(プロローグ&1話)
火照っていた。
すぐさま挟む体温計。
右手で掴む36.5の数字。
焦れったい生あたたかさ。
いま、君は何をしているのだろう___…
6月13日。高校に入学して2ヶ月が経った。中学まではサッカーをしていたが、「帰宅部」を選んだ僕(吉村蒼空)は何気ない日々を過ごしている。周りは部活生だらけで、時間が無い生徒が大半だ。それでもどうにか、必死に踠いている彼らを見ると、何かがざわめく。充実しているのか、と訊かれたら、うんともすんとも言えないだろう。ただ、一人の時間を大切にしよう、というありきたりな考えが今の自分を納得させようとしているのだ。いや、させてくれている。なぜなら…
「よお、吉村!パン販売来てるらしいから、購買行こうぜ。」
彼は(夏月祐介)。見た目は、陽気な人のように見える。おそらく部活生でもあろう。僕によく声をかけるが、いつも無視している。無駄に声が大きくて、僕の名を呼ぶだけで何人かの生徒が振り向いてくるのだ。その視線が怖い。お願いだから、見ないでくれ。あまり目立たずにひっそりと、「平凡」な高校生活を送らせてほしい。
「行こうぜ、吉村。」
「…」
「ああ、もう!いいから付いてこい!!」
グイッと強く左腕を引かれた。ああこいつ、握力56ぐらいかな…とか思いながら、拒む自分はそこにはいなかった。一人でいたい、そんな気持ちは一瞬だけ消える。きっと、一瞬だけだ。
彼に強引に連れていかれたのは、初めてだった。いつもならすぐさま諦めて席に着くか、他の人と行く。椅子から立ち上がっただけで、こんなにも気持ちが緩むとは思っていなかった。入学から2ヶ月が経ったとはいえ、見慣れない光景。購買に行ったことがないわけではなかった。ただ、鼠色のアスファルトは未だに踏み慣れない。6月の灰色の空も、鉛色の彼の髪も、まだ僕が慣れていないだけなのだ。慣れようと、すべきなのだ。
慣れないと、いけないのだ。