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10.明日から俺は

「【武装】、『恨み骨髄』!」


 ぬるりと。

 俺が背中から取り出した剣を見て、親猫は顔の周りを飛ぶキョロを完全に無視してまでぐっと身構えた。


「へっ、さすが……」


 この人間の背骨みたいな形をした剣は、【SP常時回復】と同じく昨日手に入れたばかりの新武器だ。ぴかぴかのおニューってわけだな。


 親猫はこいつを一回しか目にしていないはずだが、それでも肉切骨とは比べ物にならんくらいにこの剣がやべえってことを、きちんと理解しているみてーだ。


「まあそうだろうなぁ。見るからに怨念振り撒いてんもんなぁ!」

「ガゥル……!」


 ぶん、と見せつけるように剣を一振りする。

 すると恨み骨髄から漏れ出るどす黒いオーラがおどろおどろしい感じで飛び散る。


 これは、可視化された累積パワーだ。

 この黒いオーラが増えれば増えるほど剣で攻撃したときの威力が上がるという仕組みだ。


 どうやって溜めるかっていうと、名前からしてもお察しの通り……条件は俺自身が傷付くことだ。

 具体的には相手からHPを減らされたという事実さえあればそれでいい。

 昨日ざっくり試験的に使ってみたところ、どうもHPだけを参照しているわけではないような感じだが……そこまではわかってもそれ以上が調べられんかった。


 まーいいさ。そこまで根を詰めなくたって。

 今はとにかく、こいつの力さえ使えればな!


「いっくぜぇ!」


 親猫の待ち構えるほうへ駆け出す。迎撃のために振るわれる波打つ長牙。それに合わせて俺も剣を振り下ろした。


 ぶつかり合う剣と牙。さっきは呆気なく力負けしたが……!


「おらよぉ!」

「ガウ……ッ」


 今度はイーブンってところか。互いを弾き合った俺たちは、体勢を整える。


 威力は互角。

 だが俺は追いついた側で、親猫は追いつかれた側だ。

 そのことがわかっているんだろう、心なし親猫の顔は険しさを増しているように見えた。


「ようやくちゃんとした勝負になりそうじゃねえか。俺の剣とお前の牙、どっちが強いか決めようぜ!」


 そう言って俺は斬りかかる。斬りかかると言っても背骨みたいな、つーか背骨そのものな形状からもわかる通り、剣と言いつつこいつに切れ味なんてほぼないんだけどな。

 形からすると親猫の牙のほうが、変に波がついちゃいるがよっぽど剣らしい見た目をしてるぜ。


「ガゥ!」


 と、今度は俺の攻撃に合わせて親猫のほうがその特徴的な牙をぶつけてきた。

 ギィンッ! と肉切骨のときよりも鋭く甲高い音。

 ……一応は剣らしく、恨み骨髄は親猫の牙と立派に鍔迫り合いをしている。


「ぐっ、やっぱ強ぇな……!」


 恨み骨髄の恨みパワーを加味しても、まだ押し切れない。

 若干こっちのが押し込まれているくらいだ。

 やっぱり親猫は、すごい。

 普通じゃお目にかかれないようなけったいな動物ばかりのこの森においても、こいつは別格の強さを持っている。

 はっきり言って森の生態系でのトップ層、最強ランクにいることは間違いない。


 ――約二週間ばかりを共に過ごし、狩りをしてきた中で、そんなことはとっくに知っている。


 だけど俺だってなぁ。


 親猫の下で、ただ守られていたばかりじゃねえんだぜ!


「クールタイムは終了だ……!」

「!」

「【活性】発動!」


 一度使用したあとはしばらく再使用ができなくなるというデメリットがある【活性】。

 発動時間に関わらずクールタイムは一定なので、戦闘中に連続使用することを考えるとお得なのは断然、フルに12ポイント消費することだ。


 とはいえそんな風にばかすかSPを使っちゃあ、いくら【SP常時回復】があっても追いつかないってもんで。

 身体強化は便利だが、それだけでは強敵を前にしては勝ちようがねえ。

 と、いうことを踏まえたうえで。


「おぉおおおおおおっ!」

「ガゥ……!?」 


 それでも12ポイント分を惜しみなく注ぐ。【武装】に使った分と合わせてこれでまたSPは空っけつ同然になったが、もうそんなことは気にしない。


 なんせ俺は、ここで勝負を決めるつもりだからな!


