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第4話 冒涜


 にゃはは、ずいぶん飲み込まれたねぇ。


 不意に、そこにいない〈さえずり〉のさえずりが聞こえた。気付くと、少女の姿も、燃え盛る修道院もなくなっていた。城門の内側に立ち、自分の手に握ったミセリコルデを自分の胸に突き刺そうとしていた。


 にゃはは、案外、繊細なんだねぇ。どんな嫌な夢を見せられていたのかな。さえずりの前には、まやかしなんて無駄なのさ。


 一緒に城門をくぐった連中も、同じように幻をみたらしい。どんな幻を見たのかはわからないが、愉快なものでなかったのは確かだ。

 〈さえずり〉の言う通り、さえずりのおかげかどうか、誰も欠けることなく先へ進む。


 人気のない道が中央の領主の館へと続いている。気持ち悪いくらい生き物の気配がなく、音を立てるものもない。延々と、意味のない話をさえずり続ける〈さえずり〉の声だけが、乾いた空気に散る。


 さっき見た幻のせいか、ひどく気分が悪い。魔術で作られた世界だったのだろうが、自分の心を抉られたようだった。記憶の中の少女に、幻の中の少女が混じり込み汚染するような。


 どんな死に顔だったのか、もう思い出せない。〈残された半身〉の魔術には悪意がある。いくら戦況が芳しくないからといっても、そんな輩を取り立てて、味方にすら魔術をかけることを許してきた〈敗北の王〉にも、怒りを覚えずにはいられない。


 考え事に耽ることができるほど、城塞内は静かで、何の危険もなく、中央の館にたどり着いた。


 周囲に、見張りの一人もいない。


 ただ、館の作りは堅牢で、入口はピタリと閉じられている。石造りの壁と樫の木の門扉。開かないと見て、〈血まみれの聖母〉が背中の大剣を抜き取った。


 ゲヘヘ、と〈忿怒の遺産〉が笑う。


 お嬢、こいつは無理だ。いかなる武器でも傷つけること能わず。館全体に護りの魔術がかけてあるぜ。内側からしか開けられない。太陽が東から昇って西へ沈むように、そうした理の元に作られているんだよ。って、おいおい……


 制止も聞かず、〈血まみれの聖母〉が〈忿怒の遺産〉を振り上げ、一気に振り下ろした。ガキンと金属的な音が響く。反動で仰け反るようにしながらも冷静に、〈血まみれの聖母〉は、魔剣をぶつけた箇所を手で確認していた。


 傷ひとつ付いていない。


 ゲヘヘ、だから言っただろう。と嘲る魔剣の声を無視して、一言も喋らないままの〈沈黙〉に視線を送る。それを受けて〈沈黙〉が城壁に手を添えたと思うと、その手がずぶずぶと壁にめり込んでいった。


 にゃはは、面白いっしょ、面白いっしょ。〈沈黙〉はねぇ、どんな建物でも侵入できるんだぁ。あたしの自慢の弟だよ。でも、気をつけないとロストしちゃうんだ。ロストって何って? さあ、わかんにゃい。


 にゃはは、と笑う〈さえずり〉が喋る間に、〈沈黙〉の姿は壁の中へ消えた。やがて、門扉が中から開かれる。その先の建物には特異なこともなく、相変わらず人気もない。


 不自然なほどに手入れされた庭園に、水の流れる音が響く。回廊の奥、遠くから、獣じみた匂いと唸りが聞こえてくる。


 本能的な恐れと緊張が警戒を呼びかけるが、足早に先を行く〈血まみれの聖母〉は意に介した風でもなく、〈さえずり〉は相変わらず気まぐれに喋り続け、〈沈黙〉は姉の言葉を黙って聞き流していた。


 薄暗い広間に入ると、じっとりとした獣臭が全身を包み、唸り声がやんだ。静寂の代わりに、〈さえずり〉の気楽な声。


 にゃはは、くさーい。なにこれ、馬かな? 豚かな? 鶏かな?


 と、広間の奥から異臭とともに声が。


 我が名は……


 我が名は……


 我が名は……


 我が名は……


 よく似た、しかし、異なる四つの声が四つの名を告げた。〈狂喜の大帝〉に刃向かい続けてきた〈森の四兄弟〉のものだった。

 戦場で、その名を聞いて恐れない者はいない。〈敗北の王〉の元で、ともに戦う時には、これほど心強い名はなかった。


 ただ、手酷い敗戦の際、〈敗北の王〉を逃がすために、最期まで戦場に留まって壮絶な戦死を遂げたはずだった。ヴァルハラにいるはずの〈森の四兄弟〉は、ゆっくりと日差しの中に姿を現した。


 人の背丈に倍する巨大な馬だ。


 八本の脚を持つ黒い馬。上半身が人の姿で、半人半馬の異形の馬、あるいは人か。人の部分には、無造作に張り付けたような八本の腕と四つの頭があった。


 にゃはは、気持ちわるーい。


 息を呑むこともなく〈さえずり〉が笑う。不細工な粘土細工のような〈森の四兄弟〉は、気分を害したようでもなく、わはは、気持ち悪いかと応じていた。


 次に〈血まみれの聖母〉に目を止めて、八本の剣を揃えて礼を示した。〈沈黙〉を見て、最後に、こちらを見る。


 何かを思い出そうとしているような。異形の姿とは裏腹に、理知的で落ち着いた様子の〈森の四兄弟〉に、思わず呼びかけていた。


 戦場で名誉ある死を遂げたのではなかったのか? なぜヴァルハラにいないのか? それは〈残された半身〉の仕業なのか?


 そうだ。奴が我らの死体をつなぎ合わせ、化け物とした。思い出したぞ、若い〈狼の皮〉よ。おまえたちこそ、捨て駒として死んだと聞いていたぞ。なぜ〈血まみれの聖母〉と一緒にいる? 裏切りか?


 裏切りは〈残された半身〉の方だ。救国の英雄をこのような姿に! 死を冒涜しているではないですか。


 冒涜? 冒涜は〈狂喜の大帝〉どもの方よ。我が父を謀殺し、世界樹を引き倒した。異教を広め、我らが故郷を貶めようとしている。

 若い〈狼の皮〉よ。我々は感謝しているのだ。どのような姿であれ、今一度、異教徒どもと戦えることをな。ここで〈血まみれの聖母〉を討てば、どれほどの戦果となるか。これ以上の言葉は無用だ。おまえは、おまえの道を行くが良い。


 さあ、剣を抜け!


 宣言するように、四対の剣を打ち合わせる。音楽的な開戦の合図を受けて、〈血まみれの聖母〉が勢いよく飛びかかって行った。


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