挙げたヤチが、ビートに訊ねた。
「えっと……メモリさんとサラちゃんはそうでも、なんで私のことも……?」
「ヤチの姉御はゼンタの兄貴と同郷なんでしょう? 来訪者で、友人でもある! 師匠と対等な立場にいるヤチさんのことを敬称で呼ばないわけにはいきませんって!」
「ふえぇ……」
こらいかんな。ヤチが怖がってるぜ。
基本、クラスメートの男子にすら気後れしてたやつだからな……ビートみてーに体格のいい強面は一番苦手な部類に入るだろう。
だが二人とも俺たちと一緒に行動していくってんなら、どのみち接触は避けられない。ここは頑張って慣れてもらうしかねえ。ビートの三白眼にも、姉御呼びにもな。
「で、またここに居つかせるってわけ?」
「お、アップル。いたのか」
「だいたいいつでもここにいるっての」
いつも通りに気怠そうに頬杖をつきながら、カウンターのアップルが声をかけてきた。今日の彼女の億劫そうな口調の中には、どことなく呆れているような気配も感じる気がする。
「人探しがゼンタの目的なんだって?」
「ああそうだ。一緒に来た来訪者たちをちょっとな……まだまだどこかに知り合いがいるはずなんだよ」
「そんなたくさん見つけて連れてくる気なら、本格的にギルドハウスを検討したほうがいーんじゃない。まさか全員をここに住まわせる気じゃないでしょ?」
「そらまあ、いくらなんでもな」
自分用にグレープジュースのボトルを開けて飲み始めたアップルの横で、腕を組んでちょい真剣に考えてみる。
確かに、今後もヤチのように行動をともにする可能性がある人数を踏まえると、マジで自分たちの家ってもんは必要になるかもしれねえ。
いつまでもリンゴの木に頼ってはいられないとは俺だって思っている……が、問題はどこまでいってもやはり金だな。
新築にしろ居抜きにしろ大金がなきゃまず検討もできねー。
「ま、そこはおいおいだな」
「おいおいねえ……」
サラたちと一緒にわたわたとしているヤチを見ながら、アップルはコップを傾けた。
◇◇◇
それから二日後のことだ。
俺たちの下に新たな弟子入り希望者がやってきたのは。
「おはようございます! 舎弟を募集しているって聞いて来ました!」
「募集してねーわ。なんだよ舎弟って。どこの組だ」
ええっ!? と白髪混じりの黒髪の少年はめちゃくちゃ驚いている。
そんな「話が違う!」みたいな顔されてもなぁ。
「まずお前はどこの誰なんだ」
朝も早くて他に客のいない時間帯だったんで、リンゴの木のホールを借りてひとまず面談をしてみる。複数人に囲まれた状態でファンクは少し居心地が悪そうだったが、ちゃんと質問に答えた。
「自分はファンクといいます! 歳はもうすぐ十六です。生まれも育ちもここポレロで、今は商業組合で所属なしの小売業やらせてもらってます。あと、護衛役で巡行隊商についていくこともたまに」
「護衛ができるってことは、少しはやれるってことか」
と、面接官めいた雰囲気でビートが言った。
「なんでお前が口を挟む?」
「すみません、ゼンタの兄貴! ただ弟弟子ができるんなら、兄弟子としちゃあどうしても実力が気になるもので!」
まだそうとは決まってねえってのに、張り切ってんなービート。ひょっとして後輩を欲しがってんのか?
