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第3話 ロザリオとミセリコルデ


 こんなところで何をしている?


 不満げな様子の〈血まみれの聖母〉だった。城門を出た先で折り重なるようにして死んでいる兵士の山を見て、歯噛みしていた。


 だって〜、手出し無用って言うからさ。


 にゃはは、と笑いながら〈さえずり〉が言い、それに〈沈黙〉が同意する。


 ゲヘヘ、と下卑た笑い声。〈忿怒の遺産〉が楽しげに言う。ゲヘヘ、たくさん死んだなぁ。どうせ、〈無能の騎士〉だろう。穢れた異端の力には頼らないってな。


 ふん、我々は勅命で動いている。〈無能の騎士〉の意向など知らん。行くぞ。


 くるりと向きを変えて〈血まみれの聖母〉は戦場へ向かった。〈さえずり〉と〈沈黙〉とともに後を追う。


 城塞都市の周辺は無残な有様だった。


 敵兵の姿もないのに、味方の兵士の死体ばかりが累々と山になっていた。半端に生き延びた者がいないらしいことが、救いといえば救いだった。


 戦場に見合わない修道服に大剣を携えた〈血まみれの聖母〉が近付くと、城塞都市を囲んでいた兵士の垣根が割れる。憎悪、あるいは羨望、妬み、情欲、かすかな畏敬の念、様々な思いが感じられる。


 城塞都市の正門が見えるあたりまで来た時、〈無能の騎士〉が部下数十騎を連れて立ちはだかった。怒りに顔を青ざめさせて言葉を投げつける。


 貴様ら! 何をしている。ここは私の戦場だ。引き返せ。


 傲慢さと臆病さがないまぜになった悲鳴のような声を無視して〈血まみれの聖母〉が歩を進め、背中の大剣を抜き取った。〈無能の騎士〉とその取り巻きが一歩下がる。


 ゲヘヘ、おまえの戦場だと? なら、一緒にどうだ。兵隊ではなく、おまえ自身が一緒に来いよ。


 笑う魔剣〈忿怒の遺産〉を肩に担いで歩く〈血まみれの聖母〉に向かって、もう一度、〈無能の騎士〉が声をあげる。


 冒瀆だ! 貴様の行いは、格好は、ありようは、冒瀆だ。女風情が! 修道院にでも籠っておれ!


 〈血まみれの聖母〉の目に、妹の最期を聞いた時と同じ暗い火が灯った。魔剣の切っ先を〈無能の騎士〉の喉元に突きつける。


 そこが安全ならばな。帝国の男どもが不甲斐ない故にどれだけの女子供が嬲られ、殺されたと思っている?

 そこの死体の山にも、それぞれ生まれがあり育ちがあり家族があったろう。おまえの下らないプライドなど知らん。最後の警告だ。そこをどけ。


 脂汗を流しながら、辛うじて威厳を見せてゆっくりと、〈無能の騎士〉は道を譲った。呪いの言葉に送られて城塞都市に向かうと、歓迎するように城門が開いた。


 にゃはは、あいつの顔みた? ぷちぷち血管が切れそうになってたよ。見事な小物っぷりだねぇ。


 まるで緊張する様子もなく、いつものように〈さえずり〉がさえずる。


 んっふっふっ〜。気をつけるんだよ。いやぁな匂いがするんだなぁ。


 その声を最後に、さえずりが聞こえなくなった。城門から一歩中へ入った途端だ。すぐ前を行く〈血まみれの聖母〉の姿はなく、傍らにいた〈さえずり〉も〈沈黙〉も、姿が消えていた。



 目の前には無骨な城塞都市ではなく、海岸に近い広々とした草原と、そこに建つ異教の修道院があった。初めて略奪に参加した時の、ロザリオを手に入れた時の修道院だ。ありえない光景だった。当時の仲間とともに、破壊し、燃やし尽くしたはずなのだから。

 これも王国の魔術士〈残された半身〉のまやかしに違いない。そう思っても、夢と知りながら夢を見るように、目覚めることはできなかった。

 それ以上に、修道院の中がどうなっているのか、〈血まみれの聖母〉の妹、死んだはずの少女がいるのではないか。好奇心に勝てず、修道院へ向かって歩を進めた。


 穏やかな潮風が頬を撫でる。


 とても、まやかしとは思えないような光景。匂いも景色も、足元の大地も、そこにあるとしか思えない。

 ぎぎぎとドアを開いて修道院に入る。

 渦巻き模様の刻まれた変わった十字架が並んでいる。石造りの建物内は、思った以上に涼しい。


 建物の奥から出てきたのは、優しげな表情であることを除けば、〈血まみれの聖母〉に似た面影を持つ少女だ。

 あの時と同じ。自分たちと変わらない人間だという思い。お互いがお互い同士、異教徒であろうと、何が変わろう。


 これは本当にまやかしなのか。


 あどけない少女に、略奪があるぞ、逃げろと伝えたかった。だが、声が出ない。苦しげな表情を見て、少女が、こちらを覗き込んでくる。

 厩舎での〈血まみれの聖母〉の吐息を思い出した。夢であろうと幻であろうと、なんとか警告を伝えようと、声を出そうと、胸を抑えて目をつぶった。


 次に目を開けると、少女は血溜まりで倒れ、修道院は炎に包まれていた。そうだ、初めての略奪に躊躇していた時、苛立った仲間の一人が脅しに振るった剣が少女を打ったのだ。

 中途半端に首元に埋まった剣が抜き取られると同時に、血を吹き出して、少女は倒れ込んだ。女と見れば凌辱することとしていた連中は、がっかりした様子で、別の獲物を求めて先へ進んだ。


 一人残されて、血溜まりに光っていたロザリオを拾い上げると、死んだとみえた少女が身動きして、ロザリオに手を伸ばした。

 かぼそい指に、それを持たせてやる。安心したように、しかし、苦しげな呼吸をする。死ぬかもしれないが、もしかすると死なないかもしれない。


 そこへ、仲間内でも嫌われている連中が戻ってくるのがみえた。ほかに略奪品も女もなかったのだろう。少女が死にかけだろうが見境なく、凌辱の限りを尽くし、殺した上でロザリオも奪い取るに違いなかった。


 少女からは見えないよう背中から心臓へ、十字架状の短剣、ミセリコルデを突き刺した。ごぼりと血を吐き出して、力の抜けた少女の手のひらからロザリオが零れ落ちる。


 背中に十字架を突き立てられた死体を前に、もう一度、恐る恐るロザリオを拾い上げようとした時、少女の死体に腕を掴まれた。

 それは、あらぬ方向に曲がった腕で、背中のミセリコルデを引き抜く。ごぼり、ごぼり、血を吐きながら、荒れた声で言う。


 これが、おまえの慈悲か?


 答えられずにいると、のそのそと床を這って、少女の死体は、ミセリコルデを振り上げてみせた。


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