「【活性】+恨みパワー! これなら、どうだぁ!」


 押し込まれていたのを、段々と押し返してやって。

 そして思いっきり親猫を突き飛ばしてやった。


「ガルルッ!」


 俺に力で負けたことが許せないのか、押されても見事なステップで体勢を立て直した親猫がすぐに反撃を仕掛けてきた。

 ものすげえスピードで迫る牙。さっきまでだったらガードが間に合うかどうかってところだったろうが、今の俺は二重に強化されている。


「ふん!」


 落ち着いて、剣で弾く。

 やっぱり力負けはしない。

 恨み骨髄は危なげなく親猫の攻撃を防いでくれた。


「ガゥ……、」

「クエーッ!」


 ぐぬぬ、って感じで一旦下がろうとした親猫。

 だがそこに、この時を待っていたと言わんばかりの勢いでキョロが急降下してきた。

 その存在を忘れていたのか、あるいはキョロの攻め入り方があまりに迫真だったからか、親猫は思わずといった調子で気を取られ、足を止めた。


「……!」


 互いの攻撃が届く距離で、完全なる無防備。

 これで察せないほど俺は間が抜けちゃいない。

 キョロが俺のために作ってくれた絶好の好機――逃すようじゃ男がすたる!


「!」

「チェストぉ――――っ!!!」


 剣を振りかぶった俺に親猫は気付いたみたいだが、もう遅い。

 反撃も防御も回避も許さない。


 俺たちの一撃を食らえ!!


「ガァッ……!」


 叫びながら振った俺の剣は、確かに命中して。

 二重に強化されたパワーで親猫は吹っ飛んだ!


 ……まあ、猫らしい身の軽さでくるりと回って綺麗に着地しやがったがな。


「ダメージもそんなにねーか。ホント、さすがだぜ」


 口の端からちょっとだけ血が零れてるが、動きはいつも通りで、そこ以外に負傷もない。

 これが本当の野生での勝負なら、百パー俺に勝ち目はないが。


 ――だけど俺は、このバカ強い親猫に血を流させることに成功したのだ。

 それは普通じゃ敵わないような相手と戦うときにやるべき最低条件を満たしたということ。

 そして今回の親猫との勝負は、俺にそれができるかという試験でもあったのだ。


「【活性】の効果はもうすぐ切れるが、【血の簒奪】の発動条件を満たしたぜ」

「……」

「これで、認めてくれるか?」

「…………ガゥ」

「! ははっ!」


 素っ気ない態度だったが、親猫は頷いてくれた。

 俺を合格だと認めたんだ!


「よっしゃぁ! やったぜキョロ!」

「クエックエックエーッ!」

「今更だけど鳴き方こえーなお前! でも喜んでくれてんだよな? あんがとよ!」


 俺がキョロと健闘をたたえ合っていると、足元に子猫がやってきた。


「にゃうん……」

「おうっ、お前も見守ってくれてありがとな……どうした? なんか元気ねーな」

「……にゃう」


 あー……。

 そうか、勝ったってことはつまり。

 もうすぐお別れってことだもんなぁ。


 寂しがってくれてるのか……ぶっちゃけ俺も、この親子猫と別れるのはめちゃ寂しい。

 でもよぉ、俺は森の住民じゃねえんだ。

 いつまでも森暮らしなんてできっこねえだろ?


 このみょうちきりんな世界が、いったいどんなところなのかってのも知りてーところだし……どうやったら学校に戻れんのかってのも、探らねーとな。

 だから、お別れは避けられねえんだ。


「あとでボチを出すからよ。最後に一緒に遊んでやってくれるか?」

「……にゃん!」


 寂しさを振り払うように、子猫は元気よく返事をしてくれた。俺は親猫のほうを見る。すると、こっちを見ていたくせに視線が合った途端、ぷいと顔を逸らしやがった。


「怪我させてごめんな」

「ガゥ」


 こんなの怪我の内に入らない。

 と、言ってるんだろう。


 実際こいつからすれば、マジで傷の範囲にないかもしれない。

 今の俺の最高火力を食らってこの程度ってどんだけだよ。

 そんな強い奴が、ずっと俺の面倒を見てくれたんんだよな。


 子猫を助けようとしてたっていう、それだけの理由で、恩返しのためによ。


「――ありがとうございましたっ!」


 親猫はそっぽを向いたままだったが。

 俺はこの二週間以上の恩義へ、頭を下げた。

 そのままの姿勢でいること、しばらく。


「……ガウル」


 優しい声音が聞こえて、しゅるりと尻尾で俺の頬が撫でられた。

 咄嗟に視線を上げると、親猫も顔を背けずに俺を見ていて。


「ガウ」


 何度も聞いた、その鳴き方。『飯にするぞ』の合図だ。


「……はは」


 なんだか照れ臭くなって俺は鼻の下をこすった。

 色々とありはしたが……これで俺も一応は一人前と認められたことになる。

 だから、親猫の庇護下にいるのを卒業して。


 明日から俺はこの広い森の外を目指すつもりだ。


ここまでがプロローグかな

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