「というか、ファンクさん。舎弟募集の話なんて誰から聞いたんですか?」
「いえ、誰からと言いますか。街中でそういう噂になってたものですから」
「また噂話が原因かよ!」
ファンクが言うには、ビートやヤチという冒険者ではないもののアンダーテイカーの仲間として新人が入ったことで――そしてビートがいかにも下っ端然とした態度を常に貫くもので――うちが舎弟を集め始めたのだという話がまことしやかに広まっているんだと。
「……ポレロ全域で、そういうことになっている」
「メモリは知ってたのかよ。だったら言えって」
「……ごめんなさい。本当に希望者が訪れるとは、思っていなかった」
まー俺も知ってたって、まさか本気にするやつが出てくるとは思わなかっただろうけどよ。
「街中に広まって仲間入りしたがる人がファンクさんお一人ですか……これってむしろえらく少なくありません?」
「そんなのおかしいですよ! アンダーテイカーほど勢いのあるパーティなんて他にはいないっていうのに!」
俺たちの人気が低いことに憤るビートだが、こりゃビートやファンクのほうが奇矯なんであって、普通はネクロマンサーが頭張ってるパーティに入りたいなんて思わねえんだろう。
冒険者としての付き合いがある他のパーティからは偏見の目もなくフラットな態度で接してもらえているが、俺たちを噂でしか知らないような一般人からは未だにガチで怖がられている可能性だってあるしな。
「みんなが話すときは面白さ半分、怖さ半分って感じですね……自分は断然、尊敬が勝ります。憧れと言ってもいいかもしれません。だから今回の舎弟募集の話を聞いて、ようやく進むべき道を見つけたと思って喜んだんです」
そう語りながらファンクはしょんぼりしている。気を遣ったヤチが「飲んでください」と例のなんでもワゴンから紅茶を出して勧めたが、ファンクは礼を言いつつもちっとも手を付けない。それだけしょげているのだ。
「まさか真っ赤な嘘だったなんて……。絶対に舎弟になると言って、商業組合を脱退してきちゃったんです。これからどうすれば……」
むむむ。軽率だとは思うが、なんだか可哀想だな。誰だか知らんだが噂を広めた連中はけしからんぜ。前途ある若者を路頭に迷わせちまってんだから。
いや……ファンクがこのまま路頭に迷うかは、俺たち次第なのか。
「辞めちまったからには仕方ない。そんだけ本気だってことでもあるし、どうだ。ビートと一緒にファンクのことも面倒見てやりてえと俺は思うんだが」
「いいですよ! 一人も二人も大して変わりませんからね」
「わたしも、構わない。あなたが決めたことなら」
「ゼンタくんは困っている人を見過ごせないもんね」
「良かったな、後輩! ほら、兄貴と姉御たちに礼を言え!」
「……! あ、ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
うんうん。ま、これでいいだろう。ビートだけでも持て余してんのに弟子枠を追加してどうすんだっていう冷静すぎる心の声も聞こえはするが、無視だ無視。どうにかならぁな。
「で、またうちに住ませるってわけか」
「う」
アップルの言葉に俺は引き攣る。さすがに、人が増えすぎか。最初は俺とサラの二人だけだったのがこれで六人目だもんな。もはやちょっとした従業員じゃねえか……冒険者活動をしてないビートやヤチは特にな。
「やっぱ要るかね、ギルドハウス。となると本気で金策を考えねえとならねえが……」
そんな都合よく稼げるなら誰も困らねえ、と頭を抱えそうになったところで。
「だったらワシについてこい! でっかいドリーム、見せちゃるわい!」
営業開始直後のリンゴの木へ珍しく客が来たかと思えば、そいつはそんな風に怒鳴ったんだ。
「なんだこの爺さん!?」
「ワシはガンズ! 生業は夢追い人じゃ!」
「それを生業とは言いませんよ?」
「歳は七十三! まだまだあっちもそっちも現役じゃぞ!」
「誰も聞いていない」
「わっはっは、そうか! うっ……、」
「ひう! た、倒れちゃったよ!?」
言うだけ言って突然バタリと倒れ込んだ爺さんの下へ駆け寄った俺たち。抱き起こしてみれば、爺さんはしゃがれた苦しそうな声でこう言った。
「は、……」
「は?」
「腹が、減った……ガクッ」
「…………」
今、口でガクッて言いやがったぞこの爺さん。
なんだかサラとかと同じ人種っぽい匂いがぷんぷんしやがるが……とにかく飯を食わせてやるかね。話をすんのはそれからでいいだろう。
あるいは、話なんかしなくたっていいかもしれねえがな